第0章 エピローグ


 目を開ける。

 ガラス窓には、大量の張り紙が並んでいた。

 見慣れてるはずなのにひさしぶりの日本語を見て変な感覚になる。


 まだ、日本って決まったわけじゃない。

 どこかの狭いお店の中かな? とか思いながら入り口を通り抜ける。


 木のウロや苔むした家とは違う、特徴のない普通の街並み。

 電柱が「魔力」じゃなくて「電気」で生活してることを感じさせてくれる。

 夜の繁華街なのか、やたら明るい看板が並んで、人も多い。

 通り過ぎる人は耳が長くないし、黒い髪とマスクだらけだ。

 聞こえてくるのも日本語だった。


 魔女のヨウコさんに連れてこられたのは、ちゃんと日本だ。


「帰ってこられたんだ……」


「私が案内したんだもの、当然よ」


「ありがとうございますヨウコさん! あ、でも俺三ヶ月も連絡取らなくて行方不明扱いになってるんじゃ」


「何を言ってるのかしら? 今日はカイトくんのの夜よ?」


「……は?」


「カイトくんの能力を使わさせてもらったわ。『転移』ではないと言ったでしょう?」


「……んん?」


「ふふ、そのあたりの説明もするわね。少し時間をちょうだい。きっとカイトくんのためにもなるから」


「はあ、まあその、説明してもらえるなら」


 あとできれば服も貸して欲しいです。

 エルフの服はチラチラ見られてます。

 コスプレか変わった店のユニフォームかな?って思われる繁華街でよかった。よかったのか?



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「でも能力を規定するのはカイトくん自身なの。だからいま説明したことがすべてではなく、私が感じ取れた範囲ね」


「はあ……けど、なんか実感がないっていうか。異世界にいた時より感じづらい気がしますし」


「覚えたてはそういうものよ。けれど、確かにカイトくんの中には他の人にはない特別なチカラがあるわ」


「俺に……特別なチカラ……」


 店内に戻った俺は、ヨウコさんから話を聞いた。

 自分の能力の話なのに実感がない。

 けど、異世界に行けちゃうぐらい、異世界で役立つぐらいのチカラがあることは間違いないわけで。

 いつの間にか、カウンターの上に置いた手を握りしめていた。ガッツポーズ、みたいに。


 俺が異世界から戻ってきた場所は、通りに面してくもりガラスになってる小さなお店の中だった。

 日本語の張り紙で埋め尽くされて、まるで不動産屋みたいだ。

 あっちは外向きに貼ってあって、ここは店内向きだけど。


「けどいいことばかりじゃないの。それはカイトくんも体験したでしょう?」


「それってどういう、あ、そうか、そもそもこのチカラのせいで異世界に行っちゃったわけで」


「そう、生き延びられたのは幸運だったわね。覚醒した以上、今後もこうしたことが起こるかもしれない。けれども、今回のように助かるとは限らないわ」


「俺、どうしたら」


「もしよければだけど。ここで働いてみない? ヒマな時は能力の制御を教えるし、きちんとバイト代も出すわよ?」


「え? ここって何のお店ですか? 不動産屋にしては張り紙に見取図がないし……もしかして、その」


 カウンターにひじをついて、うっすら微笑むヨウコさんから目が離せない。

 いや、つい目が離れて谷間に視線が吸い込まれそうになる。

 ひょっとしてエロい店なんじゃ、でもそれだと俺が働けないし、なんて思ってると。


「ここは、『無料案内所』よ」


「……は?」


「カイトくんの能力はすごく役に立つわ」


「……んん? その、無料案内所はわかりますけど、?」


「ええ、そう。お客さまの希望の世界を紹介して案内する『異世界無料案内所』よ」


 ヨウコさんはにっこり笑う。

 意味がわからない。

 ヨウコさんが言う「無料案内所」の説明は、さっきしてもらった俺の能力の話より長くなった。

 けど。


「これ断れないし、能力をコントロールできるようになるまで必須ですよね。なんかハメられたような気がします」


「あら、そんなことないわよ? 私一人でもやっていけてるもの。それに……」


「それに?」


「ハメるなら、もっとちゃんとやるわ。身も心もハメて抜けられなくなるまで、ね」


「落ち着け。落ち着け俺。心を揺らしたらまた能力が暴走する。からかわれてるだけだ」


 手で顔をおおってブツブツ呟く。

 ヨウコさんがクスクス笑う声が聞こえる。

 そういえば魔女なんでしたっけ。


「はあ、働きます、働きますよ。けど能力の制御の仕方はちゃんと教えてくださいね? あとバイト代もよろしくお願いしますね?」


「ええ、もちろん。ふふ、これで若いオトコノコが同僚になるのね」


 けっきょく、俺はヨウコさんのお世話になることになった。

 能力が暴走して、異世界に行かないように。

 今度はもっと危険だったり、わけがわからない世界だったりするかもしれないし。


「じゃああらためて。よろしくね、カイトくん」


「はい、よろしくお願いします、ヨウコさん」



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 バイトをはじめた最初の一年間は大変だった。

 「能力を制御する修行」って名前でいろんなところに連れまわされた。

 日本も、海外も、異世界も。

 連れまわされたっていうのは違うかもしれないけど。

 ヨウコさんに導かれて、転移したのは俺だから。


 次の一年間も大変だった。

 このお店で働くのに必要な「研修」って名前でいろんな人に会わされた。

 日本も、海外も、異世界も。

 後半は実務もやらされた。もとい、やってみた。

 お客さまを異世界に案内するって『異世界無料案内所』の仕事を。


 振り返ると頭が痛くなるけど、あの決断は失敗じゃなかったと思う。


「あら珍しい。お客さまが自分から来店されるなんて。ほらカイト、いつものお願いね」


「はいはいわかってますよヨウコさん」


 なんとなく昔を振り返りながら掃除してた、手を止める。

 入り口に向き直る。


「『異世界』無料案内所にようこそ! 今日はどんな異世界をお探しで??」



「やっと! やっと見つけましたぁ! 会いたかったですぅ!」



 今日のお客さまは、知り合いだったみたいです。




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