六月.スプリング・ハズ・カム

「近くにスーパー銭湯が出来たんだって」

 魔術準備室。特に前触れもなく椅子に腰かける莉生りおがしゃべりだした。

「ああ、聞いたな」

 斜向かいの晴人はるとが答える。

「え、どこっスか」

 隣の力也りきやは初耳。莉生がスマホで地図を出して教えてあげた。

「でね。そこのチラシが入って来たんだけど、天然温泉だって書いてあって。この辺りで温泉なんて出るのかな~、って」

 この辺りは所謂温泉地とはかけ離れている。そんなにあっちゃこっちゃで温泉が湧いていいものなのかと莉生は疑問に思っていた。

「それはだな」

「よし」

 晴人が語り始めると、莉生は小さくガッツポーズをした。何か疑問があってもこの部室に持ってくれば晴人か凛か、いるときは真世が大抵教えてくれる。怪訝な表情の晴人に、莉生は作った笑顔でどうぞどうぞと続きを促した。

「結論から言うと、大抵の所で地下深くまで掘れば温泉が湧く」

「あれ、そうなの」

「地下水溜まりはどこにでもあるし、地下深ければ地熱で温かくなる。千メートルも掘ればどこでも温泉は湧くんだ」

 晴人は近くのホワイトボードに図を描きながら説明する。

「温泉を名乗るにはもちろん温かい必要があるが、規定温度に達していなくても規定の成分が規定量含まれていれば、それでも名乗ることができる」

「冷たい温泉ってことっスか?」

 なんだかんだ真面目に聞いている力也から質問が飛ぶ。

「ああ。当然、風呂に溜めるときにはボイラーで温めるがな」

「ふーん。なんか、ありがたみが薄れるね」

 なんとなく期待外れな莉生が机にべたりと伸びる。

「そういうもんだ」

 ペンの蓋を閉めて、晴人が説明を終えた。

「銭湯なんて広くて温かければ文句ないっスけどね。近くなら行ってみたいっス」

「あ、じゃあ」

 伸びていた莉生が急に跳ね上がる。

「皆で行ってみようよ。スーパー銭湯」

 声を弾ませる莉生に対して、晴人は冷めた表情。

「あれ? 宮野木君お風呂嫌い?」

「いや。行くこと自体は別にいいんだが。俺と力也はともかく、お前は別に一緒に入るわけでもないしなあ。一緒に行く意味も薄いだろう」

 晴人の指摘に、莉生の目と口がゆっくりと大きく開いていく。

「……。……! 確かに!」

「本当にそういう意味で言ってたのか」

 露骨な呆れ顔の晴人。抜けている奴だとは思っていたが、ここまでだとは。

「俺ら以外に一緒に行く友達とかはいないんスか?」

「えっ」

 力也の何気ない一言に、顔を赤くして晴人をポカポカ叩いていた莉生の動きが止まる。

「武石。言って良いことと悪いことがあるぞ」

「え。あっ。申し訳ないっス。センパイ。人間の良さと友達の多さは関係無いっスよ」

 半分棒読み。

「いや、いや! ちゃんといるから! 友達同士で銭湯なんてそうそう行かないでしょ。そういう友達がいないというだけで……」

「ほう。初耳だな」

「てめえ」

 さっきまでとは違って、本気で殴りつけようと莉生が振りかぶる。と、同時に入口の戸が開いた。

「みんないる~?」

 部屋に入ってきたりんが目にしたのは、今まさに晴人を殴りつけようとしている莉生。

「宮野木君、佐倉さんをいじめちゃダメよ」

「殴られてるのは俺なんだが」

「宮野木君?」

「あ、はい。ごめんなさい」

 事実だから反論のしようがない。

「ああ、そうだ!」

 凛が怒ってくれたことで溜飲を下げた莉生が、椅子から跳ねるように立ち上がると、凛の両手を取った。

「先生! 一緒にお風呂に行こ!」

「え、ええ?」

 いきなりのよく分からないお誘いに凛が戸惑っていると、力也がこれまでの流れをかいつまんで説明した。

「ああ、そういうこと。それなら先生も気になるし、行ってみようかなあ」

「……! ほらあ! どや!」

 それでいいのか、と晴人は思ったが、涙目で胸を張る莉生を見て流石に心が痛んだので、それ以上は何も言わなかった。

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