第10話

第十回

築地市場の中には二人の巨人が存在している。ひとりは直立し、ひとりは学校から帰ったばかりの小学生が台所の食器棚の中から奥の方に隠されている饅頭を盗み食いしているみたいである。ふたりのあいだはまだ没交渉である。これがただ一色で出来たブロンズ像だったらどこかの建物の前庭にも置いていいようなみごとな組み合わせだ。ひとりが立っていておいしいものが出てくるのを待っている人、そしてひとりが立っていてひとりが森の中の根本にあるうつろの中にある隠されている蜂蜜を手探りで掘り出そうとしている人。そんな自然の中に置かれたふたりの人物の自然に対する営みを表現しているようにも見える。造形的にも量感のバランスが完全にとれている。しかし、ふたりは敵対関係にある。森の中に住むふたりの兄弟だというわけではない。その上、穴を掘っているほうは立っている方に無関心だ。そしてふたりの胸のあたりには空があり、頭はビルの高さよりも上にある。大きな冷凍倉庫が子供のおもちゃ箱のように見える。その地面にありのようなごま粒が移動してきた。

「まみり、あいつ、まだお金も払わないくせにボタン海老をむしゃむしゃ食っているわよ。それになに、あの変な格好。まるで渡世人じゃないの」

巨人を見上げながらチャーミーが個人的感情をむき出しに言った。チャーミーは自分のポケットの中を探った。するとYの字をしたものが指先に当たった。二股に分かれているほうのさきにはぶよぶよと太いミミズのようなものがついている。チャーミーは思い当たるものがあった。「こんなものがあったわ」弟がくれたパチンコだった。すぐにチャーミーはそこいらに落ちている石を探す。適当なものを拾うとゴムをぎりぎりと伸ばして片目をつぶって照準を合わせた。

「チャーミー、そんなものは全く効果がないなり」

「こんなことでもしなければ、気分が晴れないわ」

矢口まみりの言ったとおり、石川の放ったパチンコの弾は空中をゆるゆると飛んで行った。が、そこで奇跡が起こった。ゆるやかな放物線を描いた小石はちょうど食事に熱心で横を向いていた巨人の耳の穴の中にうまい具合に入ったのである。そして築地市場の空気が大きく振動した。

「ふははははは。ふははははは」

耳の穴に入った小石がくすぐったいのか、巨人は立ち上がると笑い人形のように笑い出したのである。その笑い声は文字で見ると人間の笑い声と同じであるがそれを文字という表現手段をとるならば何十倍の大きさの活字を使わなければならないだろう。それから変なところをくすぐられて顔の筋肉が弛緩している巨人はプールで耳の中に水が入った人のように片足でちんちんをして小石の入った耳のあるほうの顔の側面を下に向けると耳の穴から小石が落ちて来た。もちろん巨人の縮尺からすれば、その小石はほとんど見ることが出来ない。そして普通の表情に戻ると小石が飛んで来たほうの地面を見つめた。そこにありのごときものがうごめいているのを見つめた。

「まみり、お前の友達は馬鹿だ。馬鹿だ。最低の馬鹿だ。合宿に入れて再教育だ」

「こんな奴、友達じゃないなり。チャーミー、責任をとりなさいよ」

振り返るとそこにはもうチャーミー石川の姿はない。そして王警部の陰に隠れている。巨人はまたぎろりと睨んだ。東大寺南大門の阿吽の仁王像からかりた仮面の下からのぞく瞳が浄瑠璃の人形のように矢口まみりの方を向く。その目の玉もまみりなんかよりはずっと大きい。巨人はほっぺたを膨らました。そして口を尖らすと息を吐いた。市場のその一角だけに最大規模の台風が襲来した。まみりは地面にはいっくばって駐車場の車止めを力いっぱい目を閉じながらつかんでいたが頭上から天を割くような笑い声が聞こえる。

「ワハハハハハ。ワハハハハハ。クェ、クェ」

「くじら太くんだわ。くじら太くんだわ」まみりは遠い昔のあこがれの人に会ったような気がした。まみりは小さかった。子供のときから小さかった。小さかったまみりは大きなものに憧れていた。その憧れの人がくじら太くんである。くじら太くんは現実の人ではない。連続テレビドラマの主人公だった。くじら太くんは大きい。身長が三メートル、体重は五百キロあった。ドラマの中でくじら太くんは中学校に転校してくる。まず給食の時間に五十人前のランチを食べた。それから腹ごなしのためにお昼休みにやる草野球でバットのかわりにそこいらにある電柱を引き抜いてきてバットがわりに使った。飛んで来たボールを撃とうとして手をすべらしたくじら太くんの電柱は飛んで行き、中学校の正面の時計台に突き刺さり、時計台の上部、三分の一が崩れ落ちた。しかし、それがテレビドラマでくじら太くんが実在しないとまみりは五歳のときに気づいた。

 まみりは工事現場も好きだった。そこでまみりは第二の初恋をしたのである。その人はつるはしを親指と人差し指のさきで竹細工のようにして持ち、片手で砂が山盛りになった猫車を持ち上げることが出来た。その人が歩くと小山が歩いているようだった。そして夜になると中華どんぶりの中にさいころを入れてふっていた。小学校の行き帰りにその人の姿を見るとまみりの胸は震えた。その人と一度だけ話したことがある。工事現場に作られた物干しの上にしなびた太い昆布のようなものが干してある。それは長かった。そのはしっこの方にぶら下がっていると憧れの人が向こうからやって来た。

「嬢、ふんどしに興味があるかい」

その昆布の端には名前が縫い込んであった。おにぎり山。

「それがおいらのしこ名だよ」

まみりは怖くなってその場を逃げ出した。そしてまたその憧れの人に会いたいと思ったが工事は完成して工事現場もなくなっていた。「だめ、好きになっては、相手は無銭飲食を常習にしている悪人よ。まみり。好きになっちゃだめ」

矢口まみりはきわめて冷静になろうと思って他の連中はどうなったのかと思って振り返ると巨人の息に吹き飛ばされて向こうの方へ行って腰をさすっている。まみりは自分の体容積が小さかったから吹き飛ばされなかったのだと思った。

 そのとき空中から四つ足の黒いヒトデのようなものが降りてくる。まみりの前に着陸するとヘルメットを被ったヘリコプターのパイロットのような男が出て来た。

「王警部は」

どうやらまみり達の味方らしい。そこへ腰をさすりながら王沙汰春警部もやってくる。

「だいぶ、待ったぞ」

「警部、残念ですが。この件に関しては警視庁は手を引くそうなので、自衛隊が受け持つことになりました」

「きみ、じゃあ、僕の扱いはどうなるんだね」

「出向扱いということになります」

そこへ巨人の息に吹き飛ばされた連中も集まって来た。

「きみらもこの艇に乗り込むんだ。これは空中でも水中でも三百六十度自由に進むことの出来る自衛隊の新型偵察機なんだ」

四人がその艇に乗り込むといろいろな計測器がピカピカと点滅している。艇の前面はガラス張りになっていて五人が座ることが出来る椅子がついている。床には黒いゴムシートが貼られている。真ん中の席だけは前面にハンドルだとか、エンジンの始動装置だとか、ナビゲーターだとかの表示器がついている。

「椅子に座ったら安全ベルトをしめてください。前後左右上下に自由に進みますから、そして裏返しにもなりますから大変危険です。機器類もみんな据え付けになっているでしょう」

五人が椅子に座って安全ベルトをしめると偵察機は静かに上昇した。そして巨人を見下ろすことの出来る高度まで上がった。巨人にとってはこの偵察機の存在など眼中にないのか、今は大型の冷凍トラックをおはじきのように指ではじいてトラック同士をぶつけたりして遊んでいる。

「矢口まみりくん、きみの出番だ。つんくパパの作ったスーパーロボを使ってあの巨人をどうにかしてくれ」

王警部がいまいましそうに巨人を睨んだ。

「でも、警部。ここで巨人とスーパーロボの戦いを繰り広げさせるつもり、ただでさえ。ビルをいくつも壊して高級食材をたくさん巨人は食べてしまったわ。これ以上、損失を広げるのはどうでしょうね」

チャーミー石川は社長秘書のかけるようなさきの尖っためがねをかけてやすりで爪の手入れをしている。

「ここでふたりの巨人を戦わせることはまずいか。でも、どうしたら」

王沙汰春警部は頭をひねった。

「人が慣性誘導装置を使って空中移動の道標にするように動物は本能で測地線を選択することが出来ます。磁石にN極とS極があるのはなぜでしょう。この小さな磁石を小さく小さく分割していってもやはり磁石の両端にはふたつの極があらわれます。むかしは空間の中はエーテルで満たされていと思われていましたが、今はそんなことを信ずる人はひとりもいないでしょう。でも小さな磁石が無数に空間に張り巡らされているという比喩はあながち当たっていないということもいえません。動物はこの微少磁石の存在をいつも感じています。動物はそれを移動のための道標にしているのです。だからこの道標を狂わせてやれば巨人はここを去るに違いありませんわ」

井川はるら先生は生物として見た巨人について語った。

「五分の四は何を言っているのかよくわからないんですが、要するに巨人対策としてどうすればいいんですか」

「地磁気を狂わせてやればいいのです。そのためには大量の電磁波を発生させればいいのです。それの一番簡単な方法はここで核爆発を起こさせるのです」

「ここに核兵器は置いてあるのですか」

「いや、そんなことをしたらわたしたちは死んでしまう」

チャーミー石川が黄色い叫び声をあげた。

「なにを言っているの。チャーミー、人類が滅亡したあとで、大魔王さまがあらわれて地上に新たな秩序を与えてくださるのよ。ほほほほほほほ」

「そんなことまでしなくても、地磁気を乱すだけなら、この艇の推進装置の一部を使うだけで可能です」

パイロットは冷静に言った。

「この艇の推進装置でそれが可能なら、それでもいいですわ」

「井川先生、もっと具体的にその方法を教えてください」

「強い地磁気の下にいると動物は不安定な精神状態になります。だから、周囲に強い地磁気の乱れを作ってその中に安定した地磁気の領域を作るんです。そうするとその中に生物は逃げ込みます。その円を移動させれば巨人も移動するでしょう」

「明快なお答え、ありがとうございました」

「ちっとも明快ではないわ」

チャーミー石川はぶつぶつと言った。

「でも、推進器をその目的で使うということはこの艇が失速するということです」

パイロットが付け加える。

「それなら、心配はないですよ。まみり、説明しておあげ」

「スーパーロボを使うなり。スーパーロボにこの艇を持ってもらうなり。そして地磁気の隙間を作りながら巨人を移動させるなり」

「素晴らしいわ。まみり」

「よし、決まった。その作戦を遂行する。まみりくんスーパーロボに命令してくれ」

「スーパーロボ。この艇を支持するなり」

艇ががくりと揺れた。

「では艇の前方、半径二十メートルに安定した地磁気をつくります」

ヘルメットを被ったパイロットが報告した。そして機械のスイッチ類を操作する。

矢口まみりは腕時計に向かって叫ぶ。

「スーパーロボ。隠密怪獣王を誘い出すなり」

スーパーロボは艇を持ったまま巨人の方に近寄る。動物園のオラウンターの中に新入りのオラウンターが入って来たような反応を示している。巨人は状況の変化を微妙に感じているのだろうか。小刻みにあたりを見回している。

「スーパーロボ。少しずつバックをするなり」

まみりが言うとスーパーロボもバックする。状況が変わったことを巨人もわかっているのだろうか。耳を両手で押さえて不快な表情をした。そして艇につられるように前進する。

「成功だわ。まみり」

チャーミー石川がパチパチと拍手する。

「わたしのアイデアだわ」

井川先生は少し不機嫌だった。井川先生の隣に座っているのが王警部だからかも知れない。

「うまくいくな」

王警部は眼下にある巨人の頭部を見ながらつぶやいた。

「スーパーロボ。その調子だわ。そのままバックするのよ」

スーパーロボは慎重にバックする。パイロットは遠い昔にざるを逆さにしてひもでそのざるが落ちるようにして、下に米をまいて雀を捕獲しようとしたことを思い出していた。

「まみりくん、もっと速くバックすることは出来ないか。巨人はこの艇につられるようにしてついて来るではないか」

「スーパーロボ。バックする速さをあげるのよ」

スーパーロボのバックの速さは倍加した。ロボは後退りしながら築地市場の南の端にある神社を一またぎに越えた。しかし、巨人は人間の作ったそんなものを踏みつぶすことを躊躇しなかった。巨人の一足でその神社はつぶれてしまった。

「この罰当たりめが」

王警部は吐き捨てるように言った。

「仕方ないなり」

矢口まみりはつぶやいた。五歩くらいでスーパーロボも巨人も築地市場を出てしまう。交通規制がおこなわれていて自動車は一台も端っていない。

「まみり、大変」

チャーミーが叫んだ。他のみんなは前面の巨人しか見ていなかったがチャーミーは床のそばにある艇の後方を映し出すモニターを見ている。チャーミーの目には勝ちどき橋が寸前の距離で迫っている。

「遅い、遅いわ」

チャーミーが叫んだ。艇の中はひっくりかえり、天と地がひっくり返った。そして地震のような音がしてスーパーロボは勝ちとき橋の上に倒れかかり、橋は完全に破戒されてしまった。

まみりはひっくり返ったままである。

「スーパーロボ。立ち上がるのよ」

艇の中はまた上を下への大騒ぎでまた立ち上がった。

「良かった。まだ巨人は気づいていない」

「このコースで進むのはまずいですよ。警部」

「どうしてだ」

「こちらは交通規制がなされていないです」

「では、どうやって巨人を始末するのだ」

「対策本部が立てた計画を遂行してください」

「どうするのだ」

「この道を右に曲がると石油精製工場が一面に広がっています。そこに巨人を誘導するのです。その工場街には人間はみな退避させてあります。そこで石油タンクを爆発させて巨人を焼き殺すのです」

「まみりくん、聞いているか。方向を転換するんだ。工場街に向かわせるのだ」

「スーパーロボ。右に曲がるなり」

スーパーロボが右に曲がると巨人も右に曲がった。広い産業用道路は人っこ一人いない。艇につられるように巨人は工場街に足を踏み入れる。巨人はいつか石油タンクに取り囲まれるようなところで立っている。

「ここまで来れば地磁気で巨人をとらえている必要はないわね」

井川先生が言った。

「よし、われわれは上昇しよう」

艇はスーパーロボの手から離れて上昇し始める。

「警部、石油タンクにミサイルを打ち込みます」

「よし」

空中の艇からいくつもの石油タンクにミサイルが打ち込まれて炎上を始めた。あっという間に巨人もスーパーロボも火の海に包まれる。

「スーパーロボ。ご苦労なり。つんくパパおは素晴らしいロボットを作ったなり。巨人は酸素不足で窒息するか。熱で焼け死ぬなり。スーパーロボ、ご苦労なり。逃げるなり。発進するなり。スーパーロボ、はっししん」

矢口まみりは爽やかに宣言した。しかし、あれっと首を傾げる。

「おかしいなり」

「まみり、おかしいわよ。まみりの親戚の女の子が飛び上がらないわ」

つんくパパは弁当箱のようなものをしきりに眺めている。

「まみり、だめだ。ジェット噴射装置が故障している」

その弁当箱はスーパーロボの状態を確認するための装置だった。

「まみり、大変」

チャーミー石川がまたピンク色の声を上げた。巨人がスーパーロボに飛びついて倒してしまった。

「隠密怪獣王のエッチ」

チャーミー石川が言った言葉は的を得ていない。スーパーロボの衣服は完全防火性を持っているどんな火炎の中でいても周囲の温度を下げることが出来るのだ。巨人にはどうにかそういう判断の出来るくらいの知性があるようである。スーパーロボに抱きついているあいだは巨人は焼け死ぬことはない。巨人とスーパーロボは抱き合ったままごろごろと転がった。まわりの石油施設をなぎ倒して行く。そして輸送船をつなぐ内海と接しているへりまで来ると抱き合ったままその海の中に落ちて行った。そのとき大きな津波のような波が起こった。波も大きなマスで見るとゼリーのように悠長な動きをする。空中に停止した艇の中でその様子を見ていたまみりはスローモーションのフィルムを見ているような気になった。

「スーパーロボ。巨人を追うなり」

巨人はさらに外海の方へ向かっているらしい。空中からでは海の中がどうなっているのかわからないが海上からふたつのくじらよりも巨大な陰がもつれているのがみえる。

「ここからでは操縦出来ないなり」

「まみりくん。この艇は海の中でも自由に進めると言ったではないか。パイロットくん、海の中に突入してくれ」

「ラジャー」

「素敵だわ」

艇は海の中に侵入した。暗い海の中で巨人とスーパーロボはもつれ合っている。

「もし」

「はるら先生、もし ならなんですか」

つんくパパが井川先生の方を見ながら言った。

「巨人がわたしたちと同じ構造の呼吸器官を持っているなら、水上に出さないようにするだけで巨人は水死するでしょう」

「先生、なぜ、そんなことがわかるのですか」

「わたしは実は水中都市ラー帝国の生き残りなんです」

「わたしは信じないなり。とにかくスーパーロボ、巨人を逃がさないなりよ」

「見てごらん、まみり。巨人は確かに苦しんでいるようだ。空気を求めてもがいている」

「ふふふふふ。もう少しで水死人が一丁あがるわ」

チャーミー石川はにたにたした。しかし、巨人は力を秘めていた。海中で手を振るとスーパーロボのヘルメットのような仮面に手をかけたのである。スーパーロボはいやがった。まみりは巨人はメキシコプロレスを見たことがあるに違いないと思った。覆面をとられることは覆面レスラーにとっては最大の屈辱である。試合中に覆面をとられたレスラーは試合を放棄してロッカールームに戻ってしまうのである。巨人は仮面をはがそうとする。スーパーロボはそれをいやがる。しかし、一瞬のすきを見計らって巨人はスーパーロボの仮面を剥いでしまった。艇の中にいた人間は矢口まみりとつんくパパを除いては驚きの声を上げた。その顔は矢口まみりにそっくりだったのである。

「親戚の女の子って、親戚の女の子って」

ここでチャーミー石川は一呼吸おいた。

「まみりにそっくりじゃないの」

「ふん、偶然の一致なり。ねぇ、パパ、そうなり」

「まみりの言うとおりだよ」

スーパーロボは泣きながら巨人に向かっていく、そして仮面を取り返した。そして今度は巨人の顔をかきむしる。今度は巨人が不利だ。

そこへ巨人よりもさらに巨大な影が近づいてきた。なんとそれは巨大なたこだった。たこは艇の方に向かってくる。艇に攻撃の対象を変更しているらしい。

「スーパーロボ。艇を守るなり」

スーパーロボは艇を守るために巨人から離れた。巨大なたこは近寄ってくる。巨大なたこと見えたものはどうやら人工のロボットらしかった。たこの一角には透明な運転室がついていてその中からひとりの女がこちらを見ている。空気太りしたような顔だ。その顔を見てつんくパパは言葉を失った。

「パパ、あの女を知っているのなり」

「うんにゃ。知らない」

つんくパパは首を振った。

「あっ、巨人が泳いでいく」

チャーミー石川が指さす方を見ると巨人がはるかさきを泳いでいく。巨大たこも海上に出て空中に出た。そして巨大たこは巨人をつかむとどこか空中に飛んで行った。ジェット噴射の故障したスーパーロボには追うことが出来なかった。

 一日でこんなに大活躍をした矢口まみりだったがハロハロ学園に行くと普通の女の子だった。下駄箱で上履きを代えているとスターのゴジラ松井くんがあとから来た。まみりの胸はときめいた。しかし、おかしいことにゴジラ松井くんは地下足袋を履いている。それも土に汚れた地下足袋をである。そしてつるはしを肩に担いでいる。つるはしの先も土で汚れている。

「おはようなり」

まみりは自分で一番可愛いと思う笑顔を作ってほほえんだ。しかし、ゴジラ松井くんの挨拶は素っ気ない。ちらりと見て、おうと言っただけだった。そのまま校舎の中に入って行く。まみりは肩すかしを食ったような気持がした。あとからチャーミー石川が来た。

「見てたわよ。見てたわよ。ゴジラ松井くんと顔を合わせたじゃないの。まみり。うまくやったじゃないの」

興奮して聞く。

「でも、それほどでもないなり」

「何よ。まみり。ゴジラ松井くんに一番近距離にいるのはまみりよ。ゴジラ松井くんのアタックに成功したら、まっさきにわたしに知らせてね。あの不良たちが地団駄を踏んで悔しがる姿が目に浮かぶわ。辻なんかまみりの頭を持って飯田の足をなめさせようとしたじゃないの」

「でも、そんなにうまくいっていないなり」

矢口まみりの答えは力なかった。

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