第13話 好きなものを共有したい?

 ○月○日


 まさかさっちゃん先輩が『まほなれ』のDVDを持っていたとは!

 そこそこハマってた作品だからすごく嬉しい。

 今度買いに行く約束もしたし……ほんとよかった……

 さっちゃん先輩に逃げられた時はどうしようかと思ったけど……今のところは大丈夫そうかな。


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


 暫し時間が経ち、沙友理も華緒もいつもの調子に戻っていた。

 そして、話す話題も手持ちぶさたになってきた頃。


「あ、さっちゃん先輩。そこの棚にあるのって……」


 華緒は、テレビの下の棚――DVDが満載されているそこを指差す。

 正確には、その中の更にひとつを。


「『魔法少女になれたなら』——これがどうかしたのですか?」


 確か、ふとした要因で魔法少女になった女の子が他の魔法少女達と闘うことで仲間になり、様々な困難を共に乗り越え友情を深めていくという話だったはずである。


 ちなみに全12話で、15分のスペシャルが2話分。

 沙友理はこれをひょいと棚から取り出し、華緒に手渡す。


「懐かしいなぁ……私、昔から凄く好きでして。原作も持ってるんです」

「へぇ、なんか意外なのです。華緒ちゃんってあまりアニメ観ない印象持ってたのです」

「あはは……結構観るんですけどね。やっぱり、アニメとかは柄じゃないんでしょうか」


 なぜか困ったように笑う華緒。

 しかし、無邪気な子供のような笑顔を浮かべながらパッケージ裏を読んでいるところを見るに、本当に好きなのだろうということが窺える。


 内容がうろ覚えなことや昔は好きだったということ。

 更には華緒の表情もあり、沙友理は華緒にひとつ提案を持ちかける。


「正直わたし、内容あまり覚えていなくて……どうせやることもあんまりないですし、今から一緒に観ませんか?」

「い……いいんですか!?」

「良いに決まってるのです! わたしとしても、原作との違いを教えてもらいながら観るのも楽しそうだなと思っているのですよ?」


 現在の時刻は午後3時。

 全話をまとめて観たとしても、多く見積もって6時間ほどだろう。

 今日華緒は泊まっていくこともあり、時間的余裕は十分にあるだろう。


 でも、それよりも。

 華緒と共通の趣味があって、それを少しでも分け合えることが素直に嬉しかった。


『だからね、あなたには私がいる。あなたはもう——ひとりじゃない』


 毛先にピンクのグラデーションがかかった白髪の少女……主人公の“椎名結衣”は、向かい合った少女の手を取る。


『――一緒に空を舞おう。遠くへお出かけしたり、遊んだりしよう。一緒に勉強しよう。一緒に戦おう――』


 瞳を閉じ、まるで祈りを捧げる聖母のように。

 一言一言、ひとつひとつを優しく紡ぐ。


『――友達になろ……』

「ここですここ!!」

「……!?」


 感動のシーンへの没入感によってふわふわしていた感覚は、その声で撃ち落とされた。

 一瞬その音の出所が分からなかったが、間違ってDVDに録音されているわけがない。


「は、華緒ちゃん……?」

「ここ好きなんですよ! 結衣ちゃんと緋依さんの関係が180度変化した瞬間っていうんですかね! ほら、緋依さんって家庭環境のせいでちょっと心に影がありましたけど、それが晴れた瞬間っていうんですかね……! 彼女、家族以外の心の拠り所として結衣ちゃんを見つけたまさにその――」


 視聴開始から三話目。

 今思い返せば、その確かに兆候はあった気がする。


「この台詞は原作だと少し違ったんです」とか「ここは原作だとお店じゃなくて公園に行ったんですよ」だとか。

 しかし、それを踏まえても予想外に振るわれた熱弁への驚きを隠せなかった。


「――あ……えっと、その……」


 沙友理の表情を見た華緒の饒舌さと表情は、みるみるクールダウンしていく。

 そのうち、上気していた顔は一転して青く染まっていくのがわかった。


「……す、すみません……ご迷惑、でしたよね……」


 その顔色と潤んだ瞳に、怯えたような視線。

 そして詰まった言葉を聞き、華緒の勘違いに合点がいった。


「……なるほどなのです。華緒ちゃん、まさか『いきなりこんな語り出したせいで引かれたらどうしよう』だとか考えてるのですよね?」

「へ……? は、はい……そう、です……」


 沙友理の予想通りだったらしい。

 少しでも華緒を落ち着かせるため、できるだけ柔らかく笑みを作る。


「それは勘違いなのです。私が本当に思ってたのは『好きなものを教えてくれて嬉しい』ってことなのです」

「……そ……それじゃ……」

「それに、華緒ちゃんがそこまで好きなら、わたしも原作買ってみようかなー、なんて思っているのですよ」

「さっちゃん先輩……!」


 沙友理の目に飛び込んできた華緒の表情は、実になめらかで、そして晴れやかだ。

 表現のしようがないくらいの満面な笑みを浮かべているのだった。


 そんなに素直に喜んでくれると、沙友理は少し恥ずかしいらしい。

 そのせいで、これから言おうとしていたこと。

 今日家へと華緒を招待した理由のうち、一番大きい「それ」を喉に詰まらせてしまいそうになるが、一呼吸おいて華緒に向き直る。


「で、正直恥ずかしいのですけど、その……」

「あの、何か……?」


 ゴクリと唾を飲み込む音が、数秒ほどにまで伸びて聞こえる。

 そして、それが途切れたのを合図として。


「……『まほなれ』みたいに、わたしたちもこう、友情を深めて行ければなーって思ったりすると言いますか……その……」


 ここまで言葉が詰まるのは、沙友理は自分でも意外に思った。

 ……この先が本命だと言うのに。

 大きく深呼吸をし、再び決意を固めた。


「――い、いっちゃん」


 仲良くなるなら、まずは呼び方を変えるところから。

 そんな安直な考えかつ簡単なものではあるが、沙友理は華緒に対しての呼び方を「華緒ちゃん」で安定させてしまっていたので、いざあだ名で呼ぶとなると相当恥ずかしかった。


 本当はあだ名ではなく、呼び捨ての方が良いのだろうが。

 どうにも、それは自分のキャラとは思えなかったのだ。

 だからあだ名で呼んでみたのだが、どうだろうか。


「……っ」


 ――ガバッと、何かが覆い被さる。

 温かくて柔らかいこの感触は……華緒に抱きつかれているらしい。


「はい……はいっ! 一緒に『まほなれ』の原作買いに行きましょう! そして一緒に読みましょうっ!」


 彼女の声は、今まで聞いたどの声よりも明るく、優しい賑やかさを持っていた。


「いっぱい……いっぱい色んなことしましょう! さっちゃん先輩!」

「ほ、ほうなのへすね……い……いっちゃん……」


 口を塞がれていながらも、幸せな気分になりながら。

 そんな、もごもごとした返事をするので精一杯だった。

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