5.5 章 火の消える間に

「資料、今ポンのとこに届いたってさ」

「それは重畳」

 時代錯誤。そんな言葉の似合う、濃い紫煙が煙る喫茶店。

 私が警察になった頃から通っている馴染みの店だ。

 自由に煙草が吸える場所も限られている肩身の狭い人間にはありがたい場所でもある。

 相手に断って、煙草に火を付ける。

 ずっと変わらないセッタの味が心地よく肺を満たした。

 年季の入った、艶の見事なウッドテーブルで向かい合うのは、この喫茶店が全く似合わない若者。

 彼との付き合いは長いが、その服のセンスは十年前から全く変わっていない。

 ヨレヨレのTシャツにラフなジーパン。その上、頼むのはいつもオレンジジュース。

 特に好きではないらしい。

 コーヒーと炭酸が苦手、と彼は以前本心の読めない口調で語った。

 本日もテーブルの上には彼のオレンジジュースと私のコーヒーが顔を見合わせている。

 なんとも、絵だった。

「ここまでは君の思惑通りと言うわけだ」

「その言い方だと、まるで僕がこうなるように仕向けてるみたいなんだけど」

「実際、日記帳をわざわざ回収して送ったのは君だろう」

「折を見て資料を送れって言ったのはいっちーでしょ」

 私と彼の関係を最も的確に示す言葉を考えると、不思議と共犯関係というものが似合うような気がした。

「これで、なにかしら大川琴音さんの記憶が戻れば幸い、と言った所かな」

「こればっかりは、今ポン次第だからどうにもならないかなぁ」

 彼は年齢不相応の無邪気さを装い、頬杖をついて、窓の外を見た。

 くすんだ窓を通すと、現代すら十数年前のように見える。

 それを見る彼もまた、十年前で止まっていた。

 空気がセピア色でないことが不思議なくらいノスタルジーな空間だ。

「ところで、いっちーは今日お休みなの?」

「今も勤務中だ……珍しいな、君がそんなことを聞くなんて」

「なんか最近事件起きてるでしょ、捜査しなくていいのかなぁって」

「構わないだろう。あんな事件より、私にはこのSF事件の真相の方が興味深いのでね」

 私の言葉に、これまた珍しく彼は不快そうな顔をした。

「いっちー、その呼び方を使っていいのは僕だけだよ」

「これは失礼」

 窓の外を見るのに飽きたらしい彼は席を立つ。

「それじゃ、またなにかあったら連絡するね」

 この日もやはりオレンジジュースに手は付けられず、会計は私持ちだった。

 

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