5-4節
先生が一つずつペアを作っていく。なかなか順番が回ってこないのが焦らされているようでやきもきしたし、残りの生徒が減ってくると早すぎると思った。しかし十吾は、向き合うと決めたものの、具体的にどういう言葉でどう言おうかは考えていなかった。考えだしてすぐ、頭がごちゃごちゃしてきてやめたのだ。ただそれは、話せばどうにかなるなどといった破れかぶれの楽天性ではなく、仕立てのよい言葉に意味がないことを、どこかで感じていたからだった。
指名され、ゆっくり立ち上がる十吾を竹井は少し驚いた様子で見た。十吾はまだ竹井の目を見れない。無言でボールを持つと、空いているスペースへ促した。
しばらく黙ったままボールを蹴りあっていたが、長引けば余計に話しづらくなると思い、十吾がいった。
「なんか久しぶりだな、こういうの」
「ああ」
ぽつりぽつりと言葉を交わす。触れにくい部分を意識しているのは互いにわかっていた。
やがて、竹井がいった。
「お前、避けてただろ」
責められている気がして胸が痛みだした。
「そりゃ、まあ、そうだろ」
「そうか。そうだよな」と言ってから、竹井はにらんだ。「でも、それがいけねえ」
「なにがだよ」
「俺だって、悪かったんだ。なんにも考えてなかったからな」
十吾は驚いた。まさか竹井がそんなふうに思っていたなんて、と。だが、それを認めてしまうわけにはいかない。
「いや、わるいのはおれだ。おれが調子に乗らなけりゃ、あんなことにはならなかった」
「ちがう。ちがわないけど、ちがうんだよ」竹井はうまく言葉にできないようだ。
「怪我させたのはおれなんだからよ、おれが悪いんだよ」押し込めるように十吾は言った。
「あーもう」
苛立たしげに竹井は頭をぐしゃぐしゃにした。そして声を荒げた。
「だからちがうって言ってんだろ。お前が、お前だけが悪いわけじゃねえ」
「うるせえ!」
無性に腹が立ってきて、十吾もさけんだ。
「おれはな、今日あやまりに来てんだよ。それをおまえも悪かったとかいったら台なしじゃねえか!」
「実際そうなんだからしょうがねえだろ!」竹井も語気を強めた。「あのとき一緒にいたやつらもみんな言ってるぜ。おれたちも悪かったってな。それに俺だって避けてたんだ。こっちこそな、お前だけが悪いなんていうわけにいかねえんだよ、ばか!」
「なんだと! ばかっていう方がばかなんだぞ!」近づき、竹井に食ってかかった。
「お前はばかだ。どうしようもねえ」
胸ぐらをつかまれても竹井は続けた。いくら揺さぶられても言うべきことがあった。
「でもな、俺も同じくらいばかだ」
竹井の言葉に、ふっと腕の力が抜けた。そういえば、こんなやつだったんだな。三年もしゃべっちゃいなかったんだ。潤みかけの目をごしごしとこすり、竹井をまともに見た。
「そうだな、おれたちはばかだ」
「へへ、そうだろ」赤い目をして竹井が笑った。
「そうだ、そうだ」
十吾もつられた。二人は笑いあった。涙が出るほど、長い間笑いあっていた。一つの雫が落ち、淀みが晴れようとしていた。おそれには引きずられない。けれど引きずっていく。
失われていた力が、十吾にみなぎっていった。
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