第6話 もっと仲良くなりたい?

 ○月○日


 クラスメイトとはそれなりに仲良くやれてる気はする。

 ただ……なにか物足りない。

 さっちゃん先輩ばかり追いかけてきたからだろう。

 さっちゃん先輩の代わりなんてどこにもいないんだ。

 そんなこと、わかっていたはずなのに……


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


 沙友理は一年生の教室がある場所に来ていた。

 華緒をお昼に誘うべく、うろうろしている。


「えーっと、確かここだったはずなのですが……」


 星花女子学園の敷地は広いため、通い慣れた沙友理でも時々迷ってしまう。

 だけど、ついにたどり着いたようだ。

 華緒がいるであろう一年一組に。


「あ、ここなのですね。早速入ってみ――」

「華緒ちゃーん!」

「うわっ!? な、なにするの綾ちゃん!」

「よいではないか〜。私と華緒ちゃんの仲なんだからー!」


 流石に前のドアから入る勇気はなく、後ろのドアから入ろうとした。

 しかし、入ろうとした瞬間に大きな声が聞こえてきたのだ。

 華緒と綾がじゃれあっていて、とても声をかけられそうにない。

 仕方なく、廊下から華緒を見守ることにした。


「もし良かったらだけどー、お昼一緒に食べない? もし良かったらだけどー!」

「……なんで二回も言ったの? あー、悪いんだけど今日は先約があって……」

「なんですと!? あ、もしかして沙友理先輩と、なのかなー?」


 綾はいつもテンション高めで、華緒を翻弄しているように見える。

 そんな綾に釣られてか、華緒はだんだん明るくなったような気がする。

 沙友理は華緒の変化を感じ取れて、満足そうな顔つきになった。


「な、なんで知ってるの……」

「そりゃあねー、んでしょー?」


 綾の言葉は何かを含んでいるようで、華緒は顔をひきつらせる。


「それって……どういう……」

「あ、あのー……ちょっといいかな?」


 華緒が困惑していると、別の人から声をかけられた。

 その人は黒色のショートヘアで、縦に長い体型をしている。

 ボーイッシュな印象がある、その少女の名は――


「あ、ごめんねー。塩瀬さん」


 綾はそう言い、素早く退く。

 どうやら塩瀬と呼ばれた少女は、華緒たちがたむろっていた所のロッカーに用があるようだ。


「いやいや、こちらこそ。四季彩さんたちの邪魔して悪かったね」


 少女は目当てのものを取り出すと、自分の席へ帰ろうとする。

 そんな少女を呼び止めたのは。


「――


 華緒が何かを含んだように笑う。

 少女――日色は、いつも“ヒーロー”というあだ名か、苗字で呼ばれることが多い。

 そのせいか、はたまた別の理由なのか――日色は目を見開いて華緒を見る。


「スカートの裾、ちょっと折れてるよ?」

「――へっ? あ、ほんとだ。わはは! 教えてくれてありがとう!」

「うん。後さ、下着見えてるよ?」

「えっ!? うそ!?」

「うそ」


 華緒は、日色のことをからかって楽しんでいるようだ。

 実際、すごく楽しそうに笑っている。

 華緒はSなところがあるため、こうしてクラスメイトをからかう節があった。

 しかし、綾に関しては、向こうの方が上手なようである。


「もう、稲津さん……僕をからかわないでよ」

「ごめんごめん。なんか楽しくてさ」

「ねー! さっきから私だけ蚊帳の外ってひどくない!?」


 そうしてだべっていて、華緒はふと時計を見た。

 すると、もうご飯を食べる時間が少なくなってきていることに気づく。


「わっ! やばっ! さっちゃん先輩が待ってるのに……!」

「お、そかそか。じゃ、後で沙友理先輩とのお昼デートどうだったか聞かせてね〜」

「そんなんじゃないから……っ!」


 華緒は慌てて支度をし、教室を飛び出す。

 その時、教室を覗き込んでいた沙友理と鉢合わせする。


「あ、さっちゃん先輩……」

「華緒ちゃん、随分楽しそうだったのですね」


 沙友理はニッコリと、聖母のような笑みを浮かべる。

 そんな沙友理の反応に何を思ったのか。

 華緒は魚のように口をパクパクさせていて、顔がリンゴのように紅く実っている。

 実に食べ応えのありそうな果実だ。


「ち、違うんです……! えっと、なんていうか……」

「何を慌てているのですか??」


 華緒は何かを弁明しようと、必死で言い訳を考える。

 しかし、沙友理には華緒がそこまで慌てている理由がわからない。

 そんな時、プチパニック状態になった華緒がとんでもないことを言い放った。


「た、確かに綾ちゃんたちとは仲良くさせてもらってますけど……! さっちゃん先輩だけは特別なんですっ!」

「……とく、べつ……?」

「――はっ! な、なんでもないです! 食堂に行きましょう! 早くしないと食べる時間なくなっちゃいます!」


 挙動がおかしい華緒に急かされ、沙友理は食堂へ向かう。

 その間も、華緒が言ってくれた言葉を反芻する。


「特別、なのですか……」


 以前にも、似たようなことを言ってくれた人がいた。

 その時は――今でもだが――あの子に何も言えなかった。

 それを悔やみ、今までずっと生きてきたのだ。

 それなのに……


「……なんなのでしょう?」


 あの時は何ともなかったこの感覚は、一体なんなのだろう。

 だけど、その感覚を知ることはついぞ叶わなかった。

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