第27話
体の前側は砂だらけ、おまけに口の中にも砂独特の苦味が広がり、初めてブラックコーヒーを飲んだ時を思い出していた。校庭の水道は自分のクラスで占領されていた。それぞれがクラスティーシャツを叩いて砂を払ったり、うがいをしたりと絶対王者に挑んだ代償はかなり大きかった。
「見ろ。結局あいつら優勝だ」
クラスメイトの声に振り向くと、決勝戦にも関わらず、相手のクラス全員が引きずられていた。屈強な男達がまるで一本勝ちをしたかのように両手を空へ伸ばして喜びを表現していた。
「外から見ればありゃ西部劇に出てくる晒しの刑だな」
「俺達はあんな目にあってたのか‥」などクラスメイトからは次々と落胆の声が漏れていた。
「そろそろどくか。被害者達が続々と集まってくるぞ」
城島の言う通り、砂に塗れた人達が続々と水道の方へと向かって来ていた。次の種目の借り物競走を他所目に、木陰にいた俊哉と太一の隣に腰を下ろした。二人共じっとこちらを見つめていた。
「な、なんだよ」
二人共顔を見合わせ、俊哉が口を開いた。
「いや、荒ぶるお前にびっくりした」
何の事かと思ったが、すぐに綱引きの件だと察した。
「こーちゃんのリーダーシップ初めて見たよ」
「いやあれは、まあ」
自分でもあの件は説明がつかない程、理解できていない。自分でも驚いていたくらいだ。
「まあ俺らは後は流しだからよ。熱い連中に任せましょう」
「いや、最後だしさー頑張ろうよ」と咄嗟に返した。
俊哉は少し背筋を伸ばした。
「どうした?やっぱり変わったな!あっち側だお前!」
「あっち側?」
「熱い連中だよ。俺らは日陰、お前は日向になったんだな」
以前の自分ならすぐに理解し、彼らと同じ心境と立ち位置になれたはずだ。しかしこの違和感は何だろうか。以前までの自分もこんな風に思っていたのだろうか。同じクラスの人に対し「あっち側」などと括っていたのだろうか。今まで同じ円の中にいた自分達三人の中から、自分だけ違う円の中に入って行ったという事なのだろうか。
「そんな、裏切り者みたいに言うなよ」
「そこまで言ってないだろ。とにかくアンカー、頑張りなさい」
もやもやした気持ちが残るまま、アンカーという次の現実を受け入れるため、お昼の休憩の時間に再度、リレーに出場するメンバーに「アンカーは自分か?」と尋ねてみたが「頑張れよ」と答えになっていないが正しい回答を貰った。
食欲があまり無く、俊哉と太一の二人が弁当を食べる所に食べない自分がいるのも気が引けるため、早めに外に出て木陰で休んでいた。校庭で昼食を摂る生徒もいたが、とても静かな時間が流れていた。午前中のような砂埃が舞うような激しい光景よりは随分と落ち着いて見えた。午後になればまた賑やかで活気のある場所になるのだが、今は静かで休息に相応しい。自分のクラスの方を見ると、誰の姿もなく、今校庭にいるのは自分だけのようだ。
「あっち側」
俊哉に言われた言葉が頭をよぎった。もし、今みたいに自分だけがクラスのみんなと違う場所に常にいるような人間だったら、立ち位置だったら、それこそ自分以外の人達を「あっち側」と一括りにしていたのだろうか。城島達と交流を持つ前の自分は確かに彼等を自分とは住む世界が違うと思っていたのは事実だが、果たして「あっち側」なんて括りにしていたのだろうか。無意識にどこかでそう思っていたのだろうか。実際、そう俊哉に言われて少し苛立った事、そして何より悲しかった事。まるで「おかしな連中側」のように聞こえてしまった事、城島達と交流を持つ事で俊哉と太一から離れるように思われてしまう事。
「人間って難しいなあ」
薄らと秋を感じる空に向かってぽつりと呟く。周りに誰もいないか聞かれていないかを慌てて確認し、再び木に背をもたれる。自分を変える行動により確かに様々な変化はあった。不慣れな事をなんとかこなして今がある。小さな一歩のつもりが自分のこれまでの立ち位置や性格などを上回る大きな一歩になっていたようで、これまでの環境がかなり変わったと言える。しかしその変化と今の立ち位置により、どこかで以前の環境とのズレが生じる可能性の予測までは流石にできていなかった。やがて心地良くなってきた木陰に身を委ねたまま、自然と目を閉じてそのまま眠りについた。
「うわ!やばい人いるよ」
「間違って朝こっちの席に座ってきた人!」
「死んでるの?」
などと言う話し声が聞こえてきたため、起きても暫く目が開けられずにいた。最終的に目を開けたのは午後の部の二種目目であった。
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