第10話 意外な一面を見た?

 ○月○日


 今日は猫が気になったから観察をやめようと思ってたのに……

 さっちゃん先輩が私を気にかけてくれるなんて、最高に嬉しい!

 いつも追いかけてばかりだったから、追いかけられても気づけなかったのは不覚だけど。

 そ、それにしても、さっちゃん先輩に意外なことを言われたのは驚いたな……

 やっぱりさっちゃん先輩はずるい!


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


「ん? あれはもしかして……」


 放課後。部活もなくまっすぐ家に帰ろうとしていた時。

 昇降口を抜けて正門手前というところで、見知った人物を捉える。


 その人物は正門を出るのではなく、校舎の裏手――人気もなければ手入れもされていない、誰も寄り付かないようなそこへと歩を進める。

 普通の生徒がそこへ行くというだけでも気になるのに、知り合いである彼女だったらなおさら気になるのは当然だった。


 最近妹と一緒に観た刑事ドラマの尾行シーンを思い出し、そんなようなイメージで追いかける。

 彼女は周囲を気にすることも、草だらけの校舎裏に躊躇することもなく奥へと向かっていった。


 こんな人目につかないところでいったい何をするつもりなのだろう。

 良いことか悪いことか想像もつかないのはきっと、彼女のことをよく知らないという証なのだろう。

 それはなぜか、少し寂しくなった。


「……どこまで行くのでしょうか?」


 そんな沙友理の疑問は、すぐに消え去る。

 彼女は今、曲がった角の先で鞄を開けて何かをしようとしているらしい。


 今顔を出せば、沙友理が知りたかった彼女のことを理解できるかも知れない。

 鞄を開けてどうしたのか。それだけのことなのに、何故か妙に気になっていた。


 怖さ半分、好奇心半分で足早にその角へと近づく。

 そしてゆっくりと。一応彼女に気づかれることの無いよう、ゆっくりと先を覗いてみる。

 彼女はその手に、鈍く光る銀の——


「にゃー」

「……猫の餌なのですか?」

「ひゃわっ!?」


 ――猫が描かれた缶を持っていた。


「なるほどなのです。つまり華緒ちゃんはこの猫がずっと気になっていた、と……」

「…………はい」


 膝に乗せた猫を撫でながら、彼女――華緒は頷いた。

 話によると、数日前に教室の窓から外を見ていたら、弱った猫が校舎裏へと入っていくのを見たらしい。

 そしてそれから毎日、餌をやって世話していたのだとか。


「なんだ……良いことしてたのですね」


 沙友理が急に声をかけた時はだいぶ驚いて警戒していたようだったが、今ではとろけそうな笑顔を猫に向けている。

 猫がそれほど好きなのだろうか。


「……あの?」


 顔をじっと見られていることに気づいたのか。

 華緒は屈んだまま、沙友理の顔を見上げる。


 その表情は既に、猫に向けていたものとは違う——普段の華緒へと戻っていた。

 そこに、少し熱が宿っている気がするのは気のせいだろうか。


「あー、わたし……えっと、そ、その……」


 しどろもどろしている沙友理に、華緒は何とも言えない表情を向け続ける。

 沙友理は一旦目を閉じ、深呼吸をする。


 かなりしどろもどろな感じになっているが、できる限りの笑顔を浮かべながら口を開いた。


「わ、わたし……! 華緒ちゃんのこと、もっと知りたいと思うのです! ……変、なのですかね?」


 そう言うと、ものすごい勢いで顔を伏せられた。

 その代わり、朱に染まった耳がよく見える。

 これは、どういう反応なのだろう。


「あ、あの……華緒ちゃん?」


 沙友理が不安になって華緒に近づくと、華緒はズサーっと素早く後ろに下がっていった。

 人の身でそんなことが出来るのは、アスリートぐらいだと思っていた。

 そんな人間離れした動きをした華緒は、沙友理に真っ赤に火照った顔を見せながら言う。


「あわわわわ……そそそそんなことないですすすす! わわわ私もっ……! さっちゃん先輩のこと……もっと知りたいと思ってます!」

「そ、そうなのですか……」


 華緒の言葉に、沙友理は先程の動きをどうやってしたのかを知りたかったが、あえて訊かないことにした。

 今の華緒は普段の会話だけでいっぱいいっぱいのようだから。


「んー、なら、今度わたしのお家遊びに来ます? ちょっと狭くて騒がしいかもなのですけど……」

「――へあえ?」

「だ、だめならいいのです……! 無理強いするつもりはないのです!」

「あ! や! その……う、嬉しい……です。今度、遊びに行かせてください」


 ずっと顔を赤らめて蒸気を噴き出し続けている華緒に、少し不安になる沙友理だったが。

 もっと仲良くなりたい相手に、お誘いを承諾してもらえたのだ。

 その事がとても嬉しくて、思わず――


「待ってるのですー! 華緒ちゃーん!」

「ひゃわあっ!?」


 華緒に勢いよく抱きついてしまった。

 ぎゅうっと力強く抱きしめる。

 そのせいか、華緒の首を絞めているような形になっている。


「さ、さっちゃん先ぱ……く、苦し……」

「――え、あ、ごめんなさいなのです」


 感極まってしまった沙友理は反省し、するりと優しく腕を解いた。

 なぜか物足りない顔をしている華緒に謝り、家へ帰ろうとする。


「あ、ま、待ってください……! 一緒に帰りませんか!?」

「え? もちろんいいのですよ。むしろそのつもりだったのですけど……」


 そんなような会話をしつつ、二人で仲良く帰路についた。

 猫がその二人の後をこっそりとつけていた。

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