番外編
第1話 セシル:僕ら星降る夜に 1
早朝のフロシオン中央駅にいつもの五人で集合する。朝靄の中の長距離列車というのはなんとも趣がある。僕は密かにワクワクしてきた。これから八時間という長い旅が始まるのだ。
八時間! やはり大陸にある国というのは大きいのだと思い知らされる。僕はフロシオンから遠く離れた国の出身だ。それは島と呼ぶには巨大すぎるが、大陸には到底叶わない。
列車の終着点は、親友テオが生まれた町タフト。その夏のイベント、ルルセラス祭に僕らは参加するのだ。
寝台列車でもいいと僕は主張したけれど、従妹のミッシェルが頑にそれを拒否した。女の子は色々あるらしい。仕方がないから早朝出発というわけだ。
長旅だからちょっと豪華に六人がけコンパートメントタイプを選んだ。座席もゆったり目でテーブルを出したりもできるからきっと快適だろう。主要駅でのランチ販売を楽しみに僕らは出発した。
五人でゲームをしたり喋ったり、ランチを分けあったりしているうちにタフトに着いた。長いかと思っていたのにあっという間だった。不思議なものだ。
セレンティア大花祭りでお世話になったルカさんが、駅まで迎えにきてくれていた。彼が予約してくれたB&Bは、窓から海が一望できる素敵な宿だった。かなり気分が上がるけれど、今日はゆっくり休んで祭りに備えなければ。僕らは早々にベッドに潜り込んだ。明日は一晩中踊り明かす。
翌日は快晴。昼間タフトの町歩きを堪能した僕らは浜へと集う。ルルセラス祭は日没とともに始まるのだ。
まずは波打ち際で最後の光を堪能し、太陽が姿を消したら次々と篝火が灯されていく。地上にも輝く星々が誕生するという様相だけれど、空はもっと賑やかになりそうだ。祭りは毎年、流星群がやってくる日と決まっているからだ。
この町の伝承によると、天使が人々の幸せを願って星を海に流したものがルルセラス。だから星が降る日にお祝いするのは、まさになのだろう。参加者にはルルセラスが配られた。星形に輝く黄色い貝。初めて見るそれに、僕は遠くへ来たのだとしみじみ嬉しくなった。
さあ、いよいよ流星を見ようと移動を始めたとき、僕はテーブルの上に小さな籠が置かれているのに気がついた。中には数枚のリーフレットが入っている。ルルセラス関係の資料だろうかと抜き取った。
みんなの後を追いながら目を通すと、どうやらルルセラス祭に便乗した小さなイベントらしい。まあ、一晩中踊るのもなんだから、後でちょっと覗いてみるか。
『ルルセラスの降る夜、古代遺跡(古代図書館)であなたの未来を見つめませんか』
場所は遺跡、それも図書館!そしてそこには古代植物に書かれた蔵書も保管されていると……う~ん、これはまた……かなりそそられる。行かずにはいられないと思った。
僕が勤務する図書館でアルバイトをしているクライブも同じく古代言語マニアだからもちろん乗ってくるだろうし、フロシオンの中央公園を管理する一族の娘であるミッシェルは食らいつくこと間違いなしだ。僕が二人にリーフレットを見せれば、案の定、彼らは二つ返事で了承した。
「でも別に占いとかはいいかな。その図書館って言うのが見てみたいよ」
「私も! その巻物? 植物が見たい。代表してセシルが占いをやってもらえばいいのよ」
「そうそう、それがいい。セシル、頼んだよ。僕らは見学に集中するから」
「よ~し、裏ルルセラス祭にしゅっぱ~つ!」
二人仲良く星を見ているテオとエマに声をかけ、僕らは意気揚々と浜を離れた。地図を見ながら坂道を上っていく。すでに日は落ちていて、迷わず行けるか心配だったけれど、案内灯なのだろうか、青い光が所々についていた。おかげですぐに、僕らは入り口へと辿り着けた。
どうやら崖を作っている岩の内部に遺跡は広がっているようだ。生い茂った蔦で半ば覆われているけれど、繊細なレリーフがあちこちに見え隠れしている。一歩踏み出せば、中は思った以上に立派な石室だった。その先に細い廊下らしきものが延びていて、外にあったのと同じ青い光が灯されている。ちょっぴりひんやりとしたその通路は、二度三度と折れ曲がっていた。僕らは並んで進んでいく。
「誰もいないのかな、物音もしないね」
クライブは小さく囁いたというのに、その声は石にひどく反響して、僕らをどきりとさせる。
「セシル、本当に大丈夫? 私、何か怖い」
「有名な遺跡みたいだからきっと大丈夫だよ」
僕は二人の肩を左右の腕で抱き寄せた。両脇の体温にちょっとほっとする。どうやら僕も緊張しているらしい。三人でそろそろと進んでいくと広間に出た。
「まじか! すごい……」
「これ、全部、古代の植物? うそ、うそ、何でこんな保存状態がいいの?」
入り口以外の四面はすべて棚だった。意外とも思えるほど高い天井部分まで全部だ。そこにぎっしりと巻物が詰まっている。これが……古代図書館! 静かなのにすごい迫力だ。圧巻だった。僕は叫び出しそうな興奮を覚えた。
と同時に、凄まじい違和感も。巻物の状態というか、その植物繊維の色あいというか……なんだろうかこれは、妙に青々として見えるのだ。それはただ単に、揺れている青い明りのせいだけではないような気がした。深く考えたいようなそうでないような……とにもかくにも、植物の状態に敏感なミッシェルがこれほど興奮しているとは、ちょっとした掘り出し物だったかもしれないと思うことにした。
広間の奥には大きなテーブルと数脚の椅子があって、その一つに腰掛けている人が見えた。その人は作業の手を止めて顔を上げた。
「やあ、いらっしゃい。裏ルルセラス祭、ルルセラスの夜にようこそ」
夏の装いには似つかわしくない、少し重々しい色のローブ、深くかぶったフードからは表情が読み取れない。そこから紡がれる男性の声は、ずいぶんとしわがれているものの、どこか暖かみを感じさせた。その不思議な存在は、決して不快なものではなく、逆にこの場にはふさわしいような気さえしたのだ。
「まだ始まったばかりで、他に人はいないから、ゆっくりしていくといいよ」
「占いをお願いするのは僕一人なんですが、大丈夫ですか?」
僕が恐る恐る切り出すと男性は喉の奥で笑った。
「これはお祭りだよ。そうかしこまらなくていい。楽しみなさい。そっちのお嬢さん、どれ、一つ巻物を見てみるかな?」
「え? 触っていいんですか?」
「そっちの棚にあるものならみな大丈夫だ。取ってごらんなさい」
ミッシェルが指さしたものをクライブが取り出し、二人は空のテーブルにそれを運んでそっと開いた。思ったよりも長い巻物のようだ。クライブが唸っている。ミッシェルは目をウルウルさせて、その表面をしきりに撫でている。二人とも感無量と言ったところだろうか。
「さあて、このわしも頑張るとするか。なあに、気を楽に。おじいさんとでも呼んでおくれ」
その言葉に振り返った僕は、頷きながらおじいさんのいるテーブルへと進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます