探求士としての旅立ち

 スピリテアを後にしたラナクは、託された物を司祭に渡すのを忘れていたというシャンティと連れ立ち、例によってイブツを道案内役として先頭に立たせつつ、多くの人々が行き交うエレムネスの大通りを再びダジレオへと向かって歩いていた。


「この硝子玉がガルの剣の中に?」


「ああ。まぁ、金槌でどれだけ叩いても割れなかったし、硝子じゃないんだろうけど」


 赤玉を目の高さに掲げて中を透かし見ていたシャンティが、「ねぇ、イブツでもこれがなにかわからないの?」と訊くと、先頭を歩く自動人形が振り返り「それは恐らく、トライタンと呼ばれるコポリエステル樹脂だと思われます」と平然と答えた。


「って、え? あなた知ってたの? 知ってて黙ってたってこと?」


「ええ。訊かれなかったので」


「そうだけど……」とシャンティが困惑した顔でラナクを見やると、彼は顔を伏せて無言で首を左右に振っただけだった。


「まぁ、でも問題は中身よね」と取りなすように言ったシャンティは、「まさかイブツ、あなた中身の正体も知ってるんじゃないでしょうね?」と訝しげな調子で訊いた。


「残念ながら、中身については皆目見当もつきません」


「イブツが知らないってことは過去の記録にないって意味でしょ? それってつまり、これは最近になって作られたものってことじゃない?」


 すると突然イブツが「素晴らしい!」と首を半回転させて顔を真後ろに向けるや、それを目の当たりにしたシャンティが「きゃッ」と悲鳴を上げ、ラナクの衣服を掴んで彼の背後に身を隠した。


「やめろ、イブツ」


 イブツは「おやおや、どうやら驚かせてしまったようですね。これは失礼しました」と素直に謝罪した直後、「思っていた以上にシャンティが聡明だったもので」と失礼な一言を添えた。


「ねぇ、今なんか」


 怒気を含んだシャンティの声に反応したラナクが「やめとけって」と彼女をなだめるかたわらで、意に介した様子のないイブツは「なぜ記録にないのか不思議に思っていたところだったので、おかげでスッキリしました」と勝手なことを口にし、「中身の正体は不明ですが、赤玉についてわかっていることもあります」と続けた。


「なんだよ。もったいぶらずに言えよ」


「ですが」


「おまえさ、普段は余計なことまで喋るくせに、なんでこういう時だけ口が堅いの? どうせまたあれだろ、禁忌なんだろ? もう飽きたっての、このやり取り。創造主だかなんだかに命令されたって言ってたけど、廃棄処分予定だったおまえがなにを喋ろうと、もう関係ないんじゃないの?」


 逡巡する間もなく「それもそうですね」と即答したイブツは、「その玉はシンドウで封印がされています」とサラリと言った。


「切り替えはやッ! てか、またその不思議な力かよ。それは一体どこから来てるわけ?」


「そんなこと、こんな人の多い真っ昼間の大通りで言えるわけないじゃないですか。そばにシャンティだっているんですから、察してくださいよ、ラナク」


「なにその、女性の前では言えないみたいなやつ。もういいってば、そういうの」


 ラナクがうんざりしたように言うと、イブツは「わたくしなりの配慮です」と無機質な声で言った。


「誰への配慮だよ」というラナクの問いにイブツは答えず、顔を正面へ戻すとそれ以降は口を開くことなく、ダジレオまでの道のりを黙々と歩き続けた。




「これで今日二度目だけど……やっぱりこうして近くで見るとさ、なんだか自分の存在がわけわかんなくなるデカさだよな」


 ダジレオの門の前で立ち止まったラナクが、先端の見えない超巨大な塔を見上げながら誰にともなく問い掛けると、イブツが「お困りですか? ならば、お教えしましょう。ラナク、あなたなど世界から見たらほんのちっぽけな」とやり出したのを、シャンティが「それじゃあ、私は司祭様たちに頼まれたものを渡してくるから、また後でスピリテアで会いましょう」と脇から遮った。


「一人で大丈夫か?」


「心配してくれるの?」


「いや別に心配とかじゃ全然ねぇし! 俺はただ、言葉のことを」


「大丈夫よ。司祭様たちに伝えるべきことぐらい、イグレスで喋れるようちゃんと練習して覚えてきたから」


「それならいいけど」


 ぶつぶつと何事かを呟き続けていたイブツが、突然「という存在です、ラナク。ご理解いただけましたか?」と確認するように問い掛けたのを、ラナクが「悪い。聞いてなかった」と一蹴し「なぁ。念のため、こいつ連れてけば?」とシャンティに提案した。


 シャンティは「えー」とあからさまに嫌な顔をし、「うん。でもまぁ、いないよりは」と再考するような素振そぶりを見せたが、すぐに「やっぱりいないほうがマシじゃない?」と言った。


「気持ちはわかるけど、これでもこいつ、いざって時に意外と役に立つところもあるからさ。それになんて言うか……ほら、あの赤い逆毛さかげの男。どことなく怪しいっていうか」


「あの見た目が派手なわりに物静かだった人ね。司祭様たちに仕えてる人なんだし、それは考え過ぎだと思うけど」


 唸り声を上げるラナクに代わり、イブツが「わかりました。わたくしも男です。そこまで言われたら断れません。それに、ここまで来たのもなにかの縁ですし。シャンティ、あなたについていきましょう」と申し出た。


「いや待って、私は頼んでないから。それにここまで来たのもって、あんたが勝手についてきただけでしょ?」


「そんなつれないこと言わないでくださいよ。長年ともに様々な苦難を乗り越えてきた、わたくしたち三人の仲じゃないですか」


「私たち出会ってまだ三日なんだけど」


「では逆に、これを機に親睦を深めるつもりで私を連れていってくださいよ」


「逆にってなによ。それで、なんであんたのほうが行きたい感じになってんのよ。用なんてないでしょ? スピリテアの前で一晩待ってた時みたいに、今度はここで待ってればいいじゃない」


「嫌ですよ。そんな退屈な」


 シャンティに意味深な視線を向けられたラナクはイブツを見やり、「なんかおまえさ、見た目よりも性格的な部分の人間臭さが増したよね」と指摘すると、自動人形は「そうですか? それはきっと進化ですね。ひょっとすると個性の獲得も間近かもしれません」と特に感動した様子もなく言った。




 ダジレオの門前でラナクと行動を別にしたシャンティとイブツは、白い光で満たされた大広間にある昇降機に乗り、朝方に訪れた時と同様に塔の四階へと上がってきていた。左右に伸びる終わりの見えない通路には、どこまで見晴らしても二人以外の人影は見当たらない。


「まぁた誰もいない。司祭様たち、まだ帰ってきてないのかしら」


「行き先を聞いておけばよかったですね。もし彼らが日帰りできないような場所へ遠出しているのであれば、終日どころか数日待たされる可能性もありますから」


「困ったわね。朝の時みたいに誰か通りかかってくれると助かるんだけど」と左右へ首を振ったシャンティは、高い天井に自分たちの声ばかりが反響する、人の気配すらない無人の通路をもう一度確認した。


「少し歩いてみましょう。誰かいるかもしれませんし」


「そうね。じゃあ、どっちへ行ってみる?」


「シャンティ。どちらへ行こうと人と遭遇する確率は同じですよ。迷うだけ時間の無駄です」


「あ、そッ! てか、イブツ。あんた、なんでついてきてるのよ」


 苛立った声を上げるシャンティを無視したイブツは、「今朝は右へ進んだので、今度は左へ行ってみましょう」と言って通路を進みはじめた。


 シャンティは「ちょ、イブツ!」とイブツを追いかけ、彼の左隣へ並んで歩調を合わせるや「ねぇ、聞いてる?」と背の高い自動人形を見上げた。


「特にこれといった理由があるわけではありません。ですが、自動人形の勘とでも言えばいいんですかね? こちらの方向に人がいそうな気がするんです。なんとなく」


「勘とか気がするとかじゃなくて、もっとこう、人を探せる機能とかはないわけ? あんたって兵器だったんでしょ? だったら、敵の位置がわかるみたいな、そういう」


 するとイブツは唐突に歩みを止め、シャンティのほうを向いて彼女を見下ろし、「確かに、言われてみれば、そういったこともできますね。さっそくやってみます」と正面に向き直るや、周囲を見回す要領で頭をゆっくりと一回転させた。


「今のでなにかわかったの?」


「ええ。今こちらへ向かってきている人がいるのですが、ちょうどあなたの背後の壁のあたりから」


 イブツが言い終わる前にシャンティの背後の白い壁の一部が左右に割れ、「おや? あなた方は確か……今朝の」と落ち着いた声とともに、赤い短髪を逆立てた血色の悪い痩せた長身の男が顔を覗かせた。細いせいでやたら背が高く見えるが、隣に並ぶとイブツとさほど変わらないのがわかる。


 背後を振り返ったシャンティは突然のことに驚き、それを誤魔化そうと「あ! あの、こんにちはッ!」と勢い余ってカタク語で挨拶してしまい、すぐさま己のあやまちに気づくや「こ、こんにちは!」とイグレスで言い直した。


「こんにちは。今度はどういったご用件でしょう?」


「あの、司祭様たちにお渡しするよう預かってきたものがあるんですけど」


「そうですか」


「なので、塔の異常を伝える時に、それも一緒に渡してもらえませんか?」


「それでも私は構いませんが、ご自分で渡されたほうがよろしいのでは?」


「そうしたいんですけど、でも司祭様たちは……」


 シャンティが言い淀むと、赤髪の男が「皆、奥でお待ちです」と自分が出てきた背後の壁を左手で示し、どこか芝居掛かった態度でうやうやしく頭を下げた。


「司祭様たち、帰ってきてるんですね」


「ご案内いたしましょう。さぁ、中へどうぞ」


 足を踏み出したシャンティに続きイブツが中へ入ろうとすると、彼の進路を塞ぐように赤髪が立ちはだかり、「これ以上先への進入は関係者のみですので、あなた様にはここでお引き取り願います」とおごそかに告げた。


「それならば仕方ないですね。では、ここで待っています」


 壁の間隙かんげきへ入ろうとしていたシャンティは、背後を振り向き「別に待たなくていいわよ。一人で帰れるし。先にスピリテアに戻ってて」と言って中へと姿を消し、続いて赤髪の男が身を滑り込ませるや、隙間が閉じてその繋ぎ目が跡形もなく消失した。


 壁の内側も天井の高い通路が奥へと伸びており、先ほどの場所と同じく扉一つない真っ白な壁が左右から迫っているだけで、やはり人の姿もどこにも見当たらない。


「あの……司祭様たちは奥の部屋ですか?」


 シャンティが左隣を歩く赤髪の男を見上げて訊ねると、彼は質問には答えずに「あなたが預かってきたものを見せていただけますか?」と正面を向いたまま言った。


「え? ええ、別にいいですよ」


 腰の革袋に手を入れたシャンティは、中から人をかたどったと思しき小さな木彫りの像を取り出し、「これです」と赤髪のほうへ向け高く掲げてみせた。


 足を止めた赤髪は「失礼」と言ってシャンティから像を取り上げ、裏と表を確認するように手首を回転させた後、「なんですか、このガラクタは?」と手に持ったそれを通路の隅に投げ捨てた。


「えッ⁉︎ ちょ、なんてことす」


「司祭たちは必要としてませんよ。そんなゴミ」


 像を拾おうとしたシャンティが「な?」と動きを止め、「なんで、あなたがそんな……あの像は預かってきた大切なもので」と続けようとしたのを、赤髪が「それは違います」と遮った。


「どういうこと?」


「彼らが渡したかったのは、あなたですよ。シンドウの血を引く者、シャンティ・ネロー」




 シャンティたち二人と別れた後、ラナクはダジレオの地上階にいた数人に探求士協会への行き方を訊ねては、何度もイグレスの解釈を間違えて道に迷いつつも、どうにか塔内二階の一角に居を構える協会の前まで辿り着いていた。


「タンキュウシって、探求士って書くのか」


 正面の壁に掲げられた金色の文字を見て独り言を漏らしたラナクは、感心したかのように何度も頷いていたが、やがて壁へと近づくなり左右をキョロキョロと見回しはじめた。


 白い壁の上部には『探求士協会』の文字が掲げられてはいるが、出入り口らしきものは見当たらない。


 ラナクは眉間に皺を寄せ、壁に顔を近づけて目を細めてみたり、その傷一つない滑らかな表面を拳で軽く叩いてみたりした。これといった変化はない。一歩二歩と後退り、もう一度壁の文字を確認する。


 再び辺りを見回し、近くを歩いていた若い男へと駆け寄ったラナクは、「すいません。探求士協会って、ここのことですよね?」と壁の金文字を指差しながら訊ねた。


「ああ。あんた、探求士志望の人だろ?」


「そうですけど、どうしてわかったんですか?」


「この場所を通りかかるとさ、探求士の登録をしにきた連中からそう訊かれることがあるって有名なんだよ」


「え?」


 男は「ほら、文字はあっても入り口がないだろ?」と顎をしゃくってラナクの背後の壁を示し、「それで不思議に思って訊くのさ」と付け足した。


「実は、今そう思っていたところなんです。どうやって入ればいいのかわからなくて」


「悪いけど、協会への入り方を教えることはできないよ」


「そんな! どうしてですか?」


「そりゃ、知らないからさ。ここへの入り方は探求士しか知らないんだ」


 そう言い残して歩き去った男の背中を見送った後、ラナクは再び壁へと歩み寄り、立体的に盛り上がった金色の文字を真下から見上げるや、底の部分に文字列らしきものが浮かび上がっているのを見つけて目を細めた。


 普段から時の塔に関する書物ばかりを読み漁っているラナクは、底部の文字列がそれらの書物で使用されている古代言語クロノスだと気づき、目を凝らしながら「へテル・ベ創られた……マヘァッ世界」と呟くように文字を読み上げた。


 すると、その言葉に反応するかのように、金文字下の壁が左右に割れて古めかしい昇降機が現れた。塔内の白く小綺麗なものと違い、塗装が剥げて全体的に茶色い錆が浮いている。明かりも白ではなく、小さな電球が放つ弱々しい橙色の光が明滅を繰り返している。


「大丈夫かよ……」


 小声で不安を漏らしつつ、ラナクがこぢんまりとした空間に身を収めるなり、今にも崩壊しそうな大きな軋み音を立てて昇降機が動きはじめた。




 緩慢な速度で二階分ほど下ったところで昇降機が停止し、くたびれた扉がガタガタと派手に揺れながら左右に開いた先に、橙色の明かりがまばらに灯る薄暗い部屋が現れた。やたらと天井が低く、メイナやミトシボなど長身の者では直立できそうにない。


 同じダジレオ内であるはずなのに、上階の明るく整然とした雰囲気とはまるで異なり、闇の中あちこちに散らばった種々雑多な物が視界と進路を塞いでいる様は、どこかスピリテア店内を思わせる。


 昇降機から出て部屋へと足を踏み入れたラナクは、「すいませーん。探求士の登録に来ましたー」と奥の暗がりへ向かって声を掛け、積まれた本や天井まで届く大きな壺などで迷路と化している内部を、そういった品々に身体をぶつけないよう注意しながら進んでいった。


 誰からの返事もなく、ラナクがさらに奥へと進もうとした刹那、「誰だぁ?」と間延びした男性の声がどこからか上がり、足を止めた彼が「あのぅ、探求士の登録に来たんですけど……」と遠慮がちに答えると、またもや同じ声で「あぁ、志望者ね。じゃあ、ちゃちゃっと登録済ませちゃうから、ちょっくらこっちまで来てくんない?」と言うのが聴こえてきた。


「いや、って言われても」


 ラナクは眼前に山のように積み上がっている、骨董品なのかガラクタなのか判然としない物の数々を見上げ、「色んな物でいっぱいで、どっちがこっちだか」と困惑気味に呟きつつも、身体の向きを変えて障害物を避けながら摺り足で奥のほうへと進んでいった。


「あのぅ、どこにいるんですかぁ?」


「これで八回っと」


 思いのほか近くから上がった男の声に足を止めたラナクは、「八回? なんの数ですか?」と問い返し、声の主を探して周囲をぐるりと見回した。


「キミが人に道を訊ねた回数」


「え? どうやってそれを」


「んまぁ、それでもクロノスを読めたってことは、まったくの無学でもないってわけだよなぁ」


 ふと背後を振り返り、何十冊もの古びた本が積み上がってできた壁を見上げていったラナクは、一番上の部分で左肘をついて横たわりながら、にやけ顔で自分を見下ろしているボサボサ髪の青年に気づき、「わッ」と短く驚きの悲鳴を上げて一歩後ろへと蹌踉よろめいた。


 髪こそ乱れてはいるが、淡色で纏められた青年の身形みなりは簡素ながらも気品があり、その態度や喋り方とは裏腹に、端正な顔立ちがどことなく知的な印象を与えている。


「大袈裟だなぁ」


「なん、どうしてそんなところに」


「んん? 見ての通り、物が多くてね。他に横になれる場所がないからさ」


「はぁ、なるほど……えっと、あなたは?」


「ボクはここを任されてる人の代理人のエルゼル」


「代理人?」


 エルゼルは金色の瞳でラナクを見つめ返し、「念のため訊くけど、キミってエレムネスの人?」と訊ねた。


「いや、あの、実はその……ラトカルト」


「キミ、『取り残された町』の人なんだ」と特に驚きもせずに言ったエルゼルは、さらに「古代言語、いくつ読める?」と質問を続けた。


 ラナクは「よっ」と言い掛けてイグレスが含まれないことに気づき、すぐさま「クロノス、モレデレイル、パキャの三つです」と答えてから再考し、「カタク語を含めると四つ、です」と自信なさげに言い直した。


「入り口の試験は手掛かりなしで合格、読める古代言語は四つ、と」


 言いながら自由なほうの右手で指折り数えていたエルゼルは、視線をラナクへ戻すと「キミ、探求士になってなにがしたいの?」と三つ目の問いを投げかけた。


「なにって、その……世界の」隠された真実を知りたい、と言い掛けて慌てて言葉を呑み込んだラナクが、「未だ知られざるぅ。えと、土地へとおもむきー、それで俺……僕、僕個人としてのぉ、えー見聞を広めたく」と覚えてきた台詞をたどたどしくそらんじはじめると、エルゼルが「あー、そういうのいいから。初めに言おうとしたほう教えてよ」と目を細めて人の良さそうな笑みを浮かべた。


「いや……え? 初めに言おうとしたほう、ですか?」


「キミ、無駄な質問が多過ぎ」


「あ、すいません」


「ほらほら、謝ってないでさっさと答える」


 エルゼルに促されてもなお、俯き加減で唸り声を上げながら言い渋っていたラナクは、やがて覚悟を決めたように顔を上げるや「世界の……隠された真実を知りたいんです!」と勢いよく言い放った。


「うん、そっかそっか。なるほど、なるほど。禁忌を暴きたい系の人ね。そっかぁ。久々に志望者が来たと思ったらそっち系のねぇ……いや、でもまぁ、そうだよなぁ。ラトカルト出身じゃあ、無理もないかぁ」


 自分で言った言葉に一人で頷いているエルゼルに、ラナクが「あの、やっぱそれだと、登録は駄目ですか?」と訊ねると、顔を上げた彼は「問題ないよ」と優しげな笑顔で答え「キミ、名前は?」と続けた。


「ラナクル・ドニステルです」


 どこからか取り出した羊皮紙に何事かを書きつけたエルゼルが、「はい、登録完了っと」と言って紙と筆を投げ捨て「それじゃあ早速」と何事かを言い掛けたのを、ラナクが「ちょ、ちょっといいですか!」と遮った。


「なに?」


「一つ確認したいんですけど、ラトカルト出身者が探求士になるには故郷を捨てなきゃならないって聞いて」


「そうだね」


「やっぱり……まぁ、それは知っていたからいいとして。今登録を済ませたばかりでなんなんですけど、まだ荷物とか家に置いたままだし、取りに帰っても」


「駄目だね」


「え? 駄目なんですか⁉︎」


「探求士の登録をした時点で、ラトカルト出身のキミは故郷を捨てたと見做みなされる。余所者よそものがあの町へ行くには特別な許可が必要だし、探求士だって簡単に出入りすることはできない。だから潔く諦めたほうがいいよ」


「そんな……」


「それに」と半身を起こして本の上に腰掛けたエルゼルは、「キミには早速、旅に出てもらわなきゃならないからね」と満面の笑みをラナクに向けた。




             第一章『暁』−完−

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Seventh Tower 〜囚われの神々〜 混沌加速装置 @Chaos-Accelerator

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