85 緊急事態の巻き


 ジャスティスが連れて来た大船団のエンジン音が大きくなる中、半荘は額当てを解いて自分の顔をカメラに写す。


「みんな。聞いていたか? 俺のために、多くの命知らずが集まって来ている。もう間もなくミサイルが着弾するってのにだ……クノイチ。行くぞ!」


 半荘はジヨンを担ぐと、あっと言う間に竹島の頂上に登った。

 そしてジヨンを降ろすと、360度カメラを回しながら喋り出す。


「見えたか? 船だ。民間人が乗る船だ! あんなに居たぞ!!」


 Vチューブには、東から、南から、北から、猛スピードで竹島に向かう船が映し出されていた。


「ミサイル着弾とどっちが早いか……少なくとも、数隻は確実に竹島に乗り込めるとジャスティスが言っていたな。これを知って門大統領はどうする? 知っているのに、民間人をみすみす殺すのか? 全世界が見ているぞ~~~!!」


 半荘は、集まるファンを守るために、ありったけの声で叫んだのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 忍チューバ―の声は、会見中の門大統領より先に、マスコミに届く事となった。


『大統領! 独島に民間の船が多数押し寄せていますよ!!』


 謝罪を続ける門大統領に割り込んだマスコミに、固まって声が出ない。

 そんな中、会見場の袖から走って来た側近に耳打ちされて、門大統領はようやく喋り出した。


『き、緊急事態が起きましたので、会見は一時中断します』


 逃げるように会見場をあとにした門大統領の後ろからは、マスコミの叫び声が聞こえる。

 その内容はひとつだけ。

 ミサイルをただちに止めろと叫び続けていた。


 会見場を出た門大統領は、側近と共に近い部屋に飛び込んで、状況説明を求める。


『どうなっているのだ!!』


 怒鳴る門大統領に、側近は静かに語る。


『ジャスティス・ビーダーというアメリカの人気歌手が呼び掛けたようです。大統領……はっきり申します。ここまでです』


 側近はついに門大統領から離れ、完全な負けを告げた。


『いや、まだ船は到着しないんだろ? ミサイルのほうが早く着弾するはずだ』


『いえ。いま止めないと、確実に数十人、数百人の死者を出します。大統領……いますぐミサイルの自爆を命令してください』


 悪足掻きをしようとする門大統領を側近はいさめるが、門大統領は決断できないでいる。


『わかりました。私の独断で指示を出します。命令違反でも何でも、私を裁いてください』


 独島を取られるよりも、人命を優先する側近の覚悟。

 全世界にその光景を流されると、韓国がますます立場が悪くなると思っての決断だ。


『待て!!』


 側近がスマホを取り出して操作していると、門大統領からストップが掛かる。

 その声に、側近はチラッと見て、スマホの画面に目を戻す。


『それは私の仕事だ』


『……え?』


『ただちにミサイルを自爆させろ。急げ!!』


『は、はい!!』


 門大統領の言葉に手の止まっていた側近を急がせ、各種通達をが終わると、門大統領は開いている席に座る。

 そして側近にも座るように促した。


『不思議そうな顔をしているな』


 側近は、門大統領はもう止まらないと考えていたようだ。


『でも、何故……』


『お前に責任を取らせるわけがないだろう。今日まで下した決断は、大統領の私の独断だ。全て、私の責任なのだ』


『大統領……』


『さあ、最後の仕事だ。会見用の台本を手伝ってくれ。マスコミを待たせるわけにはいかんからな』


『はい!!』


 こうして門大統領は側近と共に、大統領としての最後の会見に挑むのであった。

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