転生先はプランクトンを所望します。

Planet_Rana

転生先はプランクトンを所望します。


 もし、転生なんてものがこの世にあるのなら。私はプランクトンになりたい。


 カフェバー、「原子の海」の店主は、私の言葉にうんうんとうなづくだけだ。水晶玉を広げて、ランタンに火を点け、ぼんやりと表情を照らし出している。


 間接照明はヨーロッパに多いのだったか、日本人は薄暗いのは好まないのだったか。多分、大昔に月光と蛍雪で勉強していたものだから、光がある生活が恋しくてたまらなかったのだろう。目が痛いぐらいに白い人工灯は昨今なりを顰め、わざわざ黄色のカバーをかけて色を暖かくするのが流行りらしい。


 このバーも店内は酒屋らしく薄暗い。


 間接照明がムードを作るとでも言わんばかりにぼんやりと橙が壁に幾つも貼りついているが、座席はがらがらだ。ちょうど、店じまい直前に駆け込んできた客が私なのである。


 グラスを拭き、ワインボトルを後ろにさげ、個人経営のバーテンダーはこちらを覗き込んだ。


 ご注文は、と聞かれたのでアルコールの入っていない乳酸菌飲料を所望する。


 さて、プランクトンに生まれ変わりたいというお話をされていましたが。


 バーテンダーは注文された品を提供して後、アイスピックを棚に吊るすと砂糖入りの乳酸菌を飲み込む私に返答する。


 なぜそのように思いつめたのか、良ければ話していただけませんか。もしかするとお手伝いできるかもしれません。


 ああ、なんだその話。何のことはない独り言、ただの思いつきのようなものです。ヒトの様に生きて、ヒトの様に在ることに疲れてしまったふとした瞬間に、何も考えたくないなあ、でも生きていたいなあ、責任とか背負いたくないなあと、何とも無責任に呆ける事があるのですよ。


 ほうほう。では、プランクトンになった気持ちになってみてはいかがでしょう。


 プランクトンになった気持ち。


 想像してみる。浮かび上がる体、半透明の自己を恐らく認知することもできない細胞の羅列。海の中だろうか、川の中だろうか、水槽の中だろうか。いずれにせよ食われる以外は他者とのかかわりは生殖のみ、子を結んだあと、はらはらと海に溶ける。


 一日や二日で食われてしまえばそれまで、何も思考することなく何十年も漂えば見た目には大きな謎の生き物となれるだろう。身体の九割九分が水分で、自分である現実は不透明、水と器官との境界は非常に曖昧で、思考しないと仮定してもそのような不完全、あれれ、なんだかプランクトンがただの微生物にしか思えなくなった。


 物足りないですか。


 物足りないですねぇ。プランクトンはもう良いので、他に良い転生先の案はありませんか。


 そうですねえ。そうだフジツボなんかはどうでしょう。


 いいですね、想像してみます。岩礁を求めて体躯をばたつかせ、本能的にしがみついた岩肌で一生を過ごす。生存競争の波もあまりない、静かな護岸が一番いいだろう。あれ、でも別のフジツボが浸食を始めたからやっぱり上の方が良い、でも干からびてしまっては元も子もない。ああ、覆い尽くされて下敷きにされて、皆で石灰のカケラになって後、たぶん魚の口の中。


 食物連鎖で食べられるのは構いませんが、気ままとはいえなさそうですね。私は何も考えたくないし、何にも侵されない生活を送りたいのです。


 それなら、クジラだってクラゲだってサカナだってプランクトンを食べますし、フジツボやカイやヒトデだって天敵ですよ。いっそのこと、天敵の居ない動物を目指すのはいかがですか。


 天敵の居ない動物。ブラックバスとか、ワニガメとか。


 総じてヒトが食べますねぇ。


 あらあら、だとしたら、ヒトが一番生きやすいという結論になりませんか。こんなにも考えて論理立てて試行して思考して、それでもってこの思考回路が気に入らないという生き辛い今日を生きる私への励ましには、どうしてもならないのですね。


 ですねえ。


 そうだ。そもそもプランクトンにも脳はあるでしょう。思考する知能があるかどうかなんて、こちらからみればわかった物じゃあないのだから、鳥や犬や猫やトカゲやカエルの様に、もしくは魚や虫や植物の様に、もしかしたら、もしかすると何かを感じているかも知れないものには、やはり生まれ変わりたいとは思えないですね。


 そうですかそうですか。ところで、何も考えなくてよくて、それでいてずっと生きていられる夢のような転生先を知っているのですが、良ければ紹介してあげましょうか。果たして知の無い環境で貴方のような考えることを生きがいにしているヒトが生きていけるかもしれないとは、なんだかパラドックスが起きている様な気がしたりもするのですが、もしよろしければご案内いたしますよ。


 ええ、できるというなら止めはしません、私は幸せになれればそれでいい。考えないことに慣れればそれでいい。


 承りました。


 カランカラン、カシャン。


 お客様おひとり、原子還りをご所望です。


 カランカラン。


 お代は丁度、貴方の存在一人分。ああでも、原子が集まって元素になり、元素が集まって我々のような生命が産まれたのですから、もしかすると無駄な抵抗なのかもしれませんが。

 ああ、少しでも安らかにお眠りになってください。せめて目まぐるしく回ることなく、楽しい夢が見れるといいですね。


 ランタンの火が消えた。



Fin

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