僕が踏み出す
黒羽 百色
第1話
自分ってこういう人。学校ではこんな感じ。
あの時こんな出来事があって、クラス中が大いに盛り上がって。
〇〇君がこんな事やって、あんな事言って。
バイト先でもこんな話があって。あれは面白くてみんなで笑った。
でも自分は中心にも発端にもそのきっかけとしても居たわけじゃない。でも一応現場にはいたし、別に存在を消してるわけでもない。一応友達だっているし、人と会話もできる。でも何かの出来事にはほとんど関わっていないし、〇〇君がーで自分の名前が出る事なんてまず無い。
多分、あいつには特に何も思っていない。これが自分への評価だと思う。
個性が無い。自分でもそう思うし、思われている。少し引いた位置に陣取る自分の今までの生き方は、狙っているわけでもなく染み付いたある意味で個性だ。賑やかな人達に対しては苦手意識がある。少し怖さがあるのも事実だ。
この過ごし方のメリットはトラブルに巻き込まれないという事。デメリットは今のところ無い。何故なら自分が要因になる事が無いから何も起こらない。自分自身が困っていないからデメリットだとは思わない。だから十七年間、こんな立ち位置で生きてきた。
そんな十七年間の人生で、初めて生き方を見つめ直すように神様に言われている一月一日の一年のまさに初日。俺は小さなおみくじを広げて人が多く行き交う神社の歩道の真ん中で文字通り棒立ちをしていた。
後ろから聞こえてきた舌打ちをした男性に「だって大凶なんですよ」と見せてやりたい。
そんな神様からの打開策として書かれていた事は「全ての事に踏み出す勇気を持つべし。さすれば運気の風向きが変わる。」
これは難題すぎた。言いたい事は分かるし自分はやってますよなんて言えない。まさに大凶を塗り替えるに相応しい課題である。
「はあ寒い」
そうぽつりと呟いた後、とりあえずポケットにおみくじを入れた。トイレに寄ってからおみくじを縛り付けようと思い、とりあえず移動した。
年末年始の雰囲気はなんか好きだった。忙しいながらも活気があり、和を感じる貴重な期間と言える。家族、恋人、友人と初詣に来る人が多い中、自分は一人だ。
学校でもその場にいて、ただ流れに任せた感情表現をしているだけ、自分発信の出来事は無い。
洗って濡れた手に冷たい風が絡みつき思わず袖に手をしまいこんだ。無数のおみくじが縛り付けられた中の僅かな隙間を探しだし、ポケットに入れた大凶のおみくじを取り出した。しかし手にはコンビニのレシートが握られていた。何度も探るがおみくじが無い。確かに入れたはずの大凶のおみくじが見当たらない。こんな罰当たりな失態は自分としても許せる筈がない。よりによって大凶のおみくじを失くすなんて今すぐに不幸が起きてもおかしくない。慌ててトイレまで戻り地面を見つめながら歩いた道のりを辿るも、それは見当たらなかった。
引き直すか、という邪念が生じたが俺の中の小さな正義感が許さなかった。
ついに諦めて帰ろうとした時、とんとんと肩を叩かれた。というか突かれた。
「落としたよ。」
女性の声だった。思わずズボンの後ろのポケットの財布を叩いて確認すると「違う違う」と笑われた。財布じゃないとなると?そう思い振り返ると目の前に広げられた「大凶」の二文字が刻まれたおみくじ、財布の中身より見られたくない落し物だった。
そのおみくじの向こうに見えた顔は、学校でいつも見る顔であり、自分と違ってクラスでも活発な方にいる
名前が早口言葉のようで、逆さから読むとややこしい事をよく話題にされている。
よりによってクラスの中心にいる人物に拾われてしまったのだ。
「み、み、宮間さん」と、情けない不慣れさを丸出しにしてしかも少し裏返った声を出してしまった。
「み、み、じゃないよ!なにそれDJみたい。駄目だよ落としちゃー。しかもついてない!」
やはり見られていた。緊張と照れが同時に襲いかかり先ほどまで寒さで震えていたが今は別の震えだ。宮間さんと直接話をした事なんてあったか?記憶には無い。挨拶されたような、でも宮間さんはそんな些細な出来事覚えてないだろうし、出来事の中にも入らないだろう。
「おーい」
おみくじをひらひらさせながら固まっている自分に呼びかけてきた。大凶の二文字がひらひらと踊っている。
「あ、ありがとう!」と背筋を伸ばし受け取った。
「あはは!両手で受け取るとか卒業式みたい!じゃあ頑張ってねー」
宮間さんは早足で立ち去った。この短い時間で何回恥をかいただろうか。そして彼女が言った頑張っての言葉についても疑問があった。何を頑張るのかと。
改めて見たおみくじに異変があった。明らかにおかしい点が一つある。
色のペンで囲まれた「全ての事に踏み出す勇気を持つべし。さすれば運気の風向きが変わる。」の大凶への打開策の部分。まるで強調するかのように丸で囲まれているのだ。もちろん自分で囲んだ覚えは無いし、まずペンなんて持ち歩いていない。
「宮間さん?」
おみくじを無意識に財布にしまった。財布にしまってから何故縛り付けないんだ?と自問したが、そのままにしておいた。
屋台で買ったお汁粉で手を温めながら、帰り道の途中にある公園に立ち寄った。正月は屋台も賑わうからありがたい。お汁粉を飲み干して再び財布を開いた。大凶の二文字が開くたびに目立つ。そして色のペンで囲まれた打開策をもう一度読んだ。全ての事に踏み出す勇気、俺には今まで縁がない行いだ。盛り上がっている輪に入る、何かを引き受ける、率先して何かに取り組む。
自分らしくない行動だ。だけど大凶だ。それが引っかかる。そして、丸で囲んだのは間違いなく宮間さんであろう。その真意は何だ?彼女のことだから深い意味は無いかもしれないが、あの部分を囲んだのは俺へ宛てたという事は理解できる。
来週にはまた学校が始まる。そして春には三年生、つまり最後の一年になる。神様にこっそり尋ねてみた。
「これ、本当ですね?」
「それはお前次第」と神様に即答された気がした。
十分ほど、空のお汁粉のコップを見つめて顔を上げた。
来週から、なんとなく、とりあえず、ちょっとずつ、踏み出す事にした。
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