第14話 理解しようとする人がいない?
○月○日
なんだか今日はさっちゃん先輩に視線が集まってたような気がするな……
さっちゃん先輩いい人だから、みんながその魅力に気づいたのかもしれない!
だ、だとしたら大変だ。
あ、でも……今はさっちゃん先輩へ渡すお弁当の具を考えなきゃ。
何がいいんだろう?
――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。
☆ ☆ ☆
「沙友理ちゃん。どうなんだい? 例のあの子」
昼休み。チャイムが鳴り終わると同時に教室に駆け込んできた女子が顔を近付けてくる。
その女子の名は、
艶のある短い黒髪と、スラッと長い背丈。
それらの印象に違わず、女子にすごくモテるようだ。
そんな彼女を、沙友理は「ナオくん」と呼び親しんでいる。
学年が同じでもクラスが違うナオくんとは動物好き繋がりで、よく他愛もない話をしたりする。
「ん、えっと……どういうことなのですか?」
「いや、最近結構一緒に居るじゃないか。……稲津華緒ちゃんと」
「あぁ、なるほどなのです」
近頃、よくある質問だった。
少し前にも隣の席の人から聞かれ、昨日に至っては違う学年の人から。
みんな揃いもそろって「稲津華緒とはどんな人物なのか」ということに興味津々らしかった。
「まあ、人付き合いとか苦手そうなのですけど、いい子なのですよ? 猫好きっぽいですし」
「そ、それは関係あるのかい? 確かに動物が好きなのはポイント高いけど……でもな……」
何度言ったか分からない説明に、何度聞いたか分からない曖昧な返事。
極めつけに、そのまま考え込むふりをしながらこの場を離れるという動作も、これまた何度見たか分からないものだった。
どうして誰も稲津華緒という人間を、しっかり理解しようとしないのだろう。
確かに華緒は人付き合いを苦手とし、あまり人と接しようとはしないが。
それでも、華緒は一生懸命コミュニケーションをとろうとしているのだ。
思考の海を泳いで数秒。
いつの間にか、指をモジモジと絡ませ、うっすら肩にかかった髪をぴょこぴょこと跳ねさせる華緒が居た。
「さっちゃん先輩! その……今日も……」
「ん、そうなのですね。一緒に行くのです」
「はいっ!」
廊下に出るとやはり、周囲から様々な視線を感じる。
それはおそらく、部活での繋がりも何もない他学年の二人が一緒にいるからなのだろうが。
沙友理はそんな視線の意味に気づくことはなかった。
「はー、満足なのです……」
ついさっきまでの黒い思考はどこへやら。
沙友理はいつも以上に膨らんでいるお腹をぽんぽんと叩きながら、笑顔を浮かべる。
沙友理は普段昼食を、食堂で好きなものを食べている。
好きなものばかり食べているので、栄養が偏ってしまっているのだが……沙友理はあまり気にしていないようだった。
そして今日も、沙友理はハンバーグを食べている。
「いやー、ほんと美味しかったのです。しかも今日は外ですし……新鮮なのです」
「中は人が多いですからね。それに最近は涼しくなってきて外でも過ごしやすいですし」
華緒の言う通り、もう10月なので暑くなく、とても過ごしやすい。
夏休み明けは残暑が厳しかったが、もう暑さに苦しまずに済むのはありがたい。
「ところで、いっちゃんは料理とかするのですか?」
「まあ、それなりに? 祖母と交代制で家事してますし……」
「なるほどなのです。うちは父親も妹も出来るのですけど、わたしと母親は出来ないのですよね〜……」
あははと笑い、沙友理はコーンスープに口をつける。
「だけどお弁当は誰も作らないので……ちょっと寂しいのです」
「そ、そうなんですか……」
と、そこで。
華緒は顎に手をあて、うっすらと眉間にしわを寄せた。
どうかしたのかと暫し観察していたが、華緒は固まったまま動く気配がない。
スープも飲み終えてしまい、だんだんと手持ちぶさたになってきた。
暇潰しにそのぷにぷにの頬へいたずらしようかと、そう考えてそーっと手を伸ばした時。
「——ダメですっ!!」
「ごめんなさい許して欲しいのですつい出来心と言いますか——」
唐突に華緒が立ち上がり、沙友理も条件反射で謝りながら飛び退いてしまった。
「あっ! ご、ごめんなさい……いきなり驚きましたよね……」
「——あ、あれ?」
華緒は今の大声が嘘のように、肩をすぼめながらストンと椅子に座る。
沙友理がいたずらしようとしたのを怒ったわけではないらしい。
そう安心したのも束の間、華緒は真っ正面から沙友理の顔を見据えた。
「……私たち、高校生です」
「そうなのですね、華の高校生なのです」
「ええ。そして今は成長期真っ盛りです。なので、お昼ご飯だけでも栄養が偏るのはいけないと思います。ですから……その、えーっと……」
そこまで言ったものの、そこからは目線を逸らしてただ口をもごもごと動かしている。
しかし数秒後。意を決したように沙友理の手を取った。
「ちょ、いっちゃん……!?」
手をきゅっと握られ、彼女の綺麗で大きな瞳が沙友理を見据える。
さっきも目線がキッチリと合っていたが、手が触れているかどうかは大違いだった。
どうにも、胸の奥がくすぐったくなってしまう。
すべすべとして柔らかな手。
すらりと細く、沙友理よりも成長している身体。
微かに風が揺れ、まるで絹のように綺麗な髪が靡く。
それら全てに自然と目が引き付けられ、顔を逸らすことができなかった。
そろそろこうしているのが恥ずかしくて限界を感じていた時、やっと華緒の唇がゆっくり開かれた。
「明日から私に……お、お弁当を作らせてくださいっ!」
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