8.5章 夏のない海に一人立つ
ご存じかどうかは知らないけど、僕は物覚えが悪い人間だ。
特に日付とか全然ダメで、自分の誕生日だって二月二十二日ってわかりやすい日付じゃなきゃ忘れてしまうくらい覚えられない。
いや、もしかしたら僕の誕生日がそんな覚えやすい日だから日付を覚えるのが苦手なのかも知れない。
まぁ、こんな事言うと十中八九、F子から怒られるだろうけどね。
ただ、そんな僕でもあの夏に関しては覚えてる日付ばっかりだ。
八月三十日。
僕とF子が最後に会った日。
僕はF子の家に居た。
僕は人から散々変わっていると言われて、まぁ自分でもそれをある程度自覚してはいるんだけどさ、F子だって僕に負けず劣らず変わった人間なんだ。
「彼は泉和泉君。いずれ結婚する事になると思うわ」
F子の家の玄関先、僕を迎えたF子のお母さんにF子はそう言った。
「途中、何度か別れたりするかもしれなけれど、最終的にはそうなると思うから」
そんな事を言われた僕とF子のお母さんは数秒間の沈黙を一緒に過ごす事になった。
でも、不思議と僕も結局はそうなるのかもしれないって思ったから不思議だ。
僕たちの関係は一般的に評される恋人と言うものとはなんだかズレてしまっていたような気がする。
そりゃ、その関係を構築してるのが僕とF子って時点である程度は仕方ないのかもしれないけどね。
僕はF子の事が好きだ。
おおよそこの世界にシンメトリーのイデアが存在するなら、それはF子だと今でも思う。
F子がなぜ僕を好きになったのかは今でも謎だ。
彼女のシンメトリーをぶち壊す為の歪な付属品に僕がちょうど良かったのかもしれない。
なんだか抽象的すぎて自分でもよくわからなくなってきた。
ともかく、あの夏の八月三十日は僕にとって特別な日だった。
「僕ってF子と結婚するの?」
「あら、そのつもりじゃなかったの?」
「僕たちまだ高校生なんだけど?」
「別に、今すぐの話じゃないわよ。経済的な自立をして、少しは先々の見通しが立ってからになると思うわ」
「そっか、後悔すると思うけど」
「後悔の無い人生なんて、夏がない海みたいなものじゃない?」
「その例えはよくわからないけど、もしかして僕ってプロポーズされたのかな?」
「希望的観測ね」
「だとしたら、そう受け取っておくよ」
「泉君は後悔しないかしら?」
「する理由がある?」
「そうね、私の後悔に比べればないに等しかったわ」
それは、もしかしたら若気の至りとかそういう類いと評されるやり取りだったのかもしれない。
高校生の恋愛なんて、世間一般で言ったら脆く儚い物なんて定説がまかり通るくらい、微笑ましい児戯なんだ。
当の本人たちだけが、違う世界で生きてて、その夢から覚めたら全てが壊れるような。
僕たちのそれが違うかどうかなんて、でも、やっぱり、関係なくて。
今の僕にわかることと言えば、確かにあれは希望的観測だったんだろうな、と言うことだけだった。
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