イケメンの告白に及び腰です

葛餅もち乃

(1)同じクラスの日向君


 同じクラスの日向君は文武両道でサッカー部所属、いつも控えめな佇まいで友人達と一緒におり、静かに笑っている人である。

 クラスメイトというだけで、特に接点もなければ話すこともなかった。そもそも私自身、男子と接点を極力もたないようにしているので、相手が誰とて一緒ではある。男女ともに一定の人気がある日向君は、その中でもかかわりがなさそうな人だ。切れ長で怜悧な瞳は水をたたえているように澄んで、その整った顔立ちをさらにはっとさせる。

 私はクラスで目立たない埋没した女子である。それでいい。


「僕ね、坂下さんのことが好きなんだ」

「えっ、どっ……、わ……っ?」


 えっ、どうして、わたしを……? と言おうとした。混乱して口がついていかない。

 ちゃんと言葉になっていない私の返事に、日向君は笑った。


「うん。覚えていてね」


 呆然とする私にくるりと背を向け、彼はグラウンドに帰って行った。その後ろ姿を見て、藍色の練習着がよく似合っている、とぼんやり思った。

 職員室に面した庭に、私が所属する園芸部の花壇と菜園がある。部員数は二名、活動内容が教職員に支持されているので廃部にはなっていないが、絶滅寸前である。放課後そこに、日向君が突然現れた。気が付いたらすぐ近くにいたのだ。びっくりする。


「……ずく。雫?」

「えっ? うわっ!」


 手に持ったホースは水を出したまま、足元にじょぼじょぼと落ち、水溜まりになってしまって跳ねた泥が園芸用ブーツにかかっている。


「上の空だねぇ。さっき子、クラスメイトかな。かっこいいね」


 唯一の部活の先輩である。麦わら帽子の似合う、穏やかでちょっと抜けている人だ。いくつか新しい苗が入ったケースを抱えている。今来たところなのか、さっきの会話は聞いていないようだ。


「クラスメイト、のはず……」




 それが昨日のことである。

 私の登校時間は早い。校門を抜けるときも他に生徒はいるかいないか、教室はだいたい一番乗り。窓際に置いてある素焼きの植木鉢をチェックし、土が乾いていたら水をやるのを日課としている。園芸部に入部してから、世話係を一任されているのだ。

担任の先生が持ってきた鉢植えはアップルミントである。一般的なミントよりも香りが甘く、見た目もちょっと可愛い。直射日光を避けるよう、カーテンの影がかかるところに置いている。もうすぐ本格的に梅雨入りするので、今日は切り戻しをする用意をしてきた。

 ちょきんちょきんと、茎の半分程まで剪定していく。葉を掴んでいる左手から、甘みのあるさわやかな匂いが香る。

 このまま調理部に持って行って、ハーブティーにしてもらえたらな。モロッコ風に、大量の砂糖をいれてすっきりと……。


「それ、食べるの?」


 予期しない背後からの声に、自分の指を切りそうになった。小さく悲鳴も出た気がする。

「ごめん驚かして。おはよう」

 優しいテンポの口調。ミントのような清涼感を持つ、日向君である。


「おはよう……今日は、来るの早いね?」

「うん。坂下さんより早く来ようと思ったんだけど、ずいぶん早いね。いつも?」

「だいたいこの時間に来てるよ」


 日向君がこちらに近づいてくる。緊張していることに気付かれないよう、視線をアップルミントに戻し、剪定作業に戻る。距離が縮まる足音が聞こえるだけで、心臓がバクバクと太鼓を叩いている。


「なんで切ってるの?」

「ええと、もうすぐ梅雨だから、こんな風に思い切って切り戻しした方がこの子にとっていいの。葉っぱもまたぐんぐん出てくるよ」

「へぇ。いい匂いがするなぁ」

「ね。これ、普通のミントじゃなくてアップルミントなんだよ」


 隣に並んだ日向君が、切ったアップルミントの一本を手に取ってくるくる回している。体を傾けば、腕に当たりそうなほど近い。ほんの半歩、さりげなく横に離れた。


「昨日のこと、聞かないの?」


 ぎょっとして振り仰げば、日向君が流し目でこちらを見ていた。口の端が少し上がっている。


「……あれは、本気というか、その……そのぉ……」

「はは。そう、告白した。もちろん本気」


 日向君は楽しげに笑っている。こんな風に笑う人だっただろうか。

 教室で見る日向君の笑顔は、色に例えるなら水色である。だが今は、金色に赤色を溶かしているような色だ。見たことがない。

 警戒するように、左腕がぴりりと痺れた。


「僕はね、坂下さんのそういう草食動物的な危機意識が気になったんだ。最初はね」

 日向君が私の左手に目を落とした。

「感受性が豊かなのかな。本能的に察知するよね。小動物みたいで愛おしいよ」

 クラスメイトの異性に対して“愛おしい”なんて言える高校生男子はただ者ではないと思う。

「日向君は、羊の皮をかぶっている……?」

 日向君はアップルミントの茎を口元に当て、内緒だよとでも言うような仕草をした。


「もう一つ告白すると、僕は坂下さんを苛めたくなる。しないけどね。好きなのは本当。そして僕のことを好きになってほしい願望があるよ、もちろん」

「私は、日向君を好きではないです」

「知ってる。だから付き合ってとは言わない。これから好きになってもらう」


 確かに、いま付き合ってと言われても断るだけなので、正しい。頭がいい。

 不快ではないのに、背中がぶるりと震えた。


「日向君って、本当はこういう猛禽類みたいな人なの? それとも私が知らなかっただけ? 教室で見ていた限りでは、静かで優しい人なんだと思ってた」

「猛禽類! そうか。それはいいなぁ。僕は、まわりが思ってくれているほど、優しくはないからね」


 日向君はいつも落ち着いている。まるで平坦な大地のようだ。それがいまこのときだけ揺らぎ、少年らしい素の感情が見えている気がする。

 日向君に初めて会ったような気持ちになる。


「日向君、私、別に優しくないとは――」

 廊下の方から複数の生徒の声が聞こえ、すっと身をひいた日向君は自分の座席へ向かう。寄り添っているように見えるところを見られないよう、気をきかせてくれたのだろう。

 すこしさびしい。彼の内側に踏み込んでいた気がするから。彼のことを知れそうだったのに。

 アップルミントの茎を、彼がしていたようにくるくる回す。

 早速、日向君を知りたいなど考えている。手のひらで転がされているようで、自然とため息が出た。



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