履きやすい靴は、まだいらない

ロジィ

打ち上げのクレープ

「ユータ、早く早く!」


 マユが私たちに向かって大きく手招きをした。ユータが「分かったよ」と苦笑いしながら駆け寄っていく。コーヘイは私の隣で呆れたように肩をすくめた。


「アカリも!」

「はいはい。そんなに焦んなくたって、クレープは逃げないでしょ」


 そう言いながらも少し足を早めたのは、目指す店から行列が伸びているのが見えたからだ。

 いまは秋。薄着の季節も終わり、ダイエットも疎かになる季節だ。

 中間テストが終わるのを待ち構えていた私たちは、打ち上げと称して、通っている高校でも話題になっているオープンしたてのクレープ屋に向かっていた。


「カボチャのクレープは数量限定だから逃げちゃうの!」

「俺、甘いのダメだからコンビニでコーヒーでも買ってくるわ」

「コーヘイ、ついでにお茶買ってきてよ。緑茶ね、緑茶。カボチャだから」

「へいへい。そんだけ張り切って売切れてたら笑える」

「うわ、最低」


 コーヘイは、長い列に並んだ私たちに歯を見せて笑うと、コンビニへ向かった。


「今日は朝からずっと楽しみにしてたんだ。ここのクレープ超おいしいんだって。この間テレビでもやっててー。ほら、SNSにもめっちゃ書き込まれてるでしょ」


 マユはユータにスマホの画面を見せながら、一生懸命説明している。顔を寄せ合って、二人の髪の毛がわずかに触れ合っている。ユータの二の腕あたりに添えられたマユの手から視線が外せない。その自然な距離感に、なにか飲み込んだみたいに喉が詰まってうまく息ができなくなる。


「ほら、アカリも見て見て」

「あ、うん」


 慌てていつもの笑顔を作って画面をのぞきこむ。友達の顔。親友の顔。


「マユ、カボチャのクレープってアレじゃね? ちょーうまそ」

「でしょでしょ!」

「ホントだ。あたしもカボチャにしよっかな」

「えー、アカリは違うのにしてよ。そしたら半分こできるじゃん」

「やだ、あれがいい」


 クレープを受け取って店から出てくる人を見て、私たちは声を上げてはしゃいだ。その勢いに、クレープを持った人はちょっと恥ずかしそうにして足早に行ってしまう。

 私たちは、中学校から一緒の仲良し四人組。ずっとずっと変わらずにいるんだと思っていた。


「仕方ねぇな。マユ、俺の半分やるからさ。アカリもカボチャのやつ頼めよ」

「さっすがユータ! 優しい! 大好き!」

「はいはい。二人ともごちそうさま」


 心はどうしてこんなにままならないんだろう。それなのに、どうして嘘がつけるんだろう。簡単に笑顔が作れるんだろう。


「え、まだ買ってねーの。めっちゃ遅いんですけど」

「仕方ないでしょー。あそこの公園。場所取りよろしくね、コーヘイ」

「人使い荒すぎ。最低」


 ぶつぶつ言いながら、コーヘイは公園へ向かう。

 私たちはいつも一緒で仲良し。私の中で、そのバランスが崩れてしまったのはいつだったろう。

 私がユータを好きになった中学二年の秋か。それともユータとマユが付き合い始めた高校の入学式か。


「お待たせしました。次のお客様どうぞ!」


 うっすらと額に汗を浮かべた店員が、営業スマイルで私たちを呼んだ。


****

 

「んーっ! 最っ高!」


 マユがクレープを一口かじって声を上げた。評判だけあって、確かにおいしい。


「最後の晩餐って感じ。明日から部活漬けだもん」

「ああ、そっか。もうすぐ定期演奏会だっけ」


 マユは吹奏楽部に所属している。五歳からやっているというフルートの腕前はなかなかのもの、らしい。うちの高校の吹奏楽部は全国大会の常連で、練習もかなりハードだ。大会前や演奏会前の追い込みなんてまるで地獄だと、いつもこぼしていた。

 今日まではテスト期間で、部活動はすべて禁止。でも明日からはそれも解禁だ。


「今回の演奏会で三年生は引退だし、次はうちら二年が引っ張っていかなくちゃだし。もうプレッシャー半端ない。一応、自主練はしてるけどさー」


 そう言いながらクレープをパクつく姿は、あまりプレッシャーとは縁がなさそうに見える。しかし、実際のところ、マユが吹奏楽部にかける情熱は並大抵のものではなかった。きっと、このテスト期間でさえ、勉強より自主練のほうに力を入れていたに違いない。


「大丈夫だよ。マユ、いっつも頑張ってるじゃん」

「えへへ。ありがと、アカリ。あ、ユータのクレープちょうだい」

「緊張感ねぇな」


 ユータの選んだチョコバナナを受け取ると、マユはパクリとかぶりつく。そのためらいのなさが、私をまた苦しくさせる。


「ん、こっちもおいしい! アカリも食べる?」

「あ――ううん、いい。こっちのほうがおいしいし」

「ちょ、アカリ。それひどくね?」


 私の言葉にユータもマユもコーヘイも笑った。私も笑った。

 ユータとマユが口をつけたものを食べるなんて無理。二人の関係を私の体の中に入れるみたいで、想像しただけでもぞっとする。

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