第7話 昔を振り返っている?

 ○月○日


 今日のさっちゃん先輩は少し上の空って感じがした。

 ここではないどこかを見ているような気がして……ま、まさか……好きな人でもいるのかな?

 もしそうなら大変だ。

 ア、アプローチしていかないと……!

 でもでもっ! もし嫌がられたらどうしよう!


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


 狐色の髪を揺らし、沙友理は公園に遊びに来ていた。

 小学校低学年ぐらいの容姿。背丈が小さく、ランドセルを背負っている。


 隣にいた母親らしき女性が、ちらりと自分の腕時計を確認する。

 そして、沙友理の背負っていたランドセルを手に持ち、自宅へ戻ろうとしていた。


「それじゃ、夕飯までには帰ってくるのよ」

「はい! わかったのです!」


 沙友理は早熟で、しっかりとしている子供だった。

 だから母親も安心して、子供を放っておけるのだ。

 公園が家の近くにあるので、何かあってもすぐに家に帰ることができるところも、放っておける理由なのだとか。


「何するのがいいのですかね……」


 この公園の遊具は、もうだいたい遊び尽くしてしまった。

 そこそこ長いすべり台も、スリリングなブランコも、日々かたちを変えていく砂場も……全て飽きてしまっていたのだ。

 なぜこの公園にしてしまったのか、沙友理は後悔していた。


 そんな時、ふと辺りを見回すと、沙友理よりも少し小さくて幼い少女の姿があることに気づく。

 その少女はベンチに腰掛け、退屈そうにしている。


(もしかしたら……わたしと一緒なのかもしれないのです)


 沙友理と一緒で、飽きを感じているのかもしれない。

 そう思った沙友理は、その少女に思い切って声をかけることにした。


「は、はじめまして……」


 思えば、幼い頃に沙友理が知らない人に声をかけたのは、この時だけだったかもしれない。

 この頃の沙友理は少し人見知りで、知らない人との会話が上手く出来ないのだ。

 それなのに、勇気を振り絞って声をかけている。


 それは、そのぐらい少女が特別に見えたということだ。

 突然声をかけられた少女は驚いた様子で、檸檬色の瞳を丸くさせた。


「あ、は、はじめましてです……」


 少し気弱そうな印象の声。

 それでいて、女の子らしい高い声質が特徴的だ。

 その少女は黒色の短い髪をふわりと靡かせ、小首を傾げる。


「えっと……私に何か用ですか?」

「……あ、あの、えっと……い、一緒に遊びませんか?」


 なんだか盛大な告白をしたような雰囲気が漂う。

 沙友理はあまりの恥ずかしさに顔を赤らめ、頭から煙のような蒸気を噴き出させている。


 ずっと目を丸くしていた少女が、そんな沙友理の様子に初めて笑った。

 その笑顔は、花のように儚くて美しかったのを覚えている。

 少女はひとしきり笑った後、沙友理の目を見て言った。


「いいですよ」


 少女の言葉に、沙友理は翠色の目を輝かせる。


「で、何して遊びます?」

「あ……えっと……何しましょう……」


 声をかけることには成功したが、その後何をしようかというのはノープランだった。

 そんな沙友理の困惑気味な声に、少女は呆れ気味な顔になる。

 それで「二度と遊ばない」なんて言われたらたまったもんじゃないので、沙友理は必死で考える。


「う……あ! そうなのです! ずっとやってみたかったことがあるのです!」

「へぇ……なんですか?」


 沙友理が元気よく言うと、その少女は少し興味を持ったようだ。

 その様子に、沙友理は満足そうに笑う。


「ひみつきち! 作りたいのです!」


 目を輝かせて、少女の方へずいっと顔を近づけながら言った。

 少女は“ひみつきち”というワードに、心惹かれたらしい。

 翡翠のように眩く目を輝かせた沙友理に、負けじと檸檬色の目を輝かせる。


「いいですね! やりましょう!」


 “ひみつきち”は、少年少女にとって魅力のある言葉。

 二人の少女たちは、その魅力に確実に呑まれていたのだ。


 仲間を得た少女たちは、心強そうに駆け出す。

 まずは、“ひみつきち”を作るための道具や材料を集めなくては!


 二人はそれぞれわかれ、必要なものを集めに行く。

 木の枝やダンボール、その他もろもろをある程度見つけた後、それを持ちながら再びあのベンチに集まった。


「結構集まったのです……!」

「そうですね。なんだかワクワクしてきました!」


 二人は高揚感に満ち溢れ、今なら何でも出来る気がした。

 一種の万能感に包まれている。

 枝が程よく分かれている木を見つけ、そこにハシゴをかけていく。

 そして、そのハシゴの上にある木の枝に、集めたダンボールなどを置いていく。


「出来たのですー!」


 憧れだったひみつきちが完成した。

 だが、所詮子どもが作ったもの。

 今にも崩れそうなほど、儚く、脆い。


「崩れないといいのですが……」

「そうですね……」


 沙友理と少女はそう言って、祈るように手を組む。


 ☆ ☆ ☆


「沙友理ー! そろそろ帰ってきなさーい」

「あ、お母さんなのです……!」


 橙色だった空が、いつの間にか群青色に変わろうとしている。

 そんな中、お母さんがこちらに近づいてきている。

 もう夕飯の時間になってしまったらしい。


「そろそろ帰らなきゃなのです……」

「そうですか……じゃあ、私もそろそろ帰りますね」


 二人はベンチから立ち上がり、お互い顔を見合わせる。

 今日初めて会ったばかりだが、なんだか寂しくなってくる。

 それぐらい、二人の仲が親密になっていた。


「じゃあ……また遊びましょう」

「……はい。また遊びましょう」


 沙友理が別れを惜しむように言うと、少女も寂しげな顔をして言う。

 だが沙友理は、またここに来ればいつでも会えるだろうと、どこか軽く考えていた。


「じゃあ、また明日なのです」

「はい……また」


 そう言って、二人は別れた。

 なぜだか、永遠の別れのような……そんな気がしてならない。


 沙友理は不安になって振り返る。

 だが、そこにはこちらを見て手を振っている少女がいる。

 それに安心して、沙友理は再び前を向く。


「……あ、名前訊くの忘れてたのです……」


 明日訊けばいいか……

 そんな風に、沙友理は軽く考えていた。

 その後ずっと、高校生――いや、中学生になるまで会えないということを、この時の沙友理はまだ知らない。

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