恋のポッキーゲーム大作戦

都築 或

第1話

ポッキーを咥えて目をつむっている。


小刻みに震えているのが自分でもわかる。


ふいに先輩の手が頬に添えられて反応してしまう。


先輩が身体をこちらへ寄せる。


ポッキーの反対側に先輩が近づいてくる気配がした。




事の始まりは友人、朱美の一言だった。


「知ってる?今日はポッキーの日なんだって」


「ああ、なんか聞いたことあるかも。11月11日って数字の1が並ぶからっていうのでしょ。」


「なので、ジャーン。ポッキーを買ってみました」


そういって朱美はカバンからポッキーを取り出した。


普通のやつではなく少し太めのちょっと高いヤツだ。


「何とも見事にお菓子メーカーの販促引っかかっちゃって……」


「えっ。ポッキーの日ってそういうのだったの?昔からあるのだと思ってた」


天然というか何というか。


「まあ、楽しければいいじゃん」


「そうかもしれないけど」


そうやって言い切れる朱美が少しだけ、ほんの少しだけうらやましかった。


「ところで、ポッキーの日ということで彼氏とポッキーゲームとかやっちゃうわけですか~?」


「えっ、あぁうん」


不意の質問にちょっとばかりキョドってしまう。


「何その微妙な反応」


「いや、別に」


「んん~」


朱美が顎に手を当て名探偵よろしく私の顔を覗き込んでくる。


「美佳子、先輩とどこまでいったんだっけ」


天然の癖に妙なところだけは鋭いんだよな、朱美は。


「まあ、普通だよ」


「どこまでいったかって聞いてるんです~。もう三か月でしょ。やることやっててもおかしくないんじゃない?」


「え、え~と」


朱美の視線が痛い。


まあ朱美に嘘をついてもしょうがないか。


「手をつなぐとこまでかな」


「はぁっ何それ」


「何それと申されましても」


「あいつ頭おかしいんじゃない?文句言ってこようか?」


「やめてください」


何というか、大切にされてるのかなと最初のうちは思っていた。


先輩が初めてできた恋人であることもあって少し何というか男の人に対する不安みたいなものもあったのだけどそれは杞憂だった。


そういうことにあまり興味がないのかなとも思った。


しかしこれだけ手を出されないと少し自分に自信がなくなってくる。


 清純な箱入り娘ちゃんなら手を握られるだけでドキドキできるのかも知れなかったが私は現代っ子だったし、少しいやかなり物足りなさを感じていた。


「これはもう、ポッキーゲームで先輩に迫るしかないですな」


「なんでそうなるの」


「このままじゃいつまでたってもこんなかもよ?アピールしなきゃ」


そうなんだよな。このままは確かに嫌だ。


「遊び感覚ならあまり構えずにできるかもだし」


……確かにそうかも


「私はこれで彼氏ゲットしました」


これが私の恋のポッキーゲーム大作戦の決行が決まった瞬間だった。




コンビニの袋を提げてインターホンを押す。


袋の中には道中のコンビニで買ったポッキーが入っている。


少し待つと扉が開かれ先輩がそこにいた。


「いらっしゃい。よくきたね」


「お邪魔します」


軽く会釈をして靴を脱ぎ部屋に上がる。


一人暮らしの大学生然としたこじんまりとした、しかしよく整頓された清潔感のあるワンルームだ。


「ごめんね。散らかってて」


「いえ、お構いなく」


少なくとも私の部屋よりは綺麗です、先輩。


「適当にすわって。お茶でも入れるから」


先輩はそういって台所へ向かう。


私はその間に呼吸を整える。


戦いはもう始まっているのだ。


まず第一に考えなければならないのはどうやって切り出すかだ。


ここでポッキーゲームへの偏見、頭悪そうとか恥ずかしいとかそういったものを持たせてしまったら終わりだ。


自然に、ごく自然に切り出す必要がある。


「そういえば先輩、今日がポッキーの日だって知ってます?」


お茶を入れて戻ってきた先輩に声をかける。


「ああ、なんか今日学校で聞いたな」


やった。第一段階クリア


「なんか男連中がチキンレースだとか言って両側からポッキー咥えて遊んでた」


……前言撤回。いきなりのマイナススタートだこれ。


「へ、へぇー。そうなんですか」


「と、ところで先輩。ポッキー買ってきたんですよ」


「企業の販促に見事に引っかかった感じか」


……さっき朱美に言っといてあれだけどこれ言われると少しむかつくな。


それはそれとして。


「一緒に食べませんか?」


私は外装をはがしながら言った。


今回買ったのは普通のタイプ。両側から食べやすいしその辺はぬかりなかった。


あのあとコンビニまでついてきて色々教えてくれた友人に感謝を。


「じゃあ貰おうかな」


先輩はそういうと先輩はそういうと私が持っていない方の袋を自分の方に引き寄せた。


何というかこういうところドライなんだよな先輩って。


とはいえそれは予習済み。先輩の方へ寄って私もそっちからポッキーをとるようにする。


これで二人の距離も縮まりポッキーを共有しているという前提も生まれる。


ここらでちょっとしたアピールを入れてみる。


ポッキーを咥えて体とともにゆらゆらさせてみる。


どうですか先輩?食いついてきてもいいんですよ?


「えっといくらお菓子といえど棒状の物を咥えてフラフラするのは危ないと思うよ」


先輩は手ごわかった。


だがここで折れるわけにはいかない。


「先輩、ポッキーゲームって知ってます?」


「何それ」


「恋人同士でやる遊びなんですけどポッキーを両側から咥えて遊ぶんです」


「ああ。今日男同士でやってた」


「恋人同士でやるゲームです」


あくまでも先輩の見たそれとは違うことを強調しておく。


「それゲーム性なくない?」


あっ確かに。ゲームの要素どこだよ。


「え、えっとあれです。目をそらしたら負けみたいな」


先輩の的確な突込みも無理やり乗り越える。


「そしてそのままキスしちゃったりするんです」


 「どう思いますか?」


上目づかいで先輩を見つめる。


「どうって」


いつもハキハキ喋る先輩を言い淀ませた。やったか?


「食べ物で遊ぶのはよくないかな。子供っぽい」


「そうですか……」


そうだよな。なにはしゃいでたんだろう私。


さっきまでの熱意が引いていくのを感じた。


先輩はこういう人なのだ。


いつも何か私には見えない別のものを見ていて、何かに流されたりなんかしない人。


子供っぽい私の気持ちなどなどには流されてくれないだろう。


子供っぽいか。


そんなことを考えながらも先輩との会話が続いていく。


先輩に薦めてもらった本の話とか。この前見に言った紅葉の話とか。


そういった会話が続いていく。


気づくと私が持っているポッキーが最後の一本になっていた。


いや、違う。


私は先輩とキスがしたいんだ。


今までの弱気の思考を振り払うようにそう頭の中で念じた。


これはもう覚悟を決めるしかないか。


「先輩」


私はポッキーを咥えて先輩の方へ顔を近づけた。


小刻みに震えているのが自分でもわかる。


少しの間をおいて先輩が動いた。


 ふいに先輩の手が頬に添えられて反応してしまう。


先輩が身体をこちらへ寄せる。


 ポッキーの反対側に先輩が近づいてくる気配がした。


そして。


 ペキリ、とポッキーの折れる音した。


ああ、失敗だ。そう思った。


固く閉じた目をゆっくりと開いていくと右手に折れたポッキーを持つ先輩の姿があった。


「だからね、僕はこういうのが苦手なんだって」


先輩が私に諭すように言った。


私は何も言えず俯いていた。


「だから」


先輩が私とさらに距離を詰める。


唇に不意の感触。


「キスがしたいなら最初からそういえばよかったのに」


先輩が離れてから数秒立ってからキスをされていたのだと理解する。


自分の唇に触れて確かめてみる。


唇に残った感触が口内に残ったポッキーのチョコレートとともに広がっていく。


先輩にはやっぱり敵わないなぁと思う。


「……もう一回」


「ん?」


脱力したせいかなんだか自分の気持ちに素直になれた気がした。


「もう一回、キスしてください」


こういうわけで私の初めてのキスは溶けたチョコレートの味がしたのだった。

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