第2話
始まりがあるものには、終わりがあるものだ。等しく始まったのならば、それは終わって然るべきものだ。それが人心の範囲であれ、神の範疇であれ。終わりを知ることがなくとも、永久に続くことを知ることも出来ない。終わることを知りながら、終わりの見えない世界を生きていく苦悩は僕らの世界の常識で、誰も疑問に思ったところで苦しいだけだということをどこかで知っている。
だから、きっと終焉は笑い話の一つなのだ。子供の戯言で済むのだ。
平和な世界。生きることも死ぬことも、自由であるかのような錯覚と、生かされ殺されるかもしれないという恐怖が常に隣り合わせの矛盾した世界。そんな場所でも、僕らは生まれ落ちた。
そして、知っている。世界の終わりが見えずとも、僕らには一人一人終わりがやってくることを。
僕の“終わり”は、存外に早かったように思う。有体の言葉で綴るならそれは、星が降ってきそうな空だった。
「おはよう」
返事のない挨拶を交わすと、カーテンからこぼれた朝日が額縁を照らし出して木目が揺らめいた。安物の写真立ての中には、忘れてしまいそうな懐かしい顔ばかりが笑顔で並んでいて、もう悲しむことも忘れてしまった。
例えば体温を、例えば声を、例えば習慣を、忘れていく恐怖。存在したはずなのに、いなくなったことが日常になっていく不安。一日一日と流れていくだけの時間が、虚空に貪られていくよう。
確かにいたのだと証明するものは、もう何もない虚無。僕が忘れ去ったその時、それが無に消える瞬間なのだと信じた。
朝のニュースは、驚くほどつまらない。ワイドショーに似た賑やかさと特集記事が耳障りだ。赤の他人の笑い声が朝から芯まで響いてくる、それだけで疲弊していく。
食パンは香ばしい炎の残り香がして、口に含むと甘いバターの味がした。
例えば生活が新しくなって、人間関係が新しくなったら、僕は変われるのだろうかと考えたことがある。無意味だと知ったのは、その中心が僕であったからだろう。結局、僕の世界の一番の敵は、僕だった。
新しかろうと古かろうと、世界はいつだって僕の認識が支配している。僕でなければ良かったろうにと何度も何度も思った。
そして何度も何度も、自分の意思を殺そうとした。
朝の風景は穏やかな白い光が演出する。いつものように、いつものように。玄関を出ると出迎えてくれる世界が、僕はどうにも好きになれない。目に入ってくるものは人工物ばかり、石の景色ばかり。目に焼き付いた光が視界の邪魔をして、チカチカと反射するアスファルトが目障りだった。
歩みを進めてまで向かうのは、学校だ。普通の事。
おはようと、声をかけると笑ってくれる友人がいる。当たり前の事。
用意される僕の席。腰を落とすことに疑問はない。
時計を追って、予定をこなして、右手は文字を綴り、左手は文字を追う。毎日の事、当然の事、普通の事、当たり前の事。
僕の世界は、大衆常識で組み上がった世界だ。他人が積み上げた砂の塔によじ登っていくだけの毎日。
「はじまりの能力者が見つかったって、今朝ニュースで見た」
「本当なのかよ、そもそも嘘くさい話なのに」
一人でいることを怖がって、僕らは意味もなく集まる。とりとめのない話が咲いて、見慣れた教室はざわついていた。
「本当だ。ネットニュースのトップに書いてある」
手にしたスマートフォンから、無機質な明朝体が語りかける。はじまりの能力者は、僕らと同じ年齢の少女だったらしい。速報で伝えられたニュースの中に彼女の顔はないけれど、すぐに時の人となってしまうのだろう。
可哀そうに。望んだ力でもないのに、神さまから唐突に、そして身勝手に与えられた力だ。人々のためになるはずがないのに。
ぼんやりと話を聞きながら過ごせば、あっという間に次のカリキュラムへと進んでいく。教師が口にするのは“能力者”の話題だった。
――この世界は神によって作られた世界だ。神は我々を創造し、今は長く休まれているのだそうだ。そして、その神によって現れるとされているのが、はじまりの能力者とおわりの能力者である。
世界の始まりと世界の終わりを持って生まれてくるとされている能力者は、いつの時に、どのような姿で、何となって生まれてくるかは分からないという。けれど、人々はそれを“知る”というのだ。
おかしな話だと思う。知らぬものを知る、それが能力者だと神話は語るのだ。過去の物語ならば聞き流せるものを、神話は未来予知を含んでいるという厄介な代物である。
世界はおわりの能力者によって終焉を迎えたとき、はじまりの能力者によって、再び始まる。はじまりとおわりは表裏一体で、相容れない。能力者の精神が、人格が、この世界を神の世にするのか、悪魔の地にするのか、決定し、再構築できるのだという。
くだらない話だ。始まろうが終わろうが、それを僕らが認知できるわけもないというのに。
僕は、おわりの能力者だ。
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