第29話 また会おうね

 ひーちゃんが巨大キツネと戦って、一か月と少し。早めの桜が咲く中、無事に卒業式が開かれた。

 ここまで来るのに歌の練習とか、式の練習とか色々あったけど、ふーちゃんの指揮で案外きれいにまとまったんじゃないかなって思う。

 こういうのにあんまり真剣にならなさそうなはーちゃんがわりと乗り気だったのには驚いたし、初めてのことにはとにかく全力になるひーちゃんにはまた違う意味で驚いたりもしたけどね。


 それと、本番で思ったより泣いてる子がいなくて不思議だった。マンガとかだと、感動のシーンみたいな印象が強いんだけど。


「私立の中学に行く子以外はそのまま同じ中学に行くんだし、お別れって感じがしないからじゃない?」


 ふーちゃんの解説にはなるほどって思った。

 ただ、ひーちゃんがこのあといなくなっちゃうことを知ってるわたしたちだけは、お別れって感じを味わってたから泣きそうだったけどね。


 卒業証書授与のときにカメラを連写してるお父さんが見えたおかげで、一周回って冷静になったけどさ……。壇上から降りるときに見えた範囲だとかなり目立ってたから、お父さんのこういうところは本当にやめてほしい。

 写真に意味がないとは言わないけどさ……席に戻ったら周りから色々言われたんだぞ。今日は帰ったらお尻ぺんぺんの刑だ、じひはない。


 まあそんなこともあったけど、卒業式は問題なく進んで、問題なく終わった。


 戻った教室で先生からありがたいお言葉を聞いて、みんなで卒業アルバムの白紙のページに寄せ書きをしたりとか……。

 普段ならそんなに長くいない教室に残って、みんなで色んなことをした。その中にはもちろんひーちゃんもいて……そんな姿を見てると、このクラスにとってひーちゃんはもう当たり前にいる友達なんだなって感じがして、またちょっと寂しくなった。今日で最後だから。


 そして時間もいっぱいになって、教室を、それから校舎を出たわたしたちは、出迎えたお父さんたちに集合写真を撮ってもらって本当の解散になる。


 だけどわたしたちは、まだもう一つだけしなきゃいけないことがある。だからお父さんたちに断って、四人で校庭を歩くことにした。

 先頭にはひーちゃん。あんまり見られないほうがいい話をするからか、人のいないほうに向かって進む。


 たどり着いたのは、もう長いこと使われてないのに、なぜか今でも残ってる古い焼却炉の前。そのすぐ近くには、他より小さい桜の木が春風に揺れている。


 その木を見上げたひーちゃんは、なんだか迷ってるような雰囲気だった。何も言わないで立ち尽くしている。

 わたしたちもなんて言えばいいのかわからなくて、黙ったまま。そうやって、静かな時間が少しだけ続いた。


「うむ……何か気の利いたことを言おうと思っておったのじゃが。駄目じゃ、何も思い浮かばん」


 ようやくひーちゃんが口を開いたかと思ったら、彼女は苦笑いしながらこっちに振り返った。

 そう言ってほっぺをかく彼女に、わたしたちは思わずがくりとずっこける。


「なんだよ! ずーっと黙ってるから、なんかとんでもないこと言われるかもって思ってたのに!」

「そうだよー、緊張してたわたしたちがバカみたいじゃん」

「そういう計画性のないところ、この二人の悪いとこが移ったんじゃないの?」

「おいカナ子、イズ子と一緒にすんなよ。あたしこいつほど無計画じゃねーぞ?」

「そうかしら? 五十歩百歩だと思うけど?」

「わたしからはノーコメントでお願いします」

「お前は関係ありませんみたいな顔してんじゃねーぞ!?」

「ふふ……はっはっは!」


 そのまま三人でわちゃわちゃしてたら、ひーちゃんが声を上げて笑い始めた。


「うむ……こういうのが心地よかったんじゃよなぁ。お主たちとしていたこういう深い意味のない会話が、わしにとって何より楽しい時間であった」


 だけどその顔は、すぐにどこか悲しげな笑い顔に変わる。


「じゃが……前にも言った通り、わしは今日を最後にこの柊市を去る。行かねばならぬところがある。戦わねばならぬ怪異がある。お主たちと過ごす楽しい時間は……今日で終いじゃ」


 まっすぐわたしたちを見たまま、ひーちゃんが言いきる。絶対にそれは変わらない、っていう強い意思を感じる言い方だった。


 それはわかっていたことだけど……でも、こうやって面と向かって、しかもはっきり言われると、やっぱり心に来るものがある。


 わたしたちは一度だけお互いに見合わせると、改めてひーちゃんに顔を向ける。はーちゃんもふーちゃんも、複雑な顔をしていた。きっとわたしも。


「すまんな……もしもわしが普通の家に生まれ育った身であれば、このような別れをすることもなかったじゃろうが……」


 そしてそれは、ひーちゃんもだ。

 でも……その言い方は、ちょっと納得できないかな。


「それは違うよ!」


 だからわたしは、彼女を遮った。自分の言葉で、彼女の言葉にフタをする。

 それを予測してなかったのか、彼女は青い目を丸くしてわたしを見た。


「だって、ひーちゃんが魔法使いじゃなかったら、きっとわたしたち会えてないもん。会えてたとしても、きっとこの四人が仲良くなることなんて、絶対なかったはずだもん!」


 そうだ。わたしは断言する。

 わたしたちが仲良くなれたのは……わたしたちが一緒に笑い合えるようになったのは、ひーちゃんがいたからこそなんだから。


「わたし、ひーちゃんが来るまで、はーちゃんとは絶対分かり合えないって思ってた。住んでる世界が違うくらいに思ってた。だってわたしはオタクで、はーちゃんはファッション大好きな陽キャだもん」

「……そーだな。あたしもイズ子のこと、全然見てなかった。知ろうともしないで、よくわかんないのにおかしいって決めつけてた。けどトー子が叱ってくれたから、間に入ってくれたから、ちょっとだけ見れるようになったんだ」

「それに、ふーちゃんだって、鬼の委員長だって思ってたよ。真面目で、ルールに厳しくって。ちょっと普通と違うことしたら怒ってくる頭の固い子だって思ってた。こっちはこっちで、違う人種だなって思ってた」

「……反論したいところだけど、ちょっとできないかもね……。何があってもルールは守らないといけないって考えてたわ。それは今でもだけど……でも、やりすぎると相手の存在を否定しかねないってことは光さんが教えてくれたことね」

「ほら! だからね、わたし思うんだ。わたしたちはひーちゃんに魔法をかけてもらったんだ、って! 友達の魔法をひーちゃんにかけてもらったんだ、って!」


 その魔法は、青い色をしてる。わたしたちが住んでる地球のような、輝くような青い魔法。

 それがわたしたちを繋げてくれたんだ。わたしは、そう信じてる。


「……だからさ、ひーちゃん。ひーちゃんが魔法使いじゃなかったら、確かにこんな突然お別れにはならなかったと思うけど……でも、そんな気持ちになるくらいみんなと仲良くなることもなかったと思うから……だから、そんなもしもは考えなくっていいんだよ!」


 わたしはひーちゃんの手を取りながら、そう言い切った。

 隣ではーちゃんとふーちゃんがうんうんって何度も頷いている。


 そんなわたしたちを見て、ひーちゃんは少しだけ目をぱちぱちさせて驚いてたけど……すぐにふっと笑って、そのまま声を上げて笑いだした。ついさっきみたいに。


「そうじゃな! 確かにその通りじゃ! こいつは一本取られたのう!」

「わぷっ!?」


 そのままわたしはひーちゃんに引き寄せられた。ぎゅっと抱きしめられて、けど背中を数回叩かれたあとすぐに解放される。


「じゃがそれを言うなら、魔法にかけられたのはわしのほうじゃて。泉美、お主がいたから……お主があれほど熱心にわしに語り掛けてくれたから、わしは今こうしてお主たちと共におるんじゃ。わしらの中心にいたのは、いつだってお主だった」

「そ、そうかな?」

「そうじゃよ。そういうことにしておけ。じゃからな、泉美。ありがとうな。お主に会えて、本当に良かった」


 すぐ目の前で、ひーちゃんがにっこりと笑う。いつもしてる、勝気な笑い方じゃない。わたしと同い年の、普通の女の子がするみたいな優しい笑い方だった。

 そのまま彼女は、はーちゃんとふーちゃんに同じ笑顔を向ける。


「泉美だけではない。きっと二人だけではここまで楽しい時間にはならなかった。樹里愛も奏もいてくれたからこそ、わしはどこにでもある『普通の時間』を知ることができたのじゃ。じゃから、本当にありがとう」

「……そう思うんだったら、今日で終わりとか言うなよ。たまにでいいから、戻って来いよな」

「そうよ。私たちだって、光さんがいてこそって思ってるんだからね」

「それは機会があれば、かのう」


 ひーちゃんの笑顔が、いつものにやりとしたものに変わった。

 ああ、いつものひーちゃんだ。見慣れたこの笑顔が、なんだか妙に安心するよ。


「……でも、可能性はゼロじゃないんだよね?」

「まあな。とはいえわしに会う機会となると、その場所で何か異変が起きているときくらいじゃが……」

「なら大丈夫だな。何かあっても、お前にもらった指輪が守ってくれるだろ?」

「あれだけ巻き込まれたらもう慣れたしね。むしろ今度は光さんを手伝えるかも」

「いいねそれ! 今回は守ってもらってばっかりだったけど、今度はわたしたちもひーちゃんを助けたい!」

「カナ子にしちゃ名案だな! よっしゃ、今度会うときはみんなで異変を解決だ!」

「「「おー!!」」」

「お、おーう」


 珍しくふーちゃんがわたしたち乗っかってきて、三人で握った手を振り上げる。

 ひーちゃんも、苦笑いしながら遅れて同じように手を上げた。だけどどことなく嬉しそうなのは、きっと気のせいじゃないはずだ。


「……うむ。そうじゃな。ここで終いというのはいかにももったいない。可能性がわずかにでもあるなら……こう言うべきであった」


 そして彼女は姿勢を正すと、わたしたちの前で腕を組んでうんと大きく頷いて。


「泉美! 樹里愛! 奏! ……また会おう!」


 そう言った。

 だから、わたしたちも言うんだ。


「うん! また会おうね、ひーちゃん!」

「ああ! 絶対だぞ!」

「ええ! 約束よ!」

「おうとも!」


 そしてもう一度頷いたひーちゃんの身体に、青い光がまとわりつく。

 するとそのまま、彼女が空へと浮かび上がっていく。上がりながら、彼女の身体がゆっくりとわたしたちと違うほうに向いていく。


「では行ってくる! 三人とも達者でな!」


 そしてひーちゃんが最後にそう言って手を振った瞬間。

 彼女はすごいスピードで空の彼方へ飛び去って行った。あとには青い光がかすかに残って……まるで地上から空に向かっていく流れ星みたいで。


 ……ああ、あの日の青い流れ星は、きっとひーちゃんだったんだ。なんとなく、そう思った。証拠はなんにもないけど、違いない、って。


 見えなくなったひーちゃんにみんなで手を振りながら、わたしは勝手に確信したのだった。

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