ショートストーリー『小高い丘』

 老いらくの体に鞭打ち、

 小高い丘の

 墓前に急いだ。


 一年前の今日亡くなった妻に

 娘の結婚の報告に来た。


「しかし。なんでぇ、こんな所に墓をうたがよ?」


 滅多に来れない場所。

 見渡すと太陽の光を反射する水田と、穏やかな海原うなばらが見えていた。


 癌を患ってから、終活と称して、さっさと自分の安穏の最終地点を、えんゆかりもない憧れの映画の土地に決めてしまうなんて。


の強いお前にしちゃあ、穏やかな土地に決めたもんだな」

『頑固はお互い様』


 妻の声が、塩っぱい風にのって、聴こえた気がした。


 私は娘の結婚式を無事に見届けたら、気が抜けてしまっていた。

 誰もいなくなり広くなった家。

 朝も昼も晩も、一言も発しない日が続く。


 話す相手は仏前のお前。


『越して来たら?』

「今さら、移住するがか? 何、阿呆なこと。いやいや、それが良いかもしれんなぁ。お前の近くなら……」


 この穏やかな土地で、そばを打ったり、パンを作るのもきっと悪くない。


「なんだかお前の策略にのったような気がするがよ?」

『うふふっ』


 景色が風が心地えいな。


 私はしばらく声もなく、広がる景色に見惚れていた。

 深呼吸すると大自然の一部に溶け込んだ気分になった。


「また来るから、待っとき」


 清々しく、晴れ渡った心。

 妻が眠る地に今度来る時には、孫たちも連れてこられるだろうかと、少し楽しみだった。



         了



 


 


 

 

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