特殊職/ロストチャイルド

汐崎磨果

特殊職/道案内屋 ep1「彼の場合」

 小学生の頃の話だ。

 横断歩道の前でたむろしている中学生、というのを見たことがあると思う。少なくとも、ぼくの住んでいる地域にはいた。彼ら/彼女らは、部活をするでもなければ家に帰るでもなく、制服姿に重そうなかばんを背負ったままで……気が向いたら座ったり立ったりして、ぼんやりと雑談しながらたむろしているのだ。

 幼心に疑問に思って、こう聞いたことがある。


「おねえさんたちは、おうちに帰らないの?」

「おうちだって〜?ふふっ」


 彼ら/彼女らはそう言ったっきり、ぼくなんて居なかったように談笑し始めた。


 あれからもう十数年経った今でも、彼ら/彼女らが家に帰らない理由はわからないままだ。

 もしかしたら、帰り道を忘れてしまったのかもしれないし……特に関係なく、家に帰りたくなかっただけなのかもしれない。まあ、ぼくにはもう真意はわからないし、わかったところで意味があるわけでもない。


 ただ、あの中学生たちに帰る場所があったのかどうかは、気になって仕方がない。

 ぼくは、今でも帰る場所を探しているのだから。


 /


「……だからさ、迷子っていっても、ほんとの迷子じゃないわけ」


 ファーストフード店で女子高生がポテトをむさぼりながら言っていた。


「人生の迷子?っていうの?ホラ、どこに行けばいいのかわかんなくね?あたしたちさ」

「どこに行けばいいのって言うけど、なんかやりたいこととか無いの?サエ」

「ないよー」

「まぁ、アタシもサエも取り柄とかないし、趣味とかあんまないもんねぇ」

「そそ」


 女子高生の片割れが、ポテトを食べる手を止めた。その手はシェイクに伸びるが、強めに掴んだせいで蓋が破損し、カップの中身はトレーにぶちまけられてしまった。


「ああぁ」

「あーあ、何やってんのハナちゃん」

「やっちった。飛んでない?」

「飛んでないけどポテトは台無し」

「いーじゃん、シェイクにつけて食べるポテトおいしいよ」

「ハナちゃんが飲んだシェイクじゃなければね」


 とは言いつつも、サエと呼ばれた子はてきぱきと後始末をし始めた。手際がいい。「ハナちゃん」がおもわず手放したカップを即座に立てて被害の拡大を防ぎ、六つ折りナプキンを広げてトレー上の水分を取る。ポテトはトレーに敷かれていた広告に包まれてそのまま燃えるゴミへと捨てられた。


「……もったいない。ごめん」

「また買えばいっしょ。あたしバイトしてるから奢るし。次は倒さないどいて」

「あーい」


 当の「ハナちゃん」も、生返事をしながらもテーブルの上を備え付けの布巾で綺麗に拭いていた。

「ハナちゃん」も「サエ」も取り柄がないと嘆いていたが、こういう始末を自然にこなせるのは取り柄の一つなんじゃないのか、とぼくは思う。少なくともぼくには無理だ。


「……ああいう、いわゆるふつうの子が進路にも路頭にも迷わなくてすむ世界ってないもんですかね」

「ばあか、そんなんあったら俺たちだってこうはなってなかったよ」

「そりゃそうですか」

「ねぇしゅうや、ポテトのLもう一個食べていい?」

「やめとけワガタ、太るぞ。それいくつ目だよ」

「今食べたので……6?」

「食べ過ぎだバカ」

「……」


 居場所をなくした子供たち、というのがいる。世界からつまはじきにされた、生きることを許されない、存在を認められない。たいていの子供はそう言う状況になった時点で死んでしまうものだが、そうはいかなかった──あるいは、ぼくたちもそうあったほうが幸せだったのだろうか。


 とにかく、ぼくは、ぼくらはそういうものだった。

 生に執着し、存在を希求し、自信を認めてくれるものを必要として、その結果として、ぼくらはこうして、生きているんだか死んでいるんだかもわからない状態で、ただ世界に存在していた。


 ぼくらを知っている人たちは、ぼくらのことを指して、失われた子供たちロストチャイルド、という。


 ぼくらはそれぞれ、存在し続けるために他者を必要とし、誰かからの認識によって成り立っていて、認識されなくなるとひっそりと存在を、生を手放し、誰にも気づかれずに世を去る。そういうものだ。

 とはいえ、ぼくらは基本的に他者にとして認識されることは少なく、そして、存在を依存させてくれる人、というのもほとんどいない。当たり前だ、人間は未知が怖い、ぼくだって怖い。突然そんなことを言われても受け入れられない。


 だからぼくらは商売をして生計──といってはなんだけど、あながち間違いでもないだろう。とにかく生計だ。生計を立てている。そして商売なら個人差も生じるというもので、たとえばもうほとんど本物の都市伝説と化して失われた子供たちロストチャイルドを脱却せんばかりにむこう数十年生き続ける見通しの立っているワガタみたいのもいれば、讐夜しゅうやのように明日を生きるのも精一杯、みたいなのもいる。


 ぼくはどちらかといえば後者寄りで、讐夜にはどちからというと同情の目を向けてしまうのだが、以前にぼくはおまえほどではないけどおまえに近いから一緒に頑張ろうなと言う旨を伝えたところ、「一緒にすんなモヤシ野郎」と怒られてしまった。つらい。


 ともかく、ぼくは帰り道を失くしてしまったので、ぼく以外の人がぼくのような目に合わないように他者に道を教える商売をしていた。

 支払ってもらう対価は無いに等しい。というのも、ぼくが必要としているのは「誰かに認識されること」と、「目的地とはなんなのか」を思い出すことのため、誰かの行く道に同行させてもらえるだけでいいってわけだ。正直、幼い子供たちの間で噂になるかならないか程度の商売だ。


 それでも讐夜みたいに仕事がぜんぜんこないわけじゃない。この日もぼくには(子供からの)仕事が舞い込んできた。いつもと違ったのは依頼主が未就学児じゃなくって中学生だったってことだ。

 ぼくは少しだけうきうきしていた。何しろ中学生だ。未就学児と違ってまともに言葉が通じる。もしかしたらもっとまともに噂が広がって、仕事が増えるかもしれない。


 /


「どうしたの、迷子かな」

「あ、……」

「待って待って!不審者じゃないよ!きみが、ぼくを呼んだ、はずだけど。ぼくは道案内屋だ、怪しいものじゃ無いよ」

「あっ!あなたが、帰り道を教えてくれるっていう」

「そう」

「ほ……本当にいたんだ。あすみません、良かった。妹の幼稚園で噂になってたおまじないだったから、半信半疑で」

「まあ、ぼくだってきみの立場だったら信じられないし。心配しなくてもきちんと家まで送り届けるよ」

「えっと……お兄さんと一緒に歩けばいい、んですよね」

「うん、そう。やっぱり未就学児じゃないと話が早くていいね」

「あはは……」



 ──でも、ぼくは今日この日大変な不調で、なぜか彼を送り届ける帰り道が全く見えてこなかった。

 結局大した距離はなかったのに、なんだかおなじところをぐるぐるぐるぐると回ってしまい、彼の家にたどりつくまで普段の倍ぐらいかかってしまった。

 見たことがある道のような気がするし、彼本人が先に教えてくれた住所にもなんだか聞き覚えがあった。もしかしたら以前誰かを同じ場所に案内したかもと感じるぐらいには、知っている場所だった。

 だというのに、わからない。歩けない。


「お兄さん、あの、大丈夫?」

「だ、大丈夫……たぶん……いや、ごめん。ちょっと休憩していい?ほんと、申し訳ないんだけど……」

「い、いいですよ。調子悪い時ってありますもんね。あコンビニがありますよ。入っていいですか?寒いですし」

「うん、入ろう。ぼくも行きたい」


 依頼人にすら気を使われてしまう始末で、ぼくは情けなくなると同時に少し怖くなった。なにしろ、ぼくの取り柄はこれしかない。だというのにこの状況では、もしかして、ぼくは、自分が思っているよりもずっとまずい状況で、讐夜よりもずっと早く消えてしまうのではないだろうか、彼を家まで案内すらできずに消えてしまうんじゃ無いのか。

 落ち着くために何かを口に入れよう、と思った。彼がチョコレートを持っているのを見て、なんとなくぼくは飲み物を買おうと思って缶のコーラを手に取った。……ぼくはお金を対価にしていないので、こういうときの収入源は讐夜だのみだ。讐夜の仕事はいまいち存在をつなぎとめるのには役に立たないけれど(なにしろ利用しようと言う人が少ないのだ)、お金にはなるのだ。


「はぁー……」

「どう?お兄さん、落ち着いてきました?」


 イートインスペースで一息つくと、依頼人が声をかけてきた。どうなんだろう。気持ちは落ち着いたけど、道の見えてくる気配はあまりない。ゆるく首を横に振ろうとして、唐突に閃くものがあった。

 突然道が見えるようになった、と言えばいいのか。ようは悪かった調子が元に戻ったような、そんな感覚だ。


「まぁまぁ……まぁまぁ良くなってきた、かも」

「え、ほんとですか!?じゃあ早く行きましょう!悪くならないうちに!」

「あそうだね。いこっか」


 彼の急かすままにぼくはジュースを飲み干してゴミ箱に投げ入れ、速やかに彼の帰路の手伝いを再開した。

 すると意外なことに、今度はすんなりと彼を家まで案内できた。──ただ、なんていうか、違和感のようなものはあったのだけれど。

 たとえば、見覚えのない場所に見覚えがあるような、初めて聞くフレーズなのに知っているように感じるような。


「ありがとうございました。お兄さん、体には気をつけてくださいね」

「うん、こちらこそありがとう。きょうは……なんていうか、うまくいかなくてごめんね。あの、もしこんな情けないのでもよかったら、友達とかにぼくの噂、広めてもらえると嬉しい、んだけど、なんていうか、友達をこんな感じで迷わせたら迷惑だろうから、無理はしないで」

「うーーーん、でも、大丈夫だと思いますよ、お兄さん。次はこんなことにはならないと思うんで」

「え?なんでそんなこと、」

「それじゃあまた!ただいまぁー!」


 たずねようとする前に彼は話を打ち切って家に入ってしまった。ぼくらは許可なくして誰かの家に立ち入ることができない。

 だから結局、違和感の正体はわからずじまいだった。


 /


「あー、しんどーい」

「ねー。もー勉強いやぁー」


 同じ店で、同じ女子高生が会話していた。


「っそうなんです、なんか、ぜんぜんうまくいかなくって」

「そういうことあるよねー。しゅうやー、コーラおかわり」

「あるある、俺も前あったわ。あんときはマジで死ぬかと思った。ワガタお前は何杯飲む気だ」

「ダイエットコーラだもーん。あ、みーくんも気にしなくていいと思うよ。たまにそういうことあるからさ」

「まあ、二人に比べりゃ深刻度はぜんぜん低いですけど――」


 はぁ、とため息を吐いた。この二人に聞いてもらうよりあっちで撃墜している女子高生二人に話を聞いてもらったほうが気が晴れる気がする、などと思ったりしながら、ポテトを一本つまむ。


「あ、ねえ、聞いた?迷ってると道を示してくれる人の噂!」

「あー、聞いた聞いた!あの噂、どこから出てるんだろね?」

「このはな中からって聞いたけど」

「そのこのはな中の子はなんか、幼稚園児から聞いたらしいよ?」

「えー信憑性がた落ち過ぎてウケるんだけど。サエはどー思う?」

「うーんあたしはねえ……」


「ほら、お呼びよ?みーくん」

「あれ明らかにお前の噂だろうなー」

「広めてくれたんすねえ……しみじみしちゃいます」


「よしんば本当だとしてもたまーに道に迷うって言うのが頼りないからぜんぜん駄目だね!」


 バッサリであった。

 彼、そんなところまで含めてうわさを流しちゃったのか。


「消えたい……」

「おちつけおちつけ、マジで消えるぞ」

「気にしちゃ駄目よ、何かいいことあるって」


 ――もうしばらくは、この『たまに迷う』という設定を失くすためにがんばることになるんだろうなあ。ぼくはあの日飲んだのと同じコーラを飲みながら、少しだけ悲しい気持ちになるのだった。


「――あ、仕事呼び出し来てるわよ?」


 仕事がちゃんと増えるのが悲しいところだなあ、もう!






「あれ?そいえばこのはな中ってあれだよね?むかし行方不明事件があったやつー」

「そそ、今も見つかってないんだってね」

「怖いねー。その子も、"道案内屋"に案内してもらえればよかったのにね」

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