もふもふの奴隷になりました。全力でお仕えするもふ

F

第1話 人間は便利な奴隷

 この国の貧乏人にとって子供は金だ。

 私は10歳で奴隷どれいとして売られた。もちろん親によって。私が小さい頃によく遊んでくれていた兄と姉も、私より先に売られている。


 奴隷商で一通りの奴隷の心得を教え込まれ、そのまま人族である私の需要が1番高い国に送られた。

 移動に半年。

 狭い馬車にみんなで詰められた。

 どんな悪路でも酔わない私は、車酔いした子の背中をさすったり、吐く時用の麻袋を持ってきたりと、なかなかに充実した旅だった。人に尽くしてお礼言われるの楽しい。


 奴隷には様々な権利がないらしいけど、やっと11になろうという年齢の私にはつらさなど想像できなかった。そんなこんなで労働の楽しさに目覚めていた私は、商品として並んでいた時も働く意欲に溢れていた。だからたぶんすごくいいところに買われたんだと思う。


 私を買ったのは白熊親子だった。

 貴族らしく、平民の熊と違い毛が柔らかくて繊細らしい。

 私は子熊の坊ちゃまの世話係として買われた。


 獣人の国であるこの国の貴族は、子供の侍女や従僕じゅうぼくとして人族を奴隷にするものらしい。

 私も故郷で受けた奴隷の教育で、ブラッシングは優しく、ゆっくりと、なるべく毛が切れないように丁寧に。と教えられている。

 貧乏な故郷の人族は、これ用の奴隷の購入地になっているのだろう。


 貴族だけでなく、だいたいの裕福な家庭にも最低1人は人族の奴隷がいるらしい。

 人族は体が弱い。だが手先が器用であるし、暑いところも寒いところも、服を着せたり脱がせたりで対応可能。


 獣人族の中でもとりわけ器用だと言われているさる族に勝るとも劣らない器用さとその利便性ゆえに、人族の奴隷は人気らしい。


 私の主人である白熊の坊ちゃんは、由緒正しき公爵令息にふさわしく、それはもうふさふさふさふさ、もふもふもふもふしておられる。私もなでなで命令がくるのを毎日楽しみにしている。


 獣人族は腹を他者に触れられるのを警戒するが、行動に制限がある奴隷ならば安心して腹を出せるのだそうだ。警戒している時は腹を触られるのは嫌だけれど、そうでない相手にならむしろ触られると幸せらしい。獣の心は人族には理解できない不思議なものである。もふ。




 もふい坊ちゃまは貴族だから、決まった婚約者がいるらしい。

 結婚相手が決まってるとか安全操業の人生だぁ私と大違いだぁと思ったりした。はじめて私がその伯爵令嬢に出会ったのはカラリと晴れた夏の日だった。


 白熊な公爵家は北方に領土があるので、夏の間は王都を離れて領地に避暑なさる。

 そこにやってきたのが、同じく寒い地域出身の桃熊族が令嬢ピニー様である。

 白いもふもふな我が坊ちゃまと、薄桃色のピニー様が草原でころころ駆け回って遊んでいる姿はもう、もう、もう!


「くはぁ……キュン死にする」

「うちのお嬢様は今日もお可愛らしい……」


 私の隣でそうつぶやくのは、伯爵令嬢専属のもふもふ係、まちがった専属の侍従奴隷じじゅうどれいの人族である。聞こえてきた声に、ついムッとした。


「まぁお嬢様もなかなかのかわいらしさですけれど、うちの坊ちゃんが一番可愛いしもふいし最高の主人です」


 ムッと隣の男が顔をしかめる。


「いやいや、お嬢様のさらさらな毛のさわり心地はまさに最高級品、あの細く艶やかな毛は、抜け毛で作る3歳記念ぬいぐるみを作るのにも苦労するほどですよ。まさに最上の毛! お嬢様こそ最高の主人ですね」

「まぁさらさらも捨てがたいですけど。私は触った時の弾力、あのもふぁっと押しかえしてくる柔らかな坊っちゃまの毛が最上であると思いますねぇ」

「む、それは、魅力的。しかしそれでもまぁお嬢様の毛が一番ですよ、ええ、つるさら指通りの至福感……たまりません」

「お互い、自分の主人が一番ということで」

「いいでしょう。それで折り合いをつけましょう。私はやはりさらさら推しですが」

「私とて、ふわふわが一番ですよ」

「はははは」

「ふふふふ」


 という奴隷同士のアホな張り合いをしつつ、きゃっきゃうふふとラブを温めているご主人様たちを見守った。極上のもふもふが二人ころころ花畑を遊びまわっている。

 ここは天の国だろうか。天使はどこ。あ、主人たちが天使か。納得。


「幸せな日々ですねぇ」

「そうですね……奴隷になると言われた時はどうなることかと思ったものですが」

「私もです。ブラッシング技術を叩き込まれているときはなんだこれって思いました」

「分かります。あれは業者の説明不足ですね」

「まぁ私たちは商品というモノですからねぇ。人として扱ってなかったんでしょうねぇ」

「……僕は良いところに買われました」

「他はどうなのでしょう。私よく知らないのですけど、知ってますか?」

「いくつか聞いています。ひどい目に合う人は少ないようです。ただ高待遇に調子に乗って逆らった奴隷はひどい目に合うようですね」

「ああ、しつけってやつですか」

「大怪我を負うところまでやるのはさすが獣人族かと。たまに亡くなる奴隷もいるとか」

「ひええ」

「ですから逆らうのだけはおやめなさい」


 年上と思しき青い瞳のお兄さんは、真剣な目で私を見ていた。


「はい。心得ました」


 うん。とうなづく奴隷の先輩は、あみカゴをあけて昼食の準備にとりかかる。

 私も同じく坊ちゃん用のカゴから、お魚がいっぱいはさまれたパンなど取り出して準備をする。


「お嬢さま! そろそろお昼にいたしましょう」

「坊っちゃま〜ご飯ですよ〜!」


 白と桃色のもくもくがこちらを振り返った。遠くて見えないがつぶらな瞳のきらきらした美しさは心の目で見た。


「今行くわ!」

「はーい」


 ころころ転がるように小さな体でこっちに走ってくる。かわいい……!

 愛らしさに耐えきれず胸のあたりをぎゅっと握ると、となりで黒髪のお兄さんもやっていた。目だけで分かり合う私たち。


「今日はなんだ?」

「わ! これわたくしの好きなサーモ! やったぁ」

「俺のはママユルか! やった!」


 すりすりと二人で頬毛をこりすあわせて喜びを分かち合っている。かわいすぎて吐きそう。




 そんな素晴らしき主人たちは順調にラブをあたためてラブい結婚をなされた。

 大きなもふもふになって少し毛質が硬くなった坊ちゃんも、今では立派な青年貴族である。お仕事は騎士だ。武器は爪である。くま強し。というか爪すらいらないのでは。


 貴族なお坊ちゃまは近衛騎士隊このえきしたいなので遠征はほとんどない。お城でのお勤めである。

 それでもたまに遠征はある。腕が鈍らないように、他騎士隊に実戦経験で劣らぬようにという理由かららしい。


 ピンクのさらつやもふもふ貴婦人になったお嬢様は、遠征に出かける白いふわふわ坊っちゃまとぎゅっとハグした。

 なお大人になった熊族は服を身につけるようになるが、人間でいうところの裸エプロンに近い。

 上はぺろい前掛けだけで、女性はスカート、男性はズボンや短パンをはく。


 言葉だけ抜き出すとエロティックだけど、もふもふが服着てるとかかわいいしか感想がないです。

 旦那様になった坊ちゃんと奥様になったお嬢さまの右耳にはおそろいの青いピアスがついている。

 ラブい……。


「どうかご無事で帰ってきてくださいな」

「うん。浴びる血は返り血だけにするよ」


 坊ちゃん頼もしいけど、かわいい顔して言うことが物騒です。でもやれちゃうのがうちの坊ちゃん! どや!


「そう信じているわ」

「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 白と桃色の頬毛をこすりあわせて離れる。大人になってもかわいいわぁかわいいわぁかわいいわぁ。

 うふふふふふふ、とふわふわ楽しい私ですけど、なんとこの遠征には私もついていくのです。


 ご主人様とその部下たちの毛づくろいと身の回りの世話係です。

 といっても遠征地にある建物内だけでの仕事です。野営にはついていきませんので、比較的安全な立場にあります。


 それゆえ私は遠征を楽しみにしておりました!

 だって坊っちゃまの部下にはもふもふが! もふもふがいっぱい〜!


「アシャも気を付けていけよ」

「はい!」


 仕事場が一緒になって気安く話すようになったお嬢さま専属奴隷の黒髪の先輩にくぎをさされつつ、私は遠征地へ向かうのでありました!

 ひゃっほう!

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