第13話 突然の襲来
それからというもの、委員長は光さんと花房さんをマークするようになった。彼女が言うには、これ以上二人を悪い道に行かせないための監視らしい。
とはいえ、花房さんはモデルの仕事でちょくちょく学校を休む。前よりその頻度が上がってるんだけど、最近は子役もやらないかって話が来てるみたいでそこら辺が関係してるんだと思う。
「どーしよ、このままじゃあたし日本一かわいい子役としてハリウッドとか行っちゃうかもー!」
なんて、自慢げに語ってたから間違いないと思う。本当に行けるかどうかはさておき。
それと光さんも、休んだり早退したりするようになった。
「学校での生活も一段落したしな。しばらくは本業のほうに力を入れたい」
とかなんとかでね。本業ってのは、要するにバケモノ退治のこと。柊市の平和のためにもがんばってほしいところだ。
だけどそれがまた、委員長を疑わせてるってことはもうちょっとなんとかしてほしいって思わなくはない。
わたしや花房さんはそれが場所を選ばないことで、何かあったらすぐ行かなきゃいけないんだってわかってる。光さんがいれば事件になってもなんとかしてくれる、ってことも。だから彼女が休みがちなことには何も思わないんだけど……。
「光さんったら、また勝手に早退して……! きっと悪い人と付き合いがあるんだわ! なんとかしないと!」
なんて、目ならぬメガネを光らせて日常的に言われるわたしの身にもなってほしい。
「イズ子も大変だなー」
「人ごとみたいに言わないでよ……花房さんはいいよね、ちょくちょく公欠するし。でもその間委員長の相手全部わたしに来るんだからね……」
「それは悪いって思ってるけどさぁ」
「いやうん、わたしも八つ当たりってことはわかってるんだけどね……」
そんな会話をして、花房さんと二人でため息をつく日が増えた。
「ねえ光さん、なんかこう、リリカルでマジカルなパワーでそれ系の休みを公欠にできない?」
というわけで、久々に三人が揃って一日が終わったある日。光さんいわく、そっちの仕事の休業日の放課後、彼女を呼び止めて提案してみる。
「んん? 特にその必要性を感じておらんかったが……何かあったのか?」
「あったもあったよ! ねえ花房さん!」
「おう。実は委員長がうるさくってさぁ」
「本人が後ろにおるのじゃが?」
「うげっ!?」
慌てて花房さんと一緒振り返れば、そこには笑顔のまま怒ってる委員長が。メガネの向こうの目に、ハイライトがない。おまけになんか、黒いオーラみたいなのか見える気がする……!
「うるさくて悪かったわね。そんなことより、やっと三人揃ったわね! 今日という今日は逃さないわよ!」
「うへー……」
「いい加減諦めりゃいいのに……」
「なんというか、大体察したわい」
びしっと指を向けてくる委員長に三人でため息をついて、わたしたちはお互いを見る。
どうする? って感じで、アイコンタクト。花房さんが両手を広げながら肩まで上げて、光さんが苦笑いをした。
『逃げるか。うちの車に乗ってしまえばこっちのもんじゃろ』
と同時に、テレパシーが飛んできた。久々だったからちょっとびっくりしたよ。
内容にもびっくりしたけど、まあ、そうなるかって感じだったからわたしは頷いた。花房さんも同じ。
「光さん、最近の無断欠席、早退について何か申し開きがあるのなら、ぜひとも聞かせてもらおうかしら!」
『では一二の三で走るぞ。一、二の、三!』
委員長が怖い顔して近づいてくるのをよそに、光さんは遠慮なくテレパシーで伝えてきた。話聞く気なさすぎて一周回って笑えてくる。
「さらばじゃ!」
「あっ!? ちょっ、待ちなさい!」
「やなこった!」
「右に同じー!」
当然委員長が追いかけてくるけど、三人揃って待つ気なんてない。
とはいえ、わたしが少しずつ遅れていくのがなんとも申し訳ない。わたしが一番運動オンチだから、当然とも思うけど……このままだと捕まっちゃうぞ。
そう思ってたら、校舎を出たタイミングでスズメの大群がわたしたち……の横を通りすぎて、委員長に群がった。
「ふえ!? な、なにこれー!?」
突然の出来事に、委員長が立ち止まる。スズメは別に襲ってるわけじゃなくて、むしろ懐いてるくらいに見えるけど……どう見ても普通じゃない。ってことは?
「今のうちに逃げ切るぞ、泉美」
「うん! ……ねえ、あれってもしかして」
「うむ、魔法でちょいとな」
委員長の足がとまったからか、わたしに合わせたペースに落とした光さんが、隣でにへっと笑った。イタズラ大成功! って感じだ。そういう顔もするんだね。何してもかわいいのはずるいと思う。
でも、おかげで肩の力が抜けた気がする。わたしが悪いって思ってても、彼女はそんなことは思ってなさそうだし。
そうこうしてるうちに、学校の門が見えてきた。そこにはいつものように、黒い車と執事さんが待っている。
……またあれに乗れるのかぁ、楽しみだなぁ。
「……! 二人とも止まれ!」
「ひゃっ!?」
「うわぁ!?」
ところが、いきなり光さんに手首をつかまれた。光さんはとまりながらそれをしたものだから、そんなの予想してなかったわたしは思いっきりコケそうになる。それ自体は光さんが支えてくれたけど、それでもギリギリだった。
花房さんも同じ状態で、勝気な彼女は光さんをにら……もうとして、何かに気づいたような顔をする。
彼女に遅れてわたしも光さんを見て……そこで気づいた。
光さんの顔が険しくなっていた。青い目は鋭くて、あっちこっちに視線が行きかっている。
「……トー子?」
「まさか?」
これはあれだ。そう思って声をかけた直後だ。
光さんが無言で、かばうようにわたしたちを後ろに押し込む。と同時に、目の前の何もない空間にヒビが入った!
「ぅえっ!?」
「げっ!?」
ついでにガラスにヒビが入ったときみたいな、甲高くてイヤな音もした。
だけどそんなことより、今目の前で起きた明らかに普通じゃない出来事に、わたしと花房さんは光さんの身体に隠れるようにしてかがんだ。
恐る恐る顔だけ出して、それをちょっとだけ確認して。消えてないヒビに、思わずごくりとつばを飲み込んだ。
一方、光さんは目の前のヒビに対して身構える。
「……そのまさかじゃ。滅多にないことじゃが……敵がこちらに出て来る。二人とも、渡した指輪は持っておるな?」
「う、うん!」
「も、もちろんだっ!」
「よし……と、言いたいが……」
わたしたちの答えに、満足げに頷いた光さんだったけど……すぐにため息をついて、頭をかいた。
なんでそんなこと……って思ったけど、ああ、そういえば!
わたしは恐る恐る後ろを振り向いた。そこには……。
「ちょ、ちょっと!? 何これ、どうなってるの!?」
委員長がいて、メガネの奥の目を丸くしてびっくりしてる。
そうだ、わたしたち委員長に追いかけられてた途中だったんだ。
見られちゃった……!
わたしがそう思って、改めて光さんに目を向けようとしたそのとき。
「来るぞ!」
光さんが鋭く声を上げて、直後、目の前のヒビが完全に割れた! 何もない空中に、ぽっかりと大きな穴が開いてその向こうにはあの真っ赤な空間が広がってるのが見える。
そしてそこから出てきたのは……。
「……きゃああぁぁーっ!?」
「クモだーーっ!?」
「でかっ、なんだこれぇ!?」
そう、大きなクモだった! そいつがガチガチと口……牙? を鳴らしながら、まっすぐこっちに突っ込んできた!
「ちぃっ!」
それを見た光さんの右手が、光った。ううん、右手じゃないや。右の手首に着いている黒い腕輪が光ったんだ。
その色は、光さんの目と同じ青い色。そしてその光が収まったとき、光さんはあの黒くてとても長い杖を握っていた。
ぐぅん! と風を切る音がして、杖の先が真正面から巨大クモの顔にたたきつけられる。その威力は見た目以上だったみたいで、巨大クモはあっさりと真っ二つになった。
かと思えば、光さんはその勢いそのままに地面を踏みしめて腰を落としながら、上半身だけをひねって後ろを向いた。そしてそれに合わせて左手を大きく突き出して……手のひらからまるで槍みたいな青い光が発射される。
それはわたしのすぐ上をすごい音を立てながら一気に通り過ぎて……さらに突然のことで立ち尽くすしかない委員長の真横も通り過ぎて。
「ギィッ!?」
「!?」
委員長の後ろに新しく開いた穴から出てきた、別の巨大クモを貫通した。
そのまま地面に倒れたクモを、信じられないって感じの顔で振り返った委員長は、そのままその場にへたり込む。
とここで、そんな彼女とわたしたちの間に、ものすごい音を響かせて黒い車がドリフトで割り込んできた。
とまるのと一緒に後ろのドアが開いたその車の運転席にいたのは、なんと光さんの執事さん。この状況を見て、ここまで来てくれたみたいだ。
「三人とも、その車に乗れ!」
続いて、光さんがその身体からはとてもじゃないけど想像できない大きさの声で叫ぶ。
思わず彼女に目を向けてみれば、彼女は新しく穴から出てきたたくさんのクモの相手をしていた。
うわあ、わたしただでさえクモ嫌いなのに、あんな大きいのがあんなにたくさんいるとか、気持ち悪い!
光さんの邪魔しないから、このままここで彼女の活躍を見たいなって思ってたけど……あんなのがいるんだったら話は別だ! そもそもいたところでわたしなんて邪魔でしかないんだし!
というわけで、わたしは吐き気をこらえながら、光さんに言われるまま車に飛び込んだ。花房さんがそのすぐ後ろに続く。
「……委員長!」
「お前も早く!」
「い、いやっ、こ、来ないで……!」
だけど委員長が乗ってこない。彼女は腰が抜けたのか、立ち上がる気配がない。
おまけに、彼女の後ろに開いた二つ目の穴から、わらわらと巨大クモたちが出てきてて……委員長に殺到してて。
「『
ダメだ、間に合わない!
そう思ったとき、光さんの声が響いた。
するとどうだろう。委員長の身体を、青く輝く花が包み込んだ。
花は半透明で、委員長の姿はちゃんと見える。そしてその花が、クモたちの身体を押しのけた。
バリア? もしかしなくても、バリアだ!
「『
そしてもう一度、光さんの声。
今度はクモたちの足元から大量の青い茎みたいなものが生えて、その身体を貫いた。それはそのまま成長し続けて花をつけて……すぐさま根本から一気に凍りついていく。
やがてクモたちはそれに飲み込まれて、すべてが完全に氷の像になる。そして最後は花が散るのと同時に、全部砕け散ってしまった。
この間、たぶん十秒もなかったと思う。あまりにもあっという間の、きれいだけど残酷な花の姿にわたしたちは言葉も出ない。
「奏! 早う車に乗るんじゃ!」
だけど続いた光さんの声で、わたしは我に返った。
委員長は相変わらずへたりこんだままで、涙目で口をパクパクさせてる。
それを見て、わたしは覚悟を決めた。今なら委員長の周りにクモはいない。胸元に手を伸ばせば、あの指輪もちゃんとある。使ったことはないけど、光さんの言う通りならこれが守ってくれるはず。だから……!
「あっ、おいイズ子!?」
わたしは乗ったのとは逆のドアから飛び出すと、委員長に駆け寄る。後ろから花房さんが声をかけてきたけど、たぶんこんなこと、今しかできないから!
そのままわたしはできる限り全力で委員長のそばまで来ると、彼女の手を取ってぐいっと持ち上げる。
「た、平良さん……」
「委員長、逃げるよ!」
そのまま委員長の手をわたしの肩に回して、なんとか一緒に立ち上がった。
……まではよかったんだけど、そこから先がダメだった。これ、思ったより重い!
いや、委員長が重いんじゃなくってわたしの力がないのがいけないんだけど。くっそぉ、マンガとかでよく見るやってみたいシチュエーションの一つだったのに、これってそんなに力がいるんだ!?
運動オンチだからって体育の成績諦めてたけど、これからはもうちょっとがんばろう……!
「ったく、オタクのくせに無茶するよ!」
ひそかにそんな決意を固めていたら、花房さんの声がすぐ近くで聞こえた。
思わず顔を上げると、そこには委員長を挟んでわたしの反対側に回り込んだ花房さんがいた。
そして彼女は、わたしと同じように委員長の身体をぐいっと持ち上げる。
「花房さん!」
「花房さん、あなた……」
「うるせー、いいから逃げるぞ!」
「うん!」
「わ、わかった……わかったから、あの、もう少しゆっくり……」
「言ってる場合じゃないだろっての!」
「そうだよ!」
そう言ってのろのろ歩いてる間にも、後ろからなんか嫌な音が聞こえてくるんだよ。考えるまでもなく、クモがこっちに近づいてきてる音だよね。
さっき光さんがかけてくれたバリアの魔法はまだあるし、定期的に光さんのほうから青い魔法の弾が大量に飛んできて、後ろから、こう、うまく言えないけどうまく言えなくてもいいようなヤバそうな音が聞こえてくる。
だから危険はないけど……それはそれとして、このままわたしたちがここにいたら、きっと光さんは満足に戦えない。だってわたしたちは、魔法なんて使えないし戦い方も知らないんだから。
「ふ、ふう、つ、着いたぁ!」
「車を出します。お三方とも、しっかりとつかまっていてくださいね」
そうしてなんとか車の中に戻ったわたしたちに、運転席から声がかかる。
と同時にバダン、って車のドアが閉まって……すぐにぶおおぉぉん! っていう派手な音と一緒に、車がぐるっと逆向きに回転した。
「ぎゃー!?」
「いやあぁぁーっ!?」
「うわっぷぅ!?」
確かにつかってろって言われたけど、だからっていきなりそんなことするなんて思わないでしょ!?
当然のようにわたしたちは後部座席でぎゅんぎゅんかき回されて、そのまま三人揃って抱き合ってるような状態でシートに倒れることになった。
「も、もうちょい丁寧にやってくれよなぁ!」
「いえ、まだ行きますよ」
「おいィ!?」
花房さんが自分のぶつけたところをさすりながら抗議する。だけど執事さんは手加減してくれなかった。
そのままもう一度車に大きな声を上げさせて、猛スピードで発進したんだ。しかも、近くまで迫ってきていたクモたちを轢き飛ばしながら。
「えええぇぇ!?」
「ご安心を、この車には主人の防護魔法がかかっておりますので。この程度では決して壊れません」
「そういうことを言ってるんじゃないわよ!?」
「そうだよぉ!」
委員長に続いて、わたしも声を上げる。
だけど、
「あ、あそこ曲がりますのでお気をつけて」
「だからぁー!!」
「執事さんやめてぇー!!」
「きゃーっ!?」
やっぱり執事さんは聞いてくれなくて。
宣言通りに角を曲がったけど、ほとんどスピードを落とさなかったせいで、わたしたちはまた車の中であっちへこっちへと振り回されることになった。
……最終的に、一人も酔わないで済んだのは正直奇跡だと思う……。
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