6.5章 全ての道はここには通じない
僕の仕事は何でも屋。
高校を卒業して、地元の大学に通いながらはじめた仕事で、結構気に入ってる。
今日の依頼は全部で三件だった。
一つ目は買い物代行。
依頼者のはっちー(蜂谷信重)は週に一回は僕に依頼するお得意さんで、いつも買い物のメモと一万円をくれる。その一万円で買い物をして、おつりが僕の懐に入るってわけ。
脚の悪いはっちーはホームヘルパーを雇ってるから、本当はその人たちに買い物させてもいいんだろうけど、この役割だけは僕に残してくれてる。
「俺の死ぬまではこき使ってやる」
ってのが、はっちーの口癖だ。まぁはっちーとは色々あったんだ。
二つ目は子供の迎えと帰宅までの世話。
依頼者のBB(大橋由里)は不定期に僕に依頼する。
BBは大学の同級生で、学生結婚をして、卒業するのとほぼ同時に離婚した。
僕が言うのもなんだけどなかなか思い切りのいい人だ。
例えば、浮気してた元旦那さんをぶん殴って、離婚届をたたき付け、その一部始終を撮影して、それを元旦那さんの職場に一斉送信した過去がある(今では彼女の持ちネタの一つになってる)。
まぁ浮気調査したのも撮影したのも送信したのも僕なんだけどね。
BBの子供はみー(美夏)とまー(真美)の双子の女の子で、五歳。生まれた頃から知ってるんだけど、子供が大きくなる過程ってなんかすっごいなぁって思うんだよね。
なんか生きてる生物だったのが(生物だから生きてるのは当たり前だけど)、だんだん意志を持ってるのがわかってきて、いつの間にか言葉を話し始めて、今じゃ会う度に新しい事を覚えてたりする。
感動ってわけじゃないけど、まぁすごいなぁって思う。
保育園の延長保育の時間よりも仕事が遅くなる時で、BBのお母さんも用事がある時に僕に白羽の矢が立つ。
仕事の報酬は時間で変わるんだけど、ちょっとしたお小遣い程度。
結構楽しい依頼で気に入ってる。
三つ目がゲームの練習相手。
自称未来のプロゲーマーのじゃがーが依頼主。ちなみに、人をあだ名で呼ぶことが多い僕にしては珍しく、じゃがーは本名、「蛇我」でじゃがーって読む。いわゆるキラキラネームってやつ。
苗字は八木。
ヤギと蛇とジャガー。
名前に関して僕は人のこと言えないけど、なんだかキマイラみたいな名前だ。
高校二年で絶賛不登校中のじゃがーは寛大な両親の方針でプロゲーマーを目指すことになった。
そこで、どういうわけか僕に依頼が来たんだ。
これも週に一回くらいのペースでする依頼になるけど、前回よりも強くなってないとじゃがーに怒られるから実際の依頼の時間よりもプライベートで練習する時間の方が長いって言う変な依頼だ。
そして、今は三つ目の依頼の最中。
「おい、イズ、その壁ハメ卑怯だろ」
「プロゲーマー目指すならこのくらい対策しないと」
まぁ結構楽しいからこの依頼も気に入ってる。
「あー、クソゲー」
盛大に負けたじゃがーが引きっぱなしの布団の上に仰向けに倒れて、大きく伸びをする。
この依頼も最初に受けてから気付けば半年くらい経ってた。会った頃から一度も切られてないじゃがーの髪は随分伸びてる。
最初は警戒心の塊みたいな状態だったじゃがーも今じゃ随分僕に慣れたらしい。
「なぁイズ、プロゲーマーになるのと、普通に就職するのどっちが楽だと思う?」
「何でも屋の僕に聞くのはあんまり意味ないと思うけど」
「人が真面目に聞いてるのに茶化すなよ」
「うーん、僕にとってはどっちも同じくらい難しいかな」
「あー、うん。確かに質問の相手が悪かった」
仰向けのまま、じゃがーはもう一回大きく伸びをする。
部屋着のスエットがその動きに合わせて上に引っ張られた。
「どうでもいいけど」
「ん?」
「じゃがー、パンツ見えてるよ」
僕の言葉に、じゃがーはさながら動物のジャガーのような俊敏さで飛び起きた。
いや、実際のジャガーを見た事ないからイメージなんだけどね。
「女の子なんだから一応は気をつけないと」
「ぶっ殺す!」
髪を振り乱して立ち上がった様子はどちらかと言うと、雄ライオンっぽかったけど、まぁこれを言うと更に怒りそう。
F子にだったら、火に油を注ぐのも楽しいかったんだけどね。
そんな中、僕のポケットが震えた。
「あっ、ちょっと待って電話」
今にも僕を押し倒しそうなテンションのじゃがーに一旦待ってもらって電話に出る。
『もしもし』
どうやらじゃがーはそこまで野生化してたわけじゃなくて、僕の電話を待つ程度の理性は残っていたらしい。
『あっ、ビリーか、誰かわかんなかったよ』
電話の相手は久し振りに声を聞く相手だった。
『ん、そっ、わかった』
内容はだいたい予想通り。
『それで、君は僕に何を依頼したいのかな?』
新しい依頼を受けて、電話を切る頃にはじゃがーの怒りは収まったみたいだった。
「依頼か?」
「うん」
「なぁイズ、私にもプロゲーマーになるもの就職するのもどっちも難しいと思うんだよ」
「まぁ、じゃがーの現状を見るとそうだろうね」
「だからさ、私も」
「うーん、お勧めはしないかな」
じゃがーの言いたいことはわかるけど、不真面目な僕としては本当に珍しく、僕は真面目に言う。
「この道を歩くよりも、プロゲーマーになるか就職する方が簡単だよ」
生活の安定とか、社会的地位とか、信用関係とか、まぁ言い出したらキリがないくらい、この道はふらふらで真っ暗でどこに続いてるのかわからない。
ネコ科の名前を持ち、神話の生物みたいなフルネームの少女に歩かせるのは、人生を諦めた僕でも流石に憚られた。
なにより、この道はあの夏から伸びている道だから、他の人には歩けない。
この道は僕が独りで歩く道だ。
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