八月.アイスを愛す

「かき氷がやりたい」

 広い魔術室の端の机に座っていた莉生が立ち上がりながら言った。

「……」

 いきなり何を言っているんだ、と隣で本を読む晴人は思った。

 確かに外の炎天下も、窓を開けていて熱風が入ってくるこの部屋も、それを食べたくなるような気候であることは間違いない。

 ただ食べたいというならコンビニでも買えるが、口ぶりからしてそういうわけでもないらしい。それならそれで、急にやるというには必要な物が多すぎる。

「だいじょぶだいじょぶ。かき氷機は持ってるから」

 莉生の鞄から手回しのかき氷機が取り出された。何故そんな物が。

 しかし、それだけあってもしょうがない。かく氷が無ければ無用の長物。

「そっちはこれ」

 次いで取り出されたのはミネラルウォーターのペットボトル。当然常温、液体だ。この部屋には、というか、この学校には少なくとも生徒が自由に使える冷凍庫はない。

「宮野木君のことだからそんなこと言わなくても分かってるでしょ。さ、早く早く」

 莉生はそう急かすと、机の上に水をドンと置いた。有無を言わせる気がない。

 確かに、かき氷がやりたいなどと言い出した時点で分かってはいたことだ。晴人はやれやれと大して重くもない腰を上げた。


 とにもかくにも水を凍らせなけらば始まらない。

 物を冷やす方法を魔法で行う。基本的には冷蔵庫やエアコンと同じ原理だ。魔力を気体の形で放出し、それに減圧をかける。

 晴人は、胸の前で向かい合わせにした手の間に固体の魔力で中空のカプセルを作り、その中に気体の魔力を入れ、それを引き延ばす。

 それを手早く行うと、すぐにカプセルの周りに結露が発生した。あとはその冷たくなったカプセルを、水の入ったペットボトルにくっつけるだけだ。くっつけたそばからみるみる凍っていく。

「おお、すごいすごい」

 莉生が手を叩いて喜ぶ。

 二つの形態の魔力を同時に扱う魔術。おいそれとできるものではない。晴人も部長に教わって最近体得した。

 水がしっかりと凍り付いたのを確認すると、魔力を開放する。残った冷気が辺りに散らばった。

「後はこれを……」

 莉生はペットボトルをはさみで切り開いて、中の氷を取り出すと、かき氷機にセット。ハンドルをグルグルと回すと、ガリガリと小気味の良い音と共に砕かれた氷が器に山盛りになっていく。

 二つのかき氷が出来上がると、鞄からさらに色とりどりのボトルを取り出した。

「これがなくちゃあね。宮野木君はどれにする?」

 こいつは学校に何をしに来てるんだ。


「ん~。冷たくておいし~」

 赤い色のシロップをかけられた白い小山にスプーンを突き立てると、シャクシャクと音を立てて崩れる。崩れた端から口に運ぶと、キンキンに冷えた氷と、如何にも作られた甘さのコントラストで頭が痛くなる。

「宮野木君知ってる? かき氷のシロップって、色と香料の配合が違うだけで、全部同じ味なんだって」

 聞いたことがある。ここにもイチゴ、レモン、メロン、ブルーハワイの四本のシロップが並べられているが、材料表示には甘味料、酸味料、それから着色料と香料。味を決定づけるようなものは入っていない。

 もしも、目を瞑って、鼻をつまんでシロップをなめてみたら、どれも同じ味、ただ甘い蜜にしか感じないだろう。

 しかし、実際の所人間の味覚というのは、視覚と嗅覚に頼るところが多い。魚の刺身など触感が似ているものを、同じように食べれば、大抵の人は見分けがつかないだろう。

 そう考えれば、色と香りが違うシロップは味が違うと言ってもいいのではないのだろうか。

「ふーん。ところで、ブルーハワイって、なんでブルーハワイって言うんだろうね? 他は果物なのにこれだけなんか違う」

 ハワイでも絞って入れてあるのだろう。

「知らないの?」

 莉生が挑発的な笑みを浮かべた。

 ……。

 ブルーハワイの名は同名のカクテルに由来するらしい。

 ラム酒、パイナップルジュース、レモンジュース、それから着色料で青に着色されたキュラソーというお酒を混ぜたカクテルだ。三、四十年ほど前に流行りだしたらしい。

 だが、その内容に関してはあまりシロップに反映はされない。ただ単に赤や黄とあわせて青を作ろうした時に適当な名前として用いられたのだろう。

「ふーん」

 晴人が解説を終えた時には、莉生は既にかき氷を食べ終えていた。自分から聞いておいてその態度はないと思う。

「あ~美味しかった。ありがとね。宮野木君」

 どういたしまして。これくらいならお安い御用だ。

「やっぱり宮野木君がいると便利だねえ。かき氷は食べれるし、無駄知識は聞けるし」

 そういう言い方はどうかと思う。自分は便利屋ではない。そもそも、物を冷やす魔法も少々勉強すれば莉生にも体得できるはずだ。もし憶えたいというのなら、特訓カリキュラムを組んでもいい。

「あ、あはは。私は~、また宮野木君にやってもらうからいいかな……。あ! 用事を思い出したから帰るね!」

 そう言うと、莉生はそそくさと後片付けをして魔術室を去って行った。

 頼られるのは悪い気がしないが、彼女にはどうもいいように使われている気がする。

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