第14話 爆弾発言


 お風呂もあがり、自室のベッドで横になる。

何となく二人と距離をおきたくなってしまう。

全部私が悪いのに、あの二人には迷惑をかけられない。


 血の繋がった仲の良い兄妹。

それに比べて、私は……。


――コンコン


「どうぞ」


「おまたせー。おやつ持って来たよー」


 葵ちゃんは可愛いパジャマでやってきた。

私のジャージとは違う、ピンクのパジャマ。


 だけど、この格好が一番落ち着くからしょうがないんだよね。

そんな可愛い服なんて、私には似合わないし。


 葵ちゃんはトレイに乗せたおやつとマグカップをテーブルに置く。

いい香りが部屋に漂ってきた。


「へっへー、いい香りでしょ? クッキーもあるよー」


 笑顔で私にマグを渡してくる葵ちゃん。

その笑顔は誰に向けられているのだろうか。


「ありがとう。それで、お話って何を話すの?」


 私はベッドに座っていたけど、葵ちゃんは私の隣にくっつくように座る。


「えっとね、陽菜ちゃんの事と私の事。何でも話そうよっ」


「なんでも?」


「そう! 好きな事、嫌いな事、何が楽しくて、何が嫌なのか」


 そんな事、別に話さなくてもいい。

話しても分かり合えない、話す意味は何の為?

それでも、私は彼女の期待に応えなければならない。

それは、私が居候であり、適度な距離を保つために。


「そうね、好きな事は本を読む事と、絵を書く事かな」


 壁に飾ってあるのは私が初めて金賞を取った絵画。

結局親には見せる事の無かった、初めての絵。

きっと、この先も見せる事は無いだろう。


「そうなんだ、もしかしてあの絵は陽菜ちゃんが描いたの?」


「そうよ。中学校の時に賞をもらったの」


「すごーい! お父さんもお母さんも喜んだでしょ!」


「そうね、初めての賞だったから喜んでくれたわ」


 嘘だ。そんな事は一切ない。

あの日は結局、翌日の夕方まで親は帰ってこなかった。

この絵の存在をあの両親は知らない。


「陽菜ちゃん、それ嘘だね……」


 なんで? なんでわかったの?

そんなにわかりやすかった?


「どうして、嘘だと?」


「目が、悲しそうな目を、しているから。本当は?」


 どうしよう。

本当のことを言ったら引かれてしまうかしら?


 それでも、いいか。

所詮他人、たとえ同じ家に住んでいても距離を離せば、お互いに関与しなければいいだけ。

たった三年、短い期間だ。

卒業したらすぐに仕事を見つけて、ここから出ていけばいい。

両親もきっとそう思っているだろう。


「嘘よ。あの絵は親に見せていない。見てくれる機会が無かったの。賞を取った日、親は帰ってこなかったわ」


 しばらく続く沈黙。

葵ちゃんは何を考え、どう答えてくれるのだろうか。


「そっか……。それは寂しかったね、悲しかったね。きっと、陽菜ちゃんはお父さんにもお母さんにも見せたかったんだね」


 心に何かが刺さった気がした。

見せたかった。確かにあの頃はそんな事も考えていたかもしれない。

そう、あの頃は。


「そうね、そうかもしれない。でも、今ではどうでもいい事よ。気にしてないわ」


 これも嘘。

あれから私は両親をまったく信じる事をやめた。

私の心は、もろい。


「陽菜ちゃん、嘘つくの下手だね。まるでお兄みたい」


 微笑む彼女はまっすぐに私を見ている。


「卓也さん?」


「そう、お兄も嘘つくの下手。すぐに表情でわかる。陽菜ちゃんもそう、お互い本音で話そうよ。私は本音で陽菜ちゃんと話したいの」


 真剣な目、私もそれに答えた方がいいのかしら。

いままで隠して、聞かれるこ事もなく、それでいいと思ってずっと過ごしてきた。

葵ちゃんは私の事をどう見ているんだろう?


「嘘、か……。葵ちゃんはすごいね。何でもお見通しみたい」


「っふ、これも日ごろの訓練です。私のマル秘おやつを誰かが勝手に食べるし、犯人を見つけないとね!」


 そんな事で、嘘を見抜くなんて……。

葵ちゃんの握った拳はとても力強よそうに見える。


「分かったわ。本音で話しましょ」


 この一言を口に出したら肩が軽くなった気がした。

葵ちゃんも笑顔で私を見てくれる。


「じゃ、次は私ね。陽菜ちゃん、心の準備はいい?」


「いいわよ。私で良ければ葵ちゃんの話、聞かせて」


 どんな話をするのか。

好きな事、嫌いな事。学校の事とかおやつの事かしら?


「私ね、お兄と血が繋がっていない。義理の兄妹なの」


 ……言葉を失う。

血が繋がっていない、兄妹?

それって、本当の兄妹じゃないって事だよね?


「あれ? 陽菜ちゃーん? 聞こえてる?」


 爆弾発言後でも明るい声で私に話しかけてくる。

ど、どう答えればいいのだろうか……。


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