第二話 自己紹介が遅れました。渡来 カイトです。名前は漢字じゃなくてカタカナで、って漢字はないか


「人間さん、助けてくださってありがとうございましたぁ!」


 俺の目の前でぶんっと銀髪が揺れる。長い耳もふるっと揺れる。

 ボロボロになった服の隙間からやわらかそうなふくらみが揺れるのは見えない。見ない。


「どういたしまして? その、俺がやったかわからないけど」


「そうなんですか!? 私、人間さんは失伝した転移魔法の使い手で偉大な魔法使い様なのかと思ってました!」


「いやいやいやそういうのじゃないから。ただの迷子? 夢を見てる人? だから」


「なるほどっ! 見果てぬ夢まで道半ば、だから迷子だと! 勉強になります大魔法使い様!」


「いやほんと違うんだって。なんだこの夢。俺こういうのに憧れてたのか?」


 やけにリアルな夢の中で助けたエルフは、キラキラした目で俺を見つめてくる。

 可愛い。

 しかも服が破れて白い肌がチラチラする。

 理性を総動員して、俺は視線をそらした。


「俺はただの高校生で、魔法使いなんかじゃない。家でパソコンを見てたらいきなりここにいたんだ」


「では人間さんは『落ち人』さんなんですね!」


「……落ち人?」


「はい! ときどきそういう人がいるって、里長から聞いたことがあります!」


「マジか。うすうす、うすうす気づいてたんだけど……これ、夢じゃないのか。いや待てそう思うのはまだ早い。夢。これは夢。男子高校生が内に秘めた憧れを夢に見てるだけ」


 言い聞かせる。

 もしこれが夢じゃないなら……俺はどうやって帰るんだ? 帰れるのか? ずっと異世界に? モンスターが女の子を襲って苗床にしちゃうような危険な世界に?


 ……夢でありますように。


「夢だとして、これからどうしようかなあ」


「落ち人さんは行くアテがないのですか?」


「まあね。ここがどこだかわからないし。どうすれば夢が覚めるのかもわからないし」


「そうだ! 落ち人の人間さん、助けていただいたお礼に里に招待させてください! お父さんもお母さんも『お世話になった人にはちゃんとお礼をするんだよ』って!」


「それは助かるけど……いいの? エルフの里って人間は入れなかったり、なんなら敵対してたりしない?」


「普通の人間さんは入れませんけど、許可を得た人は大丈夫です! だから落ち人さんは大丈夫です! 私が案内しますねっ!」


「……なんだろう、出会ってすぐの女の子にそんなこと思うのはアレだけど、すごく不安です」


「そうと決まれば早く行きましょう! イビルプラントが出たことも早く知らせないとです!」


「あっはい、よろしくお願いします」


 くるっとターンして森を歩き出すエルフ。

 さすが夢、あんまり考えなくてもスムーズに進んでくなー、なんて思いながら後ろをついていく。

 破れた箇所からチラチラ見える。

 さっき危険な目にあったのに、エルフはご機嫌で見えてることに気づいてない。


 できるだけ見ないようにしながら、バレないようにしながら、俺は見知らぬ森を歩いていった。


 ……ところで、エルフの里はここから遠いのでしょうか。

 パジャマにスリッパでけっこう歩きづらいです。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「はい夢。夢だねこれは。景色がファンタジーすぎるし綺麗すぎる」


 頬をつねるまでもない。

 エルフの女の子に連れられて森を行き、霧を抜けて視界が開けると、俺は思わず立ち止まってしまった。

 目を引くのは、まわりの太い樹よりもっと太い、中心にあるデカい樹だ。世界樹とか呼ばれそうな感じの。

 木々の間にはロープやツタで橋が作られて、地面に降りずに人が行き来できるようになっている。

 人々は木のウロや、地上にある苔むした家で暮らしているらしい。

 あ、人が樹上に飛んで行った。


「ここがエルフの里です! ふふー、キレイで見とれちゃいますか?」


「ああ」


「えへへ……あっ! お父さーん! お母さーん! ちょうどよかったですー!」


 映画やゲームのような景色にぼーっとしていると、エルフの女の子がパタパタ走っていった。

 向かう先には二人のエルフがいる。

 俺が助けたらしいエルフのお父さんとお母さん、らしい。


 追い出されないかとか、「人間め、何しに来た!」って言われて捕まらないかとか想像して、緊張しながら待ってたけど、話は案外すんなり進んだ。




「この里に落ち人が立ち寄るのは久方ぶりじゃのう」


「ええっ!? 前にもいたんですか!?」


「うむ。齢2000も生きてればの。言うても三人じゃが」


「……ちなみに、その三人はどうなったかご存じですか? 元の世界に帰れたんでしょうか?」


「三人ともこの里で寿命を迎えて、儂が見送っておる。短命種の命は短いものよなあ」


 エルフの女の子と両親に歓迎されて一晩明けて、次の日の朝。

 俺は大樹のウロにある屋敷の中で、皺だらけのお爺ちゃんエルフと話をしていた。

 この里で一番長生きのエルフで、落ち人のことも知っているから、と。


「帰れなかったんですね……夢じゃなさそうだしなあ、どうしようこれ」


 額に手を当てた。

 植物で作ったって服は案外なめらかで快適だ。

 昨日泊めてもらった家は魔法のおかげで清潔だった。

 娘の恩人として歓迎されたし、親身になってくれたし、昨日エルフの女の子を助けた転移魔法? に興味あるからいつまででも泊まっていいって言ってくれたのはありがたいんだけど……。


 

 


 そう。

 一日経っても、夢は覚めなかった。


 本当に、ここは異世界なのかもしれない。


「エリカを助ける際に、失伝した転移魔法が発動したと聞く。落ち人は不思議な力をその身に宿しているものじゃ。あるいはその力の暴走が原因やもしれぬな」


「はあ。そんな記憶もないけどもらった? 能力チートスキルが暴走して。でも向こうじゃ普通の高校生だったし向こうにいる時に何かあったわけで能力チートスキルとは関係なさそうですけど」


「はいっ! 長老さん、私、転移魔法を研究します! だから里にいてもらっていいですよね? ウチにいてもらっていいですよね?」


「ええ……? エロトラブル体質のドジっぽいこの子が、研究……? 行くアテがないから置いてもらえるのはうれしいけど……」


「汝の心配はもっともじゃがな。エリカはこれで、里でも有数の魔法の使い手なのじゃよ。魔力量だけであれば儂をも超えて里一番じゃな」


「えへへ、照れちゃいますぅ」


「ええ……? エルフの里大丈夫……?」


「友であった落ち人が遺した書物もある。汝さえよければしばらくこの地で暮らしてはどうじゃな?」


「はあ、それはありがたいです」


 追い出されて森をさまよう、もしくは数日がかりで人里まで歩く、とかならなくて助かった。

 夢じゃないっぽいのに、やたらスムーズで俺にとって都合よく話が進む。

 俺がこの世界に来たのは偶然なのか、それとも何者かの意図や思惑があったのか。

 わからないけど、いまは。


「すみません、自己紹介が遅れました。渡来わたらい カイトです。名前は漢字じゃなくてカタカナで、って漢字はないか。ん? 待って、なんで話が通じてるの?」


「私はエリカです!」


「カイト殿、時間があれば汝がいた世界のことを聞かせてほしい。それに、転移魔法が気になるのは儂もじゃ。エリカとともに研究させてもらおう」


「あっはい、それは助かります。むしろエリカさん一人じゃ不安だったんで」


「エリカさんじゃありません、エリカです!」


「エリカ一人じゃ不安だったんで」


「そこは繰り返さなくてもいいと思いますぅ……」


 女の子がモンスターに襲われて危険な目に遭うこの世界で、保護してくれる人たちがいることに感謝しようと思う。


 こうして、運命に導かれるように、俺の異世界生活がはじまった。



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