第六話 つきっきりのフルコース案内希望か、あるいは困った時だけ案内する形か、案内人として『完全放置』はNGで


 第6587m世界 mdagy星、エウロ大陸ピカルド国、迷宮都市の宿屋。

 その一階の食堂に、三人の姿があった。


「さて、これでこの街はざっと案内できたと思う。ダンジョンも含めてな」


「浅層は石造りで薄暗くて、深く潜るほどモンスターが強くなる。ここのダンジョンはこの異世界で一番多いタイプですよ!」


 料理をつまんで、ときどき陶器のジョッキを傾けながら話すのは、異世界案内人の二人だ。

 カイトは冷静に案内した内容をまとめて、エリカはニコニコと笑顔を浮かべている。


「ほんとに、ゲームや物語で想像してたダンジョンっぽくて、なんというか」


 一方で案内される側のショウはどこかぼんやりしていた。

 イメージしていた通りの「異世界」、身につけたチートスキル強大な力

 一日で一変した人生は、普通の男子高校生に衝撃を与えるには充分だっただろう。

 どこか浮ついて、『無属性魔法』が不遇スキルなことを気にした様子もない。


 ちなみに、模擬戦のあと、三人は冒険者ギルドで冒険者登録をすませた。

 ショウはDランク、ダンジョンに入るため一緒に登録したカイトとエリカはFランクだ。

 遠巻きにひそひそされるだけで、以降、ガラの悪い冒険者から絡まれることはなかった。

 あと「一緒に冒険しよう」と仲間に誘われることもなかった。三人でいたからである。たぶんそうだ。


「今日は宿で泊まるとして、明日からどうする? つきっきりのフルコース案内希望か、あるいは困った時だけ案内する形か、案内人として『完全放置』はNGで——」


「困った時だけ頼ってもいいですか?」


「わっ、さすが男の子です!」


「即断か。一晩考えてもいいんだぞ?」


「いえ、もう決めました。冒険者ギルドとダンジョンで、ボクに戦う力はあるってわかりました。だから……」


 少年が異世界案内人を見つめた。

 秋葉原の路地裏で「自分が普通なことに気がついて」迷っていた姿はそこにはない。


「普通のボクだけど、特別なチカラをもらいました。だから、自分でがんばってみようと思うんです」


 言い切ったあとに我に返ったのか、自信なさげに視線を泳がせる。

 カイトは目をそらさず、エリカはそんな少年の様子を見て微笑んでいた。


「じゃあ依頼人の希望通り、身を引いて影から見守っておこう。困った時はこれで連絡してくれ」


「……え? これスマホ、ですよね? 使えないと思うんですけど」


「使えるんだよなあこれが。これはスマホじゃない。ヨウコさんとエリカが作った『スマホ型魔導具』だ」


「同じ異世界にいれば、魔力を登録したスマホ同士は繋がるんですよ!」


「いやスマホって言っちゃってるじゃないですか」


「バッテリーは魔力で充電できる。他人には使えないし充電もできないから気をつけるように」


「なんですかそれ、ちょっとオーバーテクノロジーすぎませんか」


「あと写真と動画も撮影できるんです!」


「スマホですもんね。できますよね。なにこの人たちぃ……」


 異世界の宿屋でショウが頭を抱える。いまさらである。


「ここはモンスターもいる危険なタイプの異世界だったな。これも渡しておこう」


「石つきのネックレス、ですか? よかったこっちは普通だ」


「この石は転移石です! 便利なお助けアイテムですよ!」


「大丈夫。スマホより異世界っぽい。魔法もある世界なんだからこれぐらい平気平気」


「飾りの転移石を割れば俺たちに伝わる。すぐに転移して、異世界案内人がショウの困難を排除しよう」


「あっ転移石ってボクが転移するんじゃなくて転移してくるんですね。へえ」


 半笑いを浮かべてスマホとネックレスを見つめるショウ。

 異世界案内人の有能っぷりに感動しているのだろう。きっと。


「さて、案内方針が決まったところで、俺たちはそろそろ席を外そうか」


「え? なんでですかカイトくん、まだご飯の途中ですよ?」


「ほら、あそこ」


 指を差さずに、宿の食堂の入り口にチラッと視線を送るカイト。

 頬に料理を詰め込んだエリカがそちらを見る。


 場違いな二人の男女が宿屋の食堂に入ってきたところだった。

 一人は金髪巻き髪で、腰に細剣を佩いた気の強そうな少女。

 使い込まれた革鎧を着た初老の男性が半歩後ろをついて歩く。


「この異世界ではありえない『無属性魔法』の使い方に興味を持った貴族のお嬢様と付き人。いや、服装を見ると元貴族と忠義を貫く元執事、かな」


 少女はきょろきょろと食堂を見渡して、ショウに目を留めた。

 つかつかと近づいてくる。


「やっと見つけたわ! あなたね、『無属性魔法』でありえないゴーレムを創造した異端の魔法使いって新人は!」


「お嬢様落ち着いてください。まずは挨拶だといつも言っているでしょう。申し訳ありません、みなさま」


「予想通りですね! さすがですカイトくん!」


「ほら、いいから行くぞエリカ。ああ、俺たちのことは気にしないでください。少年とは同郷なもので、ここまで付き添ってきただけなんです」


「え、あの」


 勢いのまま話しかけてきた二人組に断りを入れてカイトが席を立つ。

 口いっぱいに料理を押し込んだエリカが、もごもごしながらペコっと礼をして続く。


「それでは、いい異世界体験を。がんばれよ、ショウ。スマホもネックレスも、遠慮なく使うように」


「…………はい! ありがとうございました」


 ショウの返事を聞いて、カイトとエリカは食堂をあとにした。

 二階に続く階段を上る。


 背後からは、話を始める三人の声が聞こえていた。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「あっ! 覗いてますねカイトくん、ダメです違反ですよ!」


 宿屋の二階、薄暗い部屋にエリカの声が響く。

 様々な体験をして達観したとはいえカイトはまだ二十歳すぎだ、たぎる欲望に身を任せて外国人美少女のあられもない姿を覗くのも仕方な——違う。


「異世界案内人としては、プライバシーより依頼人の身の安全の方が大事だからな」


「そんなに心配なら一緒にいればよかったじゃないですかー」


「依頼人の希望は『困った時だけの案内』だ」


 カイトは目を閉じてエリカと会話している。

 すぐ前にいるエリカを『覗いている』様子はない。


「ネックレスだって、黙って渡すの私は反対なんですからね!」


「その話は何回もしただろ。座標を特定して素早く助けに行くために必要で、様子を見る〈感覚転移〉はそのオマケだって」


「むぅー」


 目を閉じたカイトの視界には、金髪巻き髪の少女と初老の男が映っていた。


 で、繰り広げられている光景だ。


「おっ、握手した。問題ないどころか、しばらく一緒に行動するみたいだぞ」


「わっ、よかったです! でも覗きはよくないです!」


「はいはい、ほどほどにしておくよ」


 くるくる表情を変えるエリカを流すカイト。

 明らかに聞く気がない。何度も交わされたやりとりなのだろう。



 ともあれ。


「さて、これで『仕事』もはじめられるな。今回はスムーズに進めばいいんだけど……」


「がんばりましょうね、カイトくん!」


 明日から本格的に、ショウの異世界体験と、カイトとエリカの『仕事』がスタートするらしい。


 第6587m世界 mdagy星、エウロ大陸ピカルド国、迷宮都市の夜は、静かに更けていく。


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