第124話

 


「きゃっ!」


ナーオット殿下に連れてこられたのは、以外にも街外れにある一戸建ての家だった。


いつから手入れがされていないのかわからない程に庭は荒れていた。


しかし、家の中だけは適度に掃除がなされているようで、埃は積もっていない。


そんな家の一室にナーオット殿下の手によって強引に放り込まれた。


「レイっ!まさか、異世界に来てまでレイに会えるとは思わなかったよ。可愛い可愛い私の玩具。ねえ、レイ。君を死なすつもりはなかったんだよ?私だけの玩具なのに、壊すだなんてことはしないから安心していいよ。」


「やっ・・・。」


部屋の中は殺風景だった。


家具もなにもない部屋だった。


ただ、部屋の入口とは反対側に位置している大きめの窓があった。


そこからは外に出られないように、窓に格子状に杭が打たれている。


もしかして、ナーオット殿下は私を監禁するためにここに連れてきた・・・?


でも、それならばナーオット殿下が部屋を離れた瞬間が逃げるチャンスだ。


さっさと転移してしまえばいい。


そっと窓の外を格子の間から見れば、ユキ様が心配そうにこちらを見つめていた。


『ユキ様。私は大丈夫ですから。ユキ様も安全なところへ。』


『いやよ!もう、レイを失いたくないもの!!』


「窓の外になにかいるのかい?」


私がナーオット殿下から視線を外していたことに気づいたのだろう。


ナーオット殿下が不審げに窓の外に視線を向ける。


『ナーオット殿下に気づかれたわ!ユキ様!早く逃げてっ!!』


『えっ!?ちょっ・・・。』


「・・・猫、か?」


間に合っただろうか。


私は咄嗟に転移の魔法をユキ様に対して使用した。


今まで自分と一緒にいる人しか転移させたことがないから成功したかはわからないけれども、ユキ様の姿が掻き消えたのできっと転移できたのだと思う。


ナーオット殿下も、窓の外を見ながら目を擦っている。


急に猫が消えたからびっくりとしているのだと思う。


でも、猫と言えばすばやい生き物だし、目を離した一瞬で姿を消すのも容易い。


特に黒猫は影にそっと隠れ、風景に溶け込むことができるのだから。


「まあ、いい。日本では妻にできたからゆっくりと可愛がれたのにあの兄妹に邪魔をされてレイとは離婚させられてしまった。私と離婚したからだろう?私との離婚が辛かったからレイは自ら命を絶ったのだろう?」


ずずいっとナーオット殿下の顔が迫ってくる。


首筋にあたるナーオット殿下の吐息がとても気持ち悪い。


「こ、こっちにこないで・・・。」


「あの邪魔な兄妹はちゃんとに始末したんだ。はははっ。彼らには悲惨な最期を過ごしてもらったよ。それもこれも私からレイを取り上げるからだよ。でもまさか、始末した後に私まで崖から足を滑らせてこの世界に転移してしまったことは想定外だったが・・・。レイが呼んだんだね。寂しくて、私に構ってほしくてレイが呼んだんだろう?」


「なっ!?マコトさんとユキちゃんを!!」


「ほぉら。私のことを覚えていたね、レイ。私を焦らした罪は重いよ。いつも以上に可愛がってあげるからね。」


ユキ様とマコト様はナーオット殿下に殺された・・・?


まさか、そんな・・・。


私とナオトさんの離婚を後押ししたから殺されただなんて、そんな。


そんなことって・・・。


「ねえ?レイ。レイには私しか味方はいないんだよ?早く気づきなよ。レイと仲良くなろうとする奴なんて皆消してあげるから。安心して私の物でいるといいよ。ずっとずっと可愛がってあげるから。」


「い、いやっ!!」


ナーオット殿下は手に小さ目のナイフを持って私の方に、にじり寄ってくる。


ナーオット殿下が持っているナイフが私の首筋にピタッと当てられる。


「ハズラットーン王国の皇太子はね、とっても邪魔な存在だったんだよ。私にとってはね。だから、暗殺者を何人か雇ったんだ。だけれども大怪我は追わせられたけれども、残念ながら逃げられてしまった。これから、ハズラットーン王国へ攻め入ってみようかと思ったんだけどね、レイが自ら来てくれたからやめることにしたよ。」


「な、なぜ。エドワード様を暗殺だなんて・・・。」


「なぜって?だって、私のレイを独り占めしているんだよ?許せないじゃないか。レイは私の物なのに。」


首筋に当てられたナイフが、私の首筋の薄皮を一枚傷つける。


「痛いっ・・・。」


チリっとした痛みが首筋に走る。


「ああ。ごめんごめん。ナイフが肌にあたってしまったね。血が出てる。大丈夫、私が舐めてあげるからね。」


「いやっ!」


ナーオット殿下はそう言うと私の首筋に顔を埋めた。


直後、首筋に感じる生温かな感触。


「ふふふ。レイは血も甘いね。でも、これは仮の身体なのだろう?本体はどこにあるんだい?私はレイの本体も味わいたいよ。」


「し、知らないわっ!気づいたらこの身体にいたのよ。こ、これは借り物の身体なの!!お願いだから傷つけないでっ!!」


そう。


この身体は私の身体ではない。


ライラの身体なのだ。


「ふぅん。そうか、レイはこの身体があるから元の身体に戻れないんだね。ああ、元の姿の君が見たいよ。・・・あれ?この身体なんだか見覚えがあるような気がするな。」


「・・・っ!!?」


ライラがナーオット殿下の雇った暗殺者の一人だと気づかれた!?


不穏な光を放つナーオット殿下の瞳から視線を外し、ギュッと目を瞑る。


一瞬でもいい。


一瞬でもいいから、私の・・・ライラの身体からナーオット殿下の手が離れれば転移できるのに。


「ああ。そうか。君は私が雇った暗殺者の一人だね。肌の色や髪の色が違うけれども匂いが一緒だね。」


ナーオット殿下の持つナイフが、私の首筋から下にツツーッと動かされる。


服の襟元にナイフを滑らすとそのまま一気に服を切り裂いた。


「きゃっ!!!」


「はははっ。左胸の下に刺し傷があるところまで一緒だね。もう誤魔化しはできないよ。ああ、そうか。私は裏切られたんだね。寂しいよ。残念だよ。ねえ?レイチェルの身体は別にあるんだろう?そちらは無事なんだろう?」


「・・・あっ・・・やだ・・・。」


素肌を走るナイフの感触が恐怖でしかない。


もう頭の中は恐怖でいっぱいだ。


「ねえ、レイ?君を元の身体に戻してあげるよ。うれしいだろう?元の身体に戻ったら私のところに戻っておいで?そうすればナーオット殿下を暗殺するのは止めてあげるよ。好きなんだろう?彼のこと。」


「いや・・・いや・・・。」


「ねえ、レイ。必ず戻ってくるんだよ。そうしたら君の親しい人たちには手を出さないでいてあげるからねっ!」


「・・・あっ。」


グサッと心臓を目掛けて突き刺されるナイフ。


刺された場所がとても熱くなり苦しくなっていく。


「ははっ。まだ生きている?でも、このナイフを思いっきり抜いたら・・・どうかな?」


「ぎゃっ!!!!」


勢いよく抜かれえるナイフ。


ナイフが抜かれた場所からは一気に血が噴き出しナーオット殿下の顔や身体を真っ赤に染め上げた。


「レイ。約束だよ。私の元に帰ってくると。帰ってこなければ大事なものをひとつずつ取り上げてあげるからね。」


ナーオット殿下の不穏な言葉を聞きながら私の意識は途切れた。


 


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