第16話 幼馴染たちと新年の始まり

 その後、エマはトラヴィス先生と何度も話し合い、今回の花祭りでは二部目までを紹介しようということに決めた。三部目の可能性を先生も重要なものとして受けとめてくれており、もし間に合って、それが連弾だった場合、もちろん自分が弾くにきまっていると鼻息荒く語ってエマを笑わせた。


 必要以上に無理な作業はせず、五人各自が落ち着いて花祭りに備えようと決めてから、エマとテオは週に三回は一緒に帰れるようになった。二人は離れていた時間を埋めあうかのように語り合った。

 語学クラスや地下資料チームでの話、ピアノスタジオや新しい曲の話、もちろんそれを支えてくれた親友たちとの時間。何気ないことを笑い合うのも楽しかったけれど、本気で向き合ってきたものについて話すことは、二人にとって思った以上に嬉しいものだった。互いの知らなかった面を発見し、新たに得た感覚を分かち合う喜びが二人を満たした。

 帰りのバスの中、テオが日々お守りのように持ち歩く小冊子をエマは覗き込む。今回のあれこれで、エマもタフトの伝承に興味を持った。古代語はまったく理解できなかったけれど、自分たちの新しい一ページを作りだしてくれた大切ものだという気持ちが大きかったのだ。現代語でも出ているだろから、図書館で探して近いうちに読んでみようと、テオが提案してくれた。


「もしなかったら、図書館のネットワークを通して取り寄せればいいよ。ちょっと手続きが面倒くさいけれど、そこはほら、セシルがもう、意気揚々とやってくれるはずだから」


 そう言ってテオがいたずらっ子のように笑えば、エマも笑顔で頷いた。気がつけば自分たちの交流範囲がどんどん広がっていっていることが、不思議でもあり感慨深くもあった。   

 場所のことにしてもそうだ。手紙の一件で、遠い町だと思っていたタフトが身近に感じられたのは言うまでもない。テオの生まれ故郷だと知っていても、それ以上に気持ちが動くことはなかった。けれど今、まだ見ぬ海にエマは思いを馳せる。

 古い昔からフロシオンと交易のあった町。「我らが天使」の三部目の大きな鍵となる町。セレンティア物語と同じように、きっと地元には多くのものが出ているはずだ。いつか、五人でタフトに旅行するのも悪くないかもとテオが言った時から、エマはそんな日を夢見るようになった。


「……もしかしたら、青い月の事が絡んでくるかもしれない。でも、地元の人に愛されている話なんだ。きっと希望も一杯詰まってるはずだ。心配することはないよ」


 テオが力強くそう言うのを聞いて、エマも心から信じる事ができた。今の自分たちならきっと、何が出てこようとちゃんと受け止め乗り越えていけるだろう、そう思えたのだ。


 やがて季節は移り変わり、誰もが厚いコートを手放せなくなった。比較的温暖なフロシオンでも、やはり冬は冷え込みが厳しくなる。ちらほら雪が舞う日もある中、それでもエマたちは休日にみんなで公園イベントに行ったりした。その後、ミッシェルを労って食事をするのが楽しみの一つになっていたのだ。

 四人より三つ年上のセシルはもう成人しているため、レストランへ行けばお酒を飲むことも多い。自国のものは苦手だったけれど、フロシオンの花酒を気に入っているのだ。けれどあまり強くはないので、毎度飲みすぎてはミッシェルに怒られるのがお決まりコースだった。

 それでもセシルは嬉しそうで、いつもよりさらに滑らかになったその舌で、名言ならぬ迷言を繰り出していた。それも決まってどこぞの王族かと思うほどの上から目線。尊大なることこの上ないとミッシェルには嘆かれていたけれど、そこはセシル特有の愛嬌でなにやら可愛く思えてしまうのだから面白いものだ。


「お前はエマに酔っておけ!」とテオに言った時にはクライブに速攻で「出たよ、セシルの王様ゴッコ!」と揶揄され、「それは名言だけど暴言だわ。絶対王制反対! でも裏には隠された想いがあるのね。うんうん、わかるわ。寂しいのね。まあね、あんなに仲良し見せつけられちゃったら、そりゃあねえ。ああ、かわいそうなセシル。誰か心優しい人が必要ね」とミッシェルには同情されていた。

 セシルの言葉に真っ赤な顔で絶句するエマの横で「ミッシェル、セレンティアウォーターで酔えるの? すげぇ」とテオが皮肉を言ったところでミッシェルも全然聞いておらず、従兄の肩を抱いてなにやら囁きかける。ご機嫌だったセシルがそれを聞くや否や、ミッシェルの鼻を摘んで大騒ぎだ。呆れるテオの肩を叩くクライブは笑いが堪えきれず、ついには肩を大きく震わせた。


 そんなことをしているうちに、いよいよ新しい年が始まった。セレンティアの大花祭りがやってくる。本祭は春の終わりだけれど、この一年は関連イベントがぎっしりなのだ。毎年恒例のものもいつもよりもぐっと規模が拡大され、近隣の町からも多くの人たちが詰めかける。町のあちこちでセレンティアの花が描かれた旗が新しくされ、金色の輝きを伴ってはためいた。

 中央公園での、新年度最初のイベントは国際交流展。国内外から地域色豊かなものが集まるこのイベントは、夏のフレッシュマーケットと並んで人気なのだ。一週間という長い展示期間、外国からの出店も毎年のように増えていたけれど、今年は例年にない数だとミッシェルも興奮気味だった。

 みんなで行きたいとエマは思っていたけれど、今回ばかりはスケジュールが合わなかった。クライブは年末年始の休暇を遠方の親戚の家へ両親と出かけることになっていたし、ミッシェルはもちろんイベントに駆り出されている。セシルはといえば、どうやら今年初参加のレーデンブロイの通訳として、一週間は図書館も休みのようだった。

 

 そんなわけで、エマとテオは二人だけで出かけることにした。ミッシェルが心配していた雪が降ることもなく、暖かい小春日和の日だった。華やかに飾り付けられたアーチをくぐり、二人は活気に満ちたテントを渡り歩く。

 会場には様々な趣向が凝らされていた。まずはテントの違い。外国からの出店は茶色いテントで、見慣れた白いものとは違って、その形も深い傘のようだ。それがなんとも言えず異国情緒があって、その間を歩くだけでも気分が高揚する。

 エマは久々に胸がときめくのを感じていた。茶色いテントはおとぎ話の中の宮殿の屋根のようにも見えるし、春を待つセレンティアの花の蕾のようにも見える。そこにぎっしりと詰まった目新しい商品、通路のあちこちで興奮気味に話し合う人たち、呼び込みの外国語の不思議なアクセント。エマの気持ちはさらに高まって、思わずテオと繋いでいた手を勢いよく振ってしまった。


「わかるよ。ちょっとドキドキしちゃうよな」


 テオの言葉にエマは素直に頷いた。小さい頃、新しい絵本をテオと読んだ時の、あの胸の高ぶりと一緒だ。なにかが始まる予感、わくわくしていても立ってもいられないような感覚。二人でいるから、いつもよりそうなのだとエマは思った。テオもきっと同じように感じてくれているはずだと、エマは握った手にぎゅっと力を入れた。その手をさらに握り返されて文句を言えば、なんとも嬉しそうなテオの笑顔がそこにはあった。

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