短編集
月夜桜
お題:災い
その昔、【災厄】と呼ばれた男が居た。
その男は、二つの国を滅ぼした。
一つは聖ロザリアーヌ教皇国。
彼の国は【災厄】の気紛れによって滅ぼされた。
他方はガラータ帝国。
彼の国は【災厄】の実験によって滅ぼされた。
彼が【災厄】と呼ばれるのには理由がある。
それは上記のことに加え──
☆★☆★☆
僕は読んでいた本を閉じる。
なんだい? この歴史書は。
書いてある事がめちゃくちゃじゃないか。
僕が滅ぼした国は、総じて向こう側に問題があったんだけどねぇ。
例えば、クソッタレのロザリアーヌは僕の弟子を殺そうとしてきたし、無能の集まりの帝国はあろう事か僕を殺そうと来てきたし。
二つとも返り討ちにした上で滅ぼしたけど、今では復活してるし。
どこの出版だろ? ……帝国文部省。
ふふ、やっぱりもう一度滅ぼすべき──いいや。
もう、僕はこの世界と関わらないと決めたんだ。遺灰を掘り起こすような真似をしなければ、だけど。
「お師匠~、何読んでるの?」
「ああ、エル。おかえり。なに、ちょっとした歴史書だよ。書いてあることは九部九厘間違えてるけど。最早、これは創作物語だね」
「むぅ~~お師匠の悪口を書くような本は消えちゃえ~~」
瞬間、虚空から黒い焔が出現──僕が先程まで読んでいた本を灰すら残さず消滅させる。
「こーら、こんなことで【黒灰】なんて使わないの」
近寄ってきたエルの頭を撫でると、猫のように目を細めて抱き着いてくる。
「おっと。僕の弟子はとてもとても甘えたさんだね」
「えへへ~」
顔がふにゃっとして、頭からは獣耳と尻尾。
双方共にぴこぴこぱたぱたと動いている。
「さて、僕はこれからお茶をするけど、エルは要るかい?」
「いるぅ~!」
「了解」
冷めてしまった紅茶に魔法を掛け、再加熱。ゆっくりと混ぜていき飲みやすい温度に調節する。
「ごめんね、これから行くところがあるから、ここでお留守番をしていてくれるかい?」
「うんっ!」
「ふふ、良い子だ。それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいっ!」
その日、彼が帰ってくることは無かった。
☆★☆★☆
彼が出掛けてから一週間。
エルは足をぶらぶらさせながら彼の帰りを待っていた。
「お師匠が帰ってこない……」
彼女の顔は曇り、今にも泣き出しそうだ。
「うぅ……私、何かお師匠を怒らせるようなこと、したのかなぁ……」
魔力を使って退屈を凌ぎ始めた所に、空間転移の波動を感じ取る。
「──っ!? お師匠っ!」
だが、そこには誰もいない。その代わりに、一枚の紙が落ちていた。
「なにこれ……?」
それを手に取り、裏面を読む。
そこには『災厄、我らの手に有り。汝、教皇領教会へ来られたし』と書かれていた。
「お師匠──っ!!」
その文面を見た彼女は直ぐに行動を起こす。
普段は使わない、世界樹の頂上で採れる木材を使用した長杖を取り出し、魔力を流して即時使用可能状態へ移行。鍔の広い先の尖った黒い帽子を被り、マントを羽織る。
手には魔法の反動から身を守る為の黒い手袋。
靴には、隠し武器として複数個の大規模殲滅魔法と反転術式を記憶させた魔晶石を嵌め込む。
「お師匠に手を出したこと、後悔させてやるっ!」
次の瞬間、設置型空間転移魔法が起動。
聖ロザリアーヌ教皇国の教会──その正面玄関へと移動するのであった。
☆★☆★☆
「何奴──っ!!」
彼女が転移を終えるとすぐ様、甲冑を着た男に誰何される。
「【流星】のエル。教皇の命によって参上した。我が師を返してもらおう」
突然、(見た目は幼い)美少女から振り撒かれた肌を突き刺すような魔力に後退りをしながら「し、暫し待たれよ」と大扉の中へ駆け込んでいく聖騎士。
暫く待機すると、先程の男が出てきて「中へ」と先導していく。
エルは素直に従い、連れていかれるままにされ、大広間──恐らくは王座の間のような場所であろう所に通された。
そこには太りに太った一人の大男が豪華な椅子に座っていた。
この男こそ、教皇である。
教皇とは思えない程に肥えているが。
「それで、私に何用だ。いや──早く我が師を返──」
言い終わる前に小さな爆発音が複数回。
彼女の身体には血が付着している。
独特な焦げた臭いが鼻腔を擽る。
「くくく……ふふふ……あはははははははははははっ!! やったぞ! 漸く、【災厄】を殺せた!!」
彼女の目の前には、血の滲んだ服を纏っている見知った背中が立っていた。
「お、し、しょう?」
「卑劣な手を、使うもんだね。この
口から血を吐き、片膝を突く。
「お師匠っ!」
「え、る。俺はもうダメだ。元気に、生きるんだよ」
血に染った手をエルに向け、その幼い頬を撫でる。
「そんなこと言わないでっ! まだ、生きられる!」
「ダメなんだ。さっきの銃弾の中に、魂そのものを攻撃する魔法も、混ざっていた。魂の集合体である、俺は存在を維持できない。エル、逃げて、
そう言い終えると、彼はその生命活動を終了した。
「くくく、もう用事は終えたから帰ってもいいぞ、【流星】よ」
「──うを」
「ん?」
「お師匠をっ!!!! 《返せ!!!!!!!!!!!!!》」
次の瞬間、幾千もの魔法が全方位展開し、発動。氷や風、炎、雷、雪、更には物理的な槍や矢などによる攻撃が行われる。
先程、災厄を撃ち抜いたと思しき銃を持っていた兵士を殺し、その上で教皇を睨み付ける。
「あはは。ねぇ、なんで
魔力の膨張によって、尻尾の毛が逆立ち、魔法の発動兆候を見せる。
「なっ、なっ、なっ、ど、何処にこんな魔力をっ!」
「ボクってね、お師匠より魔力隠蔽が得意なんだ。まぁ、そんなこと、これから滅ぶ
──世界に滅びを与え給え。
天に向け構えられた長杖の先から光が伸び、消失する。
「……はは、これ、だけか? 見掛け倒しにも程が──」
「《墜ちろ》」
エルの魔法が完成し、世界中の重力が倍増する。
突如として増えた重力は、惑星の近くを通っていた宇宙のゴミや小惑星群を引き寄せ、大気圏突入針路を執らせる。
「お師匠の居ない世界なんて──滅びてしまえばいいっ!!」
「な、何故だ! なぜ、体が動かんっ!?」
「【
彼女は、災厄の死体を抱え、血塗れになることも厭わずに抱き締める。
「何が【災厄】だッ! 【勇者】を罠に掛け、反撃させたのはそっちじゃないかっ!」
先程から支離滅裂な発言ばかりを繰り返し続けるエルに後退りしか出来ない教皇。
崩落し始めた大広間の天井の隙間から少しだけ見えたそれは──
──赤く染った巨大な岩が墜ちてきている光景だった。
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