第一話 助けるべきか、もうちょっとエロいシーンを待つべきか、それが問題だ



「いやほんとなんだこれ」


 答える声はない。

 当たり前だ。

 目の前にあるのは森で、パソコンもスマホもなくて、誰もいない。


 さっきまで自分の部屋にいて、18歳になったから18歳未満閲覧禁止のエロ……R18のサイトを見ようとしてたのに。

 いや、見るだけじゃないけどいまそれはどうでもよくて。


「……夢か。俺いつの間にか寝ちゃったのか。ははっ」


 風が吹いて葉っぱを揺らす。

 感触も音もやたらリアルだ。


「落ち着け、落ち着け俺。これは夢なんだし。クールだとか無表情だとか言われる自分を取り戻せ」


 深呼吸して、自分に言い聞かせながら立ち上がった。

 落ち葉を踏んだスリッパがガサッと鳴る。


 とりあえずぐるっと見渡してみる。

 前も後ろも、横も森だ。

 木々は緑の葉を揺らして、木漏れ日が差している。


「けっこう歩きやすそうなのは手入れされてるからか。それとも俺の夢だからか。夢。夢ならただの森じゃなくて何かが起きてもおかしくなさそうな??」


「きゃーーーっ!」


「そうそうこういう悲鳴が聞こえてきて誰か現れて……は?」


 誰もいないと思った森に、女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 振り返っても姿は見えない。


「だれか、誰か助けてくださ、きゃー! ちょっ、そこはダメ、ダメですぅ!」


 俺は声がした方向に歩き出した。

 ……女の子を助けようと思って。

 悲鳴の内容がなんだか気になる内容だったからじゃない。

 まさかこれ、この俺の夢って……エロい感じ? エロサイト見ようとしてた俺が望んでた感じ?

 胸の高鳴りを抑えて、足音を抑えて、俺は悲鳴の元へこっそりと近づいていった。

 女の子を襲ってるヤツに見つかって俺まで襲われないように隠れて。


 木の陰から現場を覗く。


 そこに広がっていたのは、意味がわからない光景だった。


「わわっ! そ、そんなとこ触らないでくださっ、んっ」


 女の子が縛られてもがいてる。

 ところどころ服が破れてて真っ白な素肌が見える。

 むっちりした体に植物のツタが食い込んで巨乳は強調されて、胸元が破れてないのが残念、じゃなくて。


 恥ずかしそうに顔を赤くした女の子は外国人のような顔立ちで銀髪を振り乱して耳が見え??


「長くて、とがった、耳?」


 そういえば破れた服はなんだか民族衣装っぽくて、アクセサリーにも光り物はない。

 外国人っぽいのはともかく、銀髪ってそうそう見ない。


「…………エルフ? 俺、そんなにファンタジー好きだったかなあ。エルフを夢に見るって」


 独り言が漏れた。

 女の子を縛ってたツタの動きが止まる。

 女の子の動きも止まる。


「誰かいるんですか!? たすけ、助けてください!」


 俺が隠れてる木の方を見て女の子が叫ぶ。

 体をひねったせいかついに胸のあたりの服が破れて谷間が見える。


「惜しいもうちょっ……助けるべきか、もうちょっとエロいシーンを待つべきか、それが問題だ。どっちが俺の夢っぽいかなあ」


 そんなどうでもいいこと、18歳で彼女ができたことない童貞男子高校生の俺にとって大事なことを考えていると、女の子を縛ってたツタの一部がこっちに伸びてきた。


「あー、植物系モンスター?ってことはホントに女の子はエルフで、ここは『異世界』? 夢に見るぐらい異世界に憧れてたかなあ」


「あ、あの! 人間さんでしょうか! お願いです助けてください、じゃないと私、体の中に種子を植え付けられて、苗床にされて」


「ええ……? それなんてエロゲ? ファンタジーだけどR18疑惑。そっち系はあんまり好きじゃないんだよなあ。やったことないけど。今日18歳になったばっかりだし」


「お、お願いします! なんでもしますからぁ!」


 自分でも知らなかった自分の性癖について考えてると、女の子が泣きそうな声になっていた。というかこっちを見て涙ぐんでる。


 自分の部屋にいたはずなのにいきなり森で、女の子が縛られてて、植物系モンスターが俺を捕まえようとしてる。


 意味がわからない。

 俺がこんな夢を見る理由もわからない。


「な、なんでも……よし助けよう」


 陵辱系は趣味じゃない。

 だからここは何もしないでエロいシーンを見るんじゃなくて、助ける選択肢を選ぶ。


「助ける。助け……どうやって? なんとかしてくれ俺の夢」


 武器は持ってない。

 着てるのはジャージで足元はスリッパで、都合よくその辺に武器が落ちてたりもしない。


「きゃっ! い、いたっ、まさかこのモンスター、動けないように私の手足を折るつもりじゃ、いた、いたいですぅ!」


 助けるって決めたのに、女の子を縛るツタはキツくなってきたらしい。

 刃物はない、植物なんだし燃やす、ダメだ女の子が火傷するしライターもない、女の子の悲鳴が大きくなってきて頭が空回りして??


「あああああ! 夢なんだから助けるって決めたらこう都合よくさあ! どうすりゃいいんだよ!」


 いつも冷静だとかクールだとか無表情すぎるとか言われても、動揺して何も思いつかない。

 訳のわからない状況に置かれた男子高校生なんてこんなものなのかもしれない。


「なんなんだよこれ! またカラダが熱くなってきたし! なんなのこれ! ああもう、夢なら夢らしく女の子の一人ぐらいさくっと助けろ俺!」


 がーっとカラダが熱くなって、叫んだ。

 熱がすっと抜ける。


「…………は?」


 目の前に広がる森は変わらずそこにある。


 でも、女の子が消えた。


 ツタは途中で切れたっぽくて、木の幹や枝から伸びてた部分がうねうねしてる。


「きゃっ」


 どさっと、何かが落ちる音が聞こえた。小さな悲鳴も。

 横を、音がした方を見ると、女の子が倒れていた。

 女の子はすぐに体を起こす。

 縛っていたツタは切れてるせいか、ぼとぼとと女の子の体から落ちていく。


「いまのはまさか、失伝した転移魔法、ですか? はっ、それどころじゃなかったです!」


 さっと立ち上がって、女の子は手を前にかざした。

 服はボロボロのままで、キリッとした顔と露出っぷりのギャップがエロい。


「嵐よ、敵を切り刻め! ストームカッター!」


 かざした手から風が巻き起こり、離れていくと小さな竜巻になって、木の幹や枝でうねっていたツタにぶち当たり、切り刻んだ。


「……はい?」


 風がおさまった時、そこは空き地になっていた。

 うねるツタも、ツタが巻きついてた木も、というかまわりの木もなくなってる。


 ボトボトと、サイコロ状の木材やら草のかけらが落ちてきた。


「魔法? 魔法、そうだよな、エルフがいてモンスターがいるわけで、魔法があってもおかしくないよな。ははっ」


「お気に入りの服の仇ですっ! 私だって油断しなければこれぐらい!」


 女の子は、なんだか鼻息荒く勝ち誇って胸を張った。

 破れた服の隙間からいろいろ見えている。


「えっと……マジでなんなんだこれ。俺の夢がなんだかファンタジーすぎる件」


 俺はただ、呆然と呟いた。

 夢はまだ醒めない。



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