第三話 俺! 自分で店やります! 俺の理想の店を、ここで作るッス!
第4196z世界線 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国の小さな港町。
石を組んで魔法をかけただけのシンプルな建物の中に、三人の姿があった。
「なんスか……なんスかアレ……ありえねえッスよ……」
木のテーブルにつっぷしてボヤいてるのは、異世界無料案内所からこの世界に案内されたホストのケンジだ。
陶器のカップに入ったビールらしきものを飲んでは「すっぱい」とボヤき、また「ありえねえ、ありえねえッス」とグチる。
『ぱーりらっぱりらっぱりら求人!』と爆音を鳴らしながら低速で走る宣伝車に轢かれることがありえないと思うが、それはそれとして。
「うーん、このお料理、なんだか不思議な味がしますね、カイトくん」
「小魚のごった煮。海の魚だって下処理してなければ生臭いからなあ。なかなかしんどい料理レベルっぽい」
「それに、その、食べかすが……」
三人は、料理とお酒を出す港町の大衆食堂で夕飯を食べていた。
お店にいるのは三人だけではない。
愛想が存在しない女性店員と、港町の労働者らしきおっさんたちもいる。
ほかのテーブルに載っているのも、同じように小さなツボに入った小魚のごった煮だ。
おっさんたちは、鱗も小骨も内蔵も、食べられない部位をばんばん投げ捨てている。
土間とはいえ、店の床に。
こことは違う異世界出身のエリカでさえ、ちょっと引いてしまう光景だったらしい。エルフの里は清潔だったので。
「わりとよくある光景だけど……ただ、店の外に掃いてそのまま側溝に落とすっていうのはなかなかないかなあ」
開きっぱなしの入り口の外に目を向けるカイト。
魔法が存在するわりに、まだ発展していない異世界であるらしい。
少なくとも、カイトとエリカがケンジを案内してきた、この港町では。
「それで、何がありえなかったんだケンジ? 場合によってはほかの街に案内することも――」
「そういう問題じゃねえッスよ! だって夜のお店が! あんな感じなんて! ありえないし許せねえッス!」
ダンッとテーブルを叩くケンジ。
カイトは、ケンジをこの世界の「夜のお店」に連れて行った。
体験したケンジは許せなかったらしい。
「お店がこんな感じなのはまだいいッスよ? でもそっけない店員さんがそのままキャストで、笑顔もなしで暗くて臭くて狭い小部屋に連れて行って、そんで何もしないで『好きにすれば?』みたいな感じになるんスよ!?」
「あーうん、なるほど、そういう感じなんだ」
そういう感じらしい。
「好きにすればって、えっと、何をするんでしょうか?」
「聞くなエリカ、聞いちゃいけない」
「しかもほかに『夜のお店』はないって! こんなんありえないッスよ! ハナもイロも恋も夢もないじゃないッスか!」
「なるほど、ホストとしてはそれが許せないと」
「大切ですよね、お花! いろんな色のお花が咲くとうれしくなっちゃいます!」
「ちょっと黙っててくれエリカ。そういう花じゃないから。ややこしくなるから」
「ホストだからって別に抜きアリの夜のお店を否定するわけじゃないッスけど! でもいろんなタイプのお店とか! 飲んでて楽しいだけのお店も欲しいじゃないスか! あれ見たらそれどころじゃないッスけども!」
ケンジの嘆きは終わらない。
夢見がちな純朴ホストは、この世界の「夜のお店」の営業形態にも営業内容にも納得いかないらしい。
体験から帰ってきてずっとこの状態だ。
ちなみに、「夜のお店」を体験したが体験はしなかったらしい。健全か。
「ケンジ、どうする? 望むならこの世界の王侯貴族が行くような高級店に案内するけど」
「いいッス。高級店より大衆店が大事なんスよ。お金持ちじゃなくて、普通の人が夢見られるってのが大事だと思うんスよ」
「はあ、そういうものなのか」
「そういうもんッス。俺はそう思ってるし目指してるッス」
ヨウコあたりなら否定しそうなものだが、カイトはケンジの案内人だ。
ケンジが望む通りにこの世界を案内するのが「異世界案内人」の仕事である。
「そんでお店を出たら裏で刃傷沙汰ッスよ? マジでありえねえッスなんなんすかこれ! 酸っぱ!」
また木のコップの飲み物を流し込んでケンジはボヤく。
この港町では、生で飲める真水は貴重であるらしい。
アルコール分の弱い酸っぱいビールが、一般的な飲み物だ。
『自分が必要とされて、夜のお仕事の理想を叶えられる世界』を求めたケンジのグチを聞いて、カイトはどうしたものかと眉を寄せる。
違う国に案内するか、いっそ遠く離れた国に連れて行くか。
カイトの能力を活かせば、同じ世界間の転移は何ほどのこともない。
魔法が存在する世界のため、エリカの魔法でも転移できるだろう。
静かに考え込むカイトと、「ちょっと黙っててくれ」と言われた通り黙っていたエリカを前に、ケンジはスッと顔を上げた。
「俺、決めたッス」
「うん? 何を?」
「俺! 自分で店やります! 俺の理想の店を、ここで作るッス!」
立ち上がって宣言する。
ぽかんと口を開けるカイト、勢いに押されたエリカはぱちぱち拍手する。
さっきまで騒がしかった大衆食堂はしーんと静まり返っていた。
若者が何を言い出したのか、興味があるのだろう。
「……ケンジ、お店をやるって、開店資金はどうするんだ?」
我に返ったカイトがリアルな質問をぶつける。
「うっ。お、おれ、自分で稼ぎまスよ! めっちゃ働きます!」
宣言するケンジ。
エリカの拍手に便乗して、店内のおっさんたちも盛り上がり出した。
あるおっさんは分厚い手を叩き、あるおっさんは木のコップを掲げて祝福する。
あるおっさんは「おう若ぇの、だったらウチで働けや。しんどいし危ねえけど稼げるぞ?」などと勧誘する。
港町のたくましいおっさんたちは、わりとノリがいいらしい。
「……まあ、レベルもスキルもステータス値もなくても、【身体能力】が上がってるのは確からしいからなあ」
「そうッスよ! 俺、なんだってやってやるッス! 犯罪以外は!」
「まあ、うん。じゃあ俺は『異世界案内人』として、ケンジができそうな仕事を探すことにしよう。冒険者ギルドはないけどモンスターもいるらしいしな」
「ありがとうございまぁす」
「そのイントネーションなんとかならないのか? なんかバカにされてる気がする……」
「ふふっ、がんばりましょうねケンジさん! カイトくん!」
「よし、やるぞ、やってやりまスよ俺! でっけえことやるんだってよっちゃんとも約束したんスから!」
立ったまま拳を振り上げたケンジ。
大衆食堂のおっさんたちはふたたびワッと湧く。
ともあれ、この世界にやってきたケンジの方針は決まったようだ。
カイトとエリカは、異世界案内人として依頼人の望みを叶えるべく案内するだけである。
こうして、ケンジの異世界体験がはじまった。
よっちゃんって誰だ。
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