僕と先生
結局、僕は星野先生に全部話した。過去に行ったこと、それでついさっき戻ってきたこと。
そう、星野先生だ。今じゃあ彼女をそう呼ぶことの方が違和感があるのだから、不思議なものだ。
……結局これから僕らはどうなるのだろうか。
先生にとって僕は生徒だし、僕にとっての彼女は先生だ。長らく空白期間もあったし、年齢も差がついた。彼女は変わって、僕は一ミリも変わっていない。
だからやっぱり8年前のような、いわゆる友達の関係には戻れないのだろう。そう考えると、少し胸が疼いた。
「……とりあえず今日はもう帰りなさい。疲れているでしょ? ずっとベンチで眠ってたってことよね?」
「あー、えっと……」
このままここで帰ってしまったら、8年前のあの時間が。確かに共有したあの時間が無かったことになって、もう二度と戻れなくなるような気がして、何かを言おうと口を開く。
けれど結局は何も浮かばずに言いよどんで、
「……はい」
と返事をした。
確かに僕は疲れているらしい。鉛みたいに重たい足を引きずって、彼女に背を向ける。
けれど足を踏み出したとき、グイッと何かに引っ張られる感覚があって、僕は止まった。
振り返ると、星野先生の手が、僕の学生服の裾をつまんでいた。本人自身も意図した行動ではなかったのか、驚いたように袖を掴む自分の手を凝視していた。
「えっと、その藤崎くん……あの、その、えぇ」
星野先生は今しがたの僕のように視線を忙しなく動かしながら、言葉を探していた。
「あのね、藤崎君。多分私、何日かすればどう接したら良いか分かってくると思うから、それまでぎごちなくなっても許してね」
「大丈夫です。たぶん僕も同じなので」
「そう、ね」
「えと、はい」
会話が途切れて、しばらく場が沈黙した。なるほど、これがぎこちないってことか。
「……それにしても、随分と丸くなりましたね。ほら昔はもっと剥き出しのナイフみたいな感じだった「次にあの頃の私について話をしたら教師としての権力をフル活用して君を教育するから」
そうそう、まさに命の危機を察知して心臓が鼓動を速くするこんな感じです。星野先生は、瞬きもせずに目を見開いて脅してきた。
「……と、ところで藤崎君は、うまい棒が好きなのね」
またしばらく会話が途切れて、星野先生がそんなバカみたいな質問をしてきた。
僕も、おそらく、先生も。会話用デッキなんてすべて切りつくしても、それでも僕らはこのぎこちない会話を続けた。中身なんて空っぽだ。ただ、この会話を終わらせたくない一心だった。
「じゃあ寒いし、そろそろ帰りますね。また明日、学校で」
「ええ、また明日」
……もちろん、ずっと話していることはできなかったから、時間は過ぎて、終わりはやってきた。けれど、会話を終わらせることにもう未練はなかった。
ぎこちない会話をなんとか続けようと頑張る星野先生を見て、すべてが無かったことになるわけじゃないということがもう分かったから。
別にいいのだ。8年前のように話せなくたって。ただの教師と生徒に戻ったって。
8年前、最悪な出会いをした彼女と友達になれたように、人との関係なんて、これからいくらでも変わっていくのだから。
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