煌空石の都

「ラナク……ねぇ、ラナク? ちょっと、ラナクってば!」


 シャンティの呼び声で薄目を開けたラナクは、身じろぎして額が固定されているのに気づくや目をみはり、正面にいる橙色のもじゃっとした髪の男を目にして状況を理解したのか、「あぁ……そっか」という言葉とともに安堵の息を吐き出した。


「ゴハハハ! はぁじめてのやっつじゃなぁくてもよ、ボックスっに乗ぉったらだぁれでも意識いっしきがぶぅっ飛ぶんだわい! ゴハハハ!」


 ラナクは豪快に笑うミトシボを恨めしそうに睨みながら、「先に言ってくださいよ」とぼやき、続けて「それで、今はどういう状況ですか?」と訊ねた。


「あぁん? おぉれ故郷こっきょうがある、ウェーヴァに着ぅいたとっこだぁ」


「え? 風の塔って、祈りの塔の隣にでもあるんですか?」


「なぁに言ってんだぁ?」とミトシボは巨大な目をますます丸くし、「おっかしなこと言ぃってねぇで、降ぉりっからとぉっとと革帯かぁわおびはっずせぇ」と言って突き出た大きな腹を抱えて立ち上がった。


 緩慢な動きで額と腰の革帯を外したラナクは、先に席を立ったイブツとシャンティを見送ってからのろのろと腰を上げ、二人の後に続いて歩き出したところで突然右手で口元を覆うと、彼らを押し退けてボクスの外へと飛び出すなり皆に背を向けて嘔吐した。


「どうしったぁ?」


「大丈夫?」


 外に出ていたミトシボと、ボクス内から様子を見ていたシャンティがそれぞれ声を掛けると、中腰で両手を両膝について荒い息をしていたラナクは、背筋を伸ばして皆のいるほうを振り返り、口の片端から涎を滴らせたまま「きも」と言って嘔吐えずき、「気持ちばるッ!」と叫んで再び地面にうずくまった。


「そぉれもよっくあぁるこっとだぁ。すぅぐ良ぉくなぁっから、ちぃっとばっか我慢がぁまんしてあぁるけぇ」


 ミトシボがそう言って歩き出し、彼の後に続こうとボクスから降りたシャンティは、「えッ⁉︎」と驚きの声を上げるなり足を止めた。


「どうしたんですか、シャンティ? またお腹が空いたんですか?」


 イブツの問いにシャンティは「違うわよッ! 人を食いしん坊みたいに言わないでよね!」と怒りをあらわにした後、正面奥の透明な防壁の先に広がる景色を指差しながら、「そうじゃなくって、あれよッ!」と興奮した声で訴えた。


 ようやく身体を起こしたラナクは、騒いでいるシャンティのほうを振り返った瞬間、目に飛び込んできた景色が現実のものとは思えず、あまりの衝撃に目を見開くや、息をするのも忘れてただぼんやりと立ち尽くしていた。


「ラナクまでどうしたんですか?」


 イブツに声を掛けられ、ラナクは「どうしたって……だって、あれ」とシャンティと同じように正面を指差し、「大地が……たくさんの大地が、空に浮かんでいるじゃないか」と声を震わせた。


 人のまばらなボクス乗り場の先には、まるで大地の一部をえぐり取ったかのような、地上部分に人工的な建造物を載せた大小様々な土塊つちくれが浮遊しており、ときたまその手前を人が乗っているらしき偏平な物体が横切っているのも見える。


「あぁ、風の塔の大地は空中に浮かんでいるんです」


「そんなの見りゃわかるわよ」とシャンティが横から呆れたように言った。


「では、どうやって浮かんでいるかわかりますか?」


 ラナクが「どうやってって……」と言い掛け、すぐさま「そうか、風の塔は煌空石こうくうせきの産出地だ」と得心がいったように呟くと、隣で聴いていたシャンティは「煌空石って本当にあったのね」と感動した様子でしきりに頷いていた。


「おぉい! おまえっらぁ、さぁっさと来ぉい! 定期便の飛空船ひっくうせんが出っちまうわーい!」




 まずは風の塔の首都であるウェーヴァメラートの都市部にまで移動し、そこに停泊させてあるミトシボが個人で所有している飛空船へと乗り換え、それから彼の自宅のある空中庭園へと向かう。


 ボクスと同様に内装が白で統一された、乗客のほとんどない大型の飛空船内でミトシボにそう説明されたラナクとシャンティだったが、二人とも窓に流れる外の光景に目も心も奪われており、彼の言葉に生返事を繰り返しては自分たちの会話にばかり夢中になっていた。


「うっわ……これ、下ってどうなってんだ?」


「どうって、なにもないじゃない」


「なにもって、じゃあ一番下の部分はどうなってるんだよ」


「ねぇ、どうなってるの、イブツ?」


 急に話を振られたイブツは、「知ってますけど、とある理由で言えませんね」といつもの台詞を砕けた感じで言い、「知らないほうが良いことだってありますよ」と含みのある言い方ではぐらかした。


「わかった。それもまた禁忌なんだろ?」とうんざりしたように言ったラナクは、「なんやかやで禁忌多過ぎだっての。そんなに隠したいなら適当にもっともらしい理由でもつけておけばいいのに」とぼやいた。


「一番下になにがあるかは言えませんが、現在この空洞となった部分に、かつてなにが存在していたのかなら答えられます」


「煌空石の鉱山だろ?」


 ラナクが即答すると、イブツが「なんだ、知ってたんですか」とつまらなさそうに言った。


「え? 今なんかさ、おまえ今さ、俺にイラッとした感情を向けなかった?」


「やだなぁ、ラナク。わたくしはただの人形。感情なんてあるわけないでしょう」


 イブツのどこか芝居掛かった言い方にラナクが納得のいかない表情を浮かべるかたわらで、シャンティが「ボクスがこんなに速いのに、どうしてわざわざ動力車なんてものに乗る人がいるのかしら」と誰にともなく疑問を口にした。


「あぁれは個人こっじんで持ぉってるもっんだぁ。そぉれによ、気分きっぶんわぁるくなっからよ、ボックスっは好っきじゃねぇってやぁつも結構いぃるんだわい」


 ミトシボにギョロ目を向けられて言われたラナクは、「あの、ボクスってなんであんなに気持ち悪くなるんですか?」ときまり悪そうに訊ねた。


おぉれもよっくは知ぃらねぇけっどよ、ちょうお高速こうそっく移動いっどうすっと身体かぁらだ負担ふったんがかぁかるんだっとよ。そぉれで吐ぁいちまうやぁつがいぃるらっしぃわい」




 ウェーヴァメラートの都市の一部が形成されている、巨大な空中庭園の定期便乗り場へと到着したラナク一行は、冷ややかに青光りする薄暗い地下通路の中を、ミトシボを先頭に彼の所有する飛空船の停泊所を目指して歩いていた。


「ミトシボさん」と声を掛けたラナクが、「あの、ここの入境許可証はどうすれば」と不安げに訊ねると、ミトシボは突き出た腹を左右に揺さぶって歩きながら「あぁん? そぉんなもんは必要ひっつようねぇわい」と答えた。


「それじゃあ、カネも払わなくていいんですか?」


必要ひっつようねぇわい」


「エレムネスの役人は、カネカネって、あんなにうるさかったのに」


 ラナクの呟きに、イブツが「風の塔は六塔中、煌空石の唯一の産出地なんです。なので、それを強気な値段で他塔に売りさばいて暴利をむさぼっているからこそできる、およそ他塔からすれば鼻持ちならない芸当の賜物たまものといったところです」と、どこか一方の味方をするようなかたよった言い方で解説した。


間違まぁちがっちゃあいねぇ。だっけどよ、そぉれだっけじゃあねぇんだぁ」とミトシボは正面を向いたまま言い、「まぁちなっかはぁいれんのはよ、司教しっきょうから呼ぉばれたやぁつだっけなんだわい」と続けた。


「えっと、それならウェーヴァメラートの町に人は住んでいないんですか?」


「いんや、住ぅんでるやぁつらもいぃるけっどよ、皆ぃんな司教しっきょう財産ざぁいさん分捕ぶぅんどられっちまぁってるうぅえによ、皆ぃんなアァイツの言いなりっだぁ」


「どういうこと? 町の人たちはそれで納得してるわけ?」


 シャンティが疑問を口にすると、ミトシボが「納得なぁっとくもなぁにもよ、しったがわなかったらこぉろされっちまうんじゃあ、しったがうしかねぇわいなぁ」となげやりな調子で言い、「ほぉれ、あっそこにあぁるのがおぉれ飛空船ひっくうせんだぁ」とずんぐりとした指を前方へ突き出した。


 ミトシボの指差す通路の終わりにある天井の高い開けた空間には、色とりどりの小型の飛空船が数多く宙空に浮かんで停止しており、それら背後にある開口部は直接外へと繋がっているのであろう、定期便の窓から見えたような浮遊する大地の一部が覗いている。


「あれら大量の煌空石が使われてる飛空船を見たら、ガルはなんて言うでしょうね」


 イブツの言葉でガルが煌空石を探していたことを思い出したラナクは、「ミトシボさん、煌空石を手に入れるにはどうすればいいですか?」と訊ねた。


「あぁん? 知ぃらねぇのか? 煌空石こぉうくうせっきかぁぜの塔から持っち出し厳禁げぇんきんだぞい」


「えッ⁉︎ でも、それだと、煌空石で浮いてたっていうタイメルケル遺跡は、どうしてエレムネスの郊外なんかに埋もれて」


「だっからタァイメルケッルは落っとされちまぁったんだわい」


 ミトシボの言い方が理解できず、ラナクが「だから落とされた?」と彼の言葉を繰り返すと、イブツが「タイメルケルは交易都市として栄えていましたが、当時の風の塔の領地から略奪されたという経緯もあり、言わば無法者が隠れ蓑に逃げ込む堕落した楽園といった側面も持ち合わせていたのです」と真面目に説明した。


「そぉんな古臭ふっるくせはぁなしなんて面白おんもしろくもねぇ。ほぉら、そっこのマッチュマーの実ぃみってぇないぃろしてんのがおぉれ飛空船ひっくうせんだぁ」


 そう言ってミトシボはひときわ目を引く、彼の髪の色に似た橙黄色とうこうしょくの飛空船を指差した。それは他の船体より幅広で、長身のイブツが立って乗っても十分な高さがありそうな、小型というよりかは中型といっていい大きさに見える。


 床面近くの宙に浮かんでいる飛空船の扉を、ミトシボが手前に引き開けて先に乗り込み、背後を振り返るや「なぁに突ぅっ立ってんだぁ。さぁっさとはぁいれぇ」とラナクたちを促した。




 ミトシボの操縦する飛空船で、彼の自宅のある空中庭園へと到着したラナクとシャンティは、面積自体は広いとは言いがたいものの、一面が草花で溢れ返る緑豊かな地面に降り立つや、それぞれ嘆息したり感嘆の声を漏らしたりしながら辺りを好奇の目で見回していた。


 頭上を仰いだラナクが「あんな上のほうにもあるのか」と呟き、上空に向かって幾重にもなっている、大きさの異なった浮遊する大地の底面を目にするなり、「もしかして、あの裏側を覆っている青っぽいのが煌空石なのか?」と言ってイブツの顔を窺った。


「あれらは正確には緑青ろくしょう色をしており、裏側を覆っているのではなく、巨大な煌空石の塊から削り出して造られたものです。ですので、裏側の表面だけでなく、中にも煌空石が詰まっている状態です」


「ところでミトシボさん」とシャンティが声を上げ、「家らしきものが見当たらないけど、まさかこの草原の上で寝泊まりしてるんじゃないわよね?」と不安げに訊ねた。


「そぉんなわっけあぁるかぁ。おまえっらにゃあ、見ぃえねぇだっけだぁ」


 そう言うや否やミトシボの姿が忽然こつぜんと消えてしまい、彼のすぐ背後を歩いていたシャンティは立ち止まって目を見開いた。


「え、ちょッ? ミトシボさんッ⁉︎」


 シャンティが驚きの声を上げると、まるで垂れている透明な布を持ち上げたかのように眼前の空間の一部がめくれ上がり、姿を消したはずのミトシボが「あぁん? なぁんだぁ?」とギョロッとした巨大な目を覗かせた。


「え?」


「あぁあ、こぉれかぁ!」


 ミトシボはシャンティの表情を見てそう言い、「こぉれでもおぉれ魔導士まっどうしだっからよ、そぉとから見ぃえっちまうと色々いぃろいろ厄介やぁっかいなぁんだわい」と説明した。


「この透明なものは、動力車の乗り場にある防壁と同じようなものですか?」


 ラナクの問いにミトシボは、「よっくはわっからねぇけっどよ、あぁれから魔力まぁりょっくかぁんじねぇから魔法まっほうじゃあねぇわな」と目を逸らし気味にして答えた。


 透明な物体に手を掛けながら、ラナクは「つまり、これは魔法なんですね!」と感動したように言い、「凄いッ! こんな……なんか、なんか変な感じの物に触れるなんてッ!」と妙な喜び方をした。


「いぃから、さぁっさとこぉっちにはぁいれぇ」


 透明な物質から手を離して正面へと向き直ったラナクの眼前に、曲がりくねった木の枝を適当に組み合わせて造ったかのような、二階建ての茶色い傾きかかった家屋が現れた。建物の周囲には雑草が伸び放題で、一見すると人が住んでいるようには思えない。


「見ぃた目はちぃっとばっかきったねぇけっどもよ、なっか大丈夫だぁいじょうぶだっから、遠慮えぇんりょしぃねぇではぁいってくれぇ」


 ミトシボに招かれるまま家屋に足を踏み入れると、繁雑で古めかしい印象の外観とは違い、右側の壁に沿ってしつらえられた二階へ続く階段と、調度品の類が何も置かれていない長い廊下が奥へと伸びていた。


 左側の壁にはいくつもの戸口が並んでおり、ラナクたちの身長よりもやや高めの天井には、夜のエレムネスを照らしていたのと同じ、電気によるものと思われる白い光を放つ照明が灯っている。


「確かに、外は汚らしいですが、中は小綺麗にしてるんですね」


「ちょっと、イブツッ!」


 イブツの失礼な言い方をたしなめるようにシャンティが声を上げたのを、ミトシボは「ゴハハハ!」と豪快に笑い飛ばし、「なっか片付かぁたづけてくぅれるやぁつがいぃるからなぁ」と言い、「かぁね用意よぉういすっからよ、そっこの部屋へぇやくっつろいでてくぅれやぁ」と玄関から最も近いところの戸口を示して二階へと上がっていった。


 示された部屋は客間らしく、壁の二面は大きな窓が並んでいるものの、外の雑草が視界や外光を遮っているせいで薄暗くなっており、どこか他人の入室を拒んでいるような雰囲気をかもしていた。


「この部屋も明るくならないかな」


 戸口から部屋を覗いていたラナクがそう言うと、「ハイハイ、明るくしますよウルセェお客様」という甲高い声がするや否や、暗かった室内が廊下と同じように白い光に照らされて明るくなった。


「え? 急に明るくなった?」


「明るく、じゃねぇですよ。明るくんですよ」


 再び甲高い声が響き、ラナクとシャンティが声の出所を探して周囲を見回していると、またもや「おまえらみたいな普通のお客様じゃ、いくら探しても我を見つけられるわけねぇですよ」と、丁寧なのか粗野なのかわからない中途半端な言い回しの声が聴こえてきた。


「おぬし、モーキャナぞな?」


「がッ⁉︎ 気高き我が種族の名を、おまえらごとき下賤なお客様が、なにゆえ知っているんですかッ?」


「まったく、無礼な奴め」


「ただの人間風情ふぜいのお客様が、我を無礼者呼ばわりするなんて……たとえ旦那様のお客様でも許されることじゃねぇですッ!」


「愚かなるモーキャナよ。姿を現して私を見よ」


「うっぎぃ! たかだか人間ごとき下等なお客様めがぁッ!」


 ただでさえ高い声が、まるで金属同士を擦り合わせているかのようなキィキィとしたきしみ音に変わるや、間髪を容れずに部屋の中で軽い破裂音がしたかと思うと、中央に置かれたテーブルの上に年端も行かぬ少女が現れた。


「は? 女の子?」


 ラナクがそう声を上げるなり、テーブルの上に立つ紫色の髪をした少女は「ちげぇですよ! 我を人間ごときの女子供と見間違えるなんて、とんだ侮辱じゃねぇですか!」と憤りをあらわにし、「それで、我を無礼者呼ばわりした下劣なお客様はどいつですかッ!」と噛みついた。


 すると、シャンティの桃色の髪がモソモソと動き、彼女の右耳のある辺りからチャムニャンが真ん丸い姿を覗かせ、身体を覆う白い長毛の奥から「私だ」と渋い声で答えた。


「あがッ⁉︎ ゴッサマーじゃねぇですかッ! しかも言葉を喋れるような高次のゴッサマーが、愚劣で愚鈍な唾棄すべき人間のお客様と一緒にいるだなんて、我にはとても理解できねぇですよッ! 一体なにをしてくれていらっしゃるんですかッ!」


「落ち着け、モーキャナよ。私は監視役を言いつかっただけだ」


「それは魔導士様からですかい?」


「無論だ」


 ようやく得心がいったのか、少女はテーブルから飛び降りると「そうならそうと、初めから言ってもらわねぇと困るんですよ」とブツブツ言い、「我はミトシボ様に仕えるモーキャナのシドミレっていいます。さっきは失礼しました、ゴッサマーの旦那」とチャムニャンに向けて言った。


「なに、構わぬ。誰にでも間違いはあろう。私はチャムニャンという」


 シドミレは頷くと「それで旦那、この取るに足らない人間のお客様どもはなにをしでかしやがったんです?」と訊ねた。


「彼らは」


「ちょっとあんた」とチャムニャンの言葉を遮ったシャンティが、「さっきから黙って聞いていれば、人間のことを下劣だの愚鈍だの品がないだの臭いだのって、あんたなんかその、その……その愚かしい人間に仕えてる変てこな生き物じゃない!」と妄想を絡めた苛立ちを噴出させた。


 皆の腰ほどまでの背しかない小柄なシドミレは、おもむろにシャンティに近づいていって彼女を見上げるや、「あぁッ⁉︎」と凄んでその顔を険しい表情で睨みつけた。


「え、ちょ、なによ」


「変てこな生き物とはなんじゃいッ!」


「はぁ? そっちが先に」


「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて。あんまり怒ると皺が増えて婆になりますよ」


 割って入ってきたイブツの声に二人が口を閉ざし、奇妙な沈黙が訪れた矢先に「どうしったぁ? なぁんで皆ぃんな突ぅっ立ってんだぁ?」というミトシボの声が、彼が階段を降りてくる足音とともに聴こえてきた。


「旦那様! 聞いてくださいませ! この下等なお客様が」


 ミトシボは「茶ぁを持ぉってこい」とシドミレの言葉を遮り、「どっくは入ぃれんじゃあねぇぞ」とギョロ目を剥き出しにして脅すように命じた。


「ですが旦那様! この」


「シッドミレェ」


 一喝ではなく、ねっとりと粘つくような調子でミトシボが名を呼ぶと、シドミレは大きく身体を震わせるや、それ以上は何も言わずに顔を伏せたまま客間から出ていった。


「すぅまねぇなぁ」と謝ったミトシボは、「とぉりあっえずぅ、こぉしでも落っち着けて、ゆぅっくりしってくぅれやぁ」と、厚みのある柔らかそうな座面の椅子を皆に勧めた。


「ねぇ、ミトシボさん。今の子は?」


 部屋の戸口を振り返りつつ訊ねるシャンティに、ミトシボは「あぁいつはた

ぁだの使つっかい魔だぁ」と言い、「ちぃっとばっか礼儀れぇいぎっちゅうもんを知ぃらねぇやぁつでよぉ」と困ったような口調で続けた。


 シャンティは「そうみたいね」と無表情で同意し、「それじゃあ、家の中を片付けてくれるっていうのは」と続けると、ミトシボが「そっだぁ。たぁいていの魔導士まっどうし一匹いぃっぴき二匹にっひきぃの使つっかい魔を持ぉってるんだわい」と説明した。


「ところで、あの、ミトシボさん。お訊きしたいことがあるんですけど」


 椅子に腰を下ろすなり口を開いたラナクは、続けて「ザネマという魔導士をご存知ですよね?」と真剣な眼差しでミトシボに迫った。

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