第四話「愛も恋も心でしょ?」
アイドルバスター。それは
アイドルが世界を支配し、女王リリン・クリハラが統一してから早一世紀――――世界は、奇しくもアイドルの支配によって安寧の時を迎えていた。
それを打ち砕かんとして胎動するはアイドルバスター。世界の全てを支配下におくアイドルへ、反旗を翻す彼らがもたらすのは破壊か、それとも革新か。
これは、反逆の物語だ。
一人の少女が、鏡面台の前で髪をといていた。今にも歌いだしそうなくらい上機嫌な表情で、少女は自身の白く長い髪を丁寧に櫛でとき続ける。
少女がそうしていると、不意に部屋のドアがノックされる。少女がドアへ振り向いて短く返事をすると、すぐにドアは開かれ、大柄な女性が部屋へ入ってきた。
「シャーカ様!」
「えらくご機嫌だねぇ」
シャーカ様、と呼ばれた女性がそう答えると少女は満面の笑みを浮かべる。
「何だかもうすぐ良いことがありそうな気がしましてぇ」
良いことがありそうな気がする、という言葉にシャーカは少しだけ首を傾げたが、すぐに笑って流す。この少女の妙な言動は今に始まったことではなく、シャーカにとってはいつものことだった。
「そうかい、そいつぁ良かったねぇ。どうだい? この部屋は?」
「こんな綺麗な部屋に住むの初めてなので、ちょっと落ち着かないですけど……ボクすごく気に入ってます!」
満足気に答える少女に、シャーカはそうかい、と微笑んで見せる。
シャーカことシャーカ・ヴァーディは、ザリベナと呼ばれる町を中心とする一帯を統治する領主だ。彼女は自身直属のアイドル部隊を持っており、少女はつい最近引き入れたばかりのアイドルである。少々”訳あり”でどこにも所属していなかった少女を、シャーカはこうして部屋をあてがってまで引き入れて自分の部下にしたのである。
それ程までに、この少女のアイドルとしての能力は優れていたのだ。
「アンタの働き、期待してるからねぇ」
「はい、おまかせください!」
少女が元気良く答えたのを確認すると、シャーカは部屋を後にする。そんな背中を見送った後、少女は天井を見上げる。
「早く会えると良いな」
そう呟いて、少女は長いプラチナブロンドをそっと右手でなでた。
ザリベナを出発してから、野宿を挟んで四日程。やっとの思いで私とダンが辿り着いたのは、オリョークと呼ばれる町だ。オリョークはアラグやザリベナとは違って少し栄えている町で、建てられているアイドル城も相当大きい。町の中央にどっしりと構えている巨大なアイドル城は、まるでその城こそが町そのものであるかのような存在感を放っていた。
「ねぇ、こんなとこにほんとにあるの?」
「あるある。俺は滅多に嘘は吐かない男、ダン・トラストミー」
「もうその名前が嘘なんじゃ」
「ダン・トラストミー」
鼻堀りながら言われてもなぁ。
ダンが言うには、このオリョークにはアイドルバスターの拠点があるらしいのだ。
確かにアイドルバスターは組織で、シンデレラを扱う以上メンテナンスする場所はあるだろうと予想出来るけど、まだちょっと現実味がない。ダンに会うまで、私はアイドルバスターなんて単なる噂みたいなものだと思ってたくらいだし。
この間のアルールさんとの戦いで、グラスボーイはかなり損傷している。そのグラスボーイの修理とメンテナンスのために、ダンと私はこの町を訪れたのだった。
てっきりホットスポットへ向かうのかと思ったけど、ダンが向かったのは普通にアイドル城下町である。
「うわぁ……近くで見るとすごいなぁ……」
そびえ立つ巨大なアイドル城を前にして、私は思わず感嘆の声を漏らす。領主の趣味なのか、中世ヨーロッパを思わせる造形には呆気に取られてしまう。まるで過去に破壊された歴史的建造物を再現しているかのようである。
ダンはしばらく私の隣でつまらなさそうにアイドル城を眺めていたけど、やがていくぞ、とだけ告げて歩き始めてしまう。
「あ、ちょっと待ってよ! ねえほんとにこんなところに……その……あるの?」
思わず口にしかけたけど、城下町にはアイドルや女性が多い。迂闊にアイドルバスターだなんて口にしようものなら、即刻警備隊に連れて行かれるだろう。
「あるっつってんだろ。俺はダン・トラストミーだぞ」
いやダン・トラストミーだぞとか言われても。
しばらく歩いて、私達が辿り着いたのはドルォータと書かれた看板のお店だった。
どうやらシンデレラのメンテナンスやパーツ販売を行っている店のようで、入り口からアイドルらしき女性が出てきて訝しげにダンをチラ見して通り過ぎて行った。
「……ここ?」
私の問いには答えないまま、ダンはスタスタと店の中へ入って行く。それにならって半信半疑のまま私も店内へ入っていく。
店に入ると、すぐに男性スタッフが出迎えてくれる。ダンはすぐにスタッフに近寄っていき、その耳元まで顔を寄せていく。
「オマィツ」
「……ではあちらでお待ちを」
ダンがよくわからない単語を小声で口にすると、スタッフは奥にあるカフェコーナーへとダンと私を促した。
「……カナデ、コーヒー代」
「ほんっと横柄ね……」
呆れ気味にそう言いながらも、私はダンと一緒にカウンター席に座る。
「ドルォータブレンド」
ダンが口にしたのは聞いたことのない銘柄だった。この店の名前を冠している辺り、オリジナルの銘柄なんだろうか。
「かしこまりました」
驚くことに、対応したのは男性だった。白髪で落ち着いた雰囲気のその老人は、ニコリと薄く微笑んでからコーヒーを淹れ始める。
「あらあら、ここのカフェは男性にドルォータブレンドをお出しになるのね」
私達から少し離れた席から、金髪の女性が嫌味ったらしくそう言ってクスクスと笑う。それに対してダンがムッとした顔を見せた瞬間、このまま喧嘩になるんじゃないかと心配したけど、ダンが何か言い返すよりも老人が女性へ声をかける方が早い。
「お客様。当店は男女別け隔てなくコーヒーをお出ししております。ご不快に思う気持ちはわからないでもないですが、どうかここはこらえていただけないでしょうか?」
穏やかで、それでいて毅然とした態度だ。女性はすぐに怒り出すかと思ったけど、私の予想に反して女性は落ち着いた様子でマスターへ視線を向けていた。
「……まあ、男性がマスターをやっている時点で程度の知れたカフェですものね。一々文句を言うのも馬鹿馬鹿しいですわ」
ふてぶてしい態度ではあったものの、女性は私達にそっぽを向きながらコーヒーを口にする。そんな光景を目の当たりにして、私はポカンと口を開けてしまう。
かなりへりくだった態度ではあったものの、男性が女性を諌めてしまうなんて珍しい光景だ。この老人の雰囲気からしてそうだけど、女性からも少し一目置かれるような人なのかも知れない。私はミルクを頼んだからわからないけど、もしかすると淹れるコーヒーが特別おいしかったりするのだろうか。
「……チッ」
ダンの方はまだ納得していないのか、小さく舌打ちして不快感を露わにしている。女性に対して何も言いはしなかったものの、不機嫌そうに隣に座られていると私も居心地が悪い。
そのまましばらく待つと、マスターがダンの前に淹れたてのコーヒーを置いてくれる。それを見て、やっとのことで不機嫌そうなダンの表情が少しやわらいだ。
「さ、冷めない内に。一時の不快感というものは、大抵コーヒー一杯を飲んでいる内に落ち着いてしまうものですよ」
私達にしか聞こえないような小声でそう言って、マスターはやんわりと微笑む。
「……おう」
ダンは短くそれだけ答えて、ゆっくりとドルォータブレンドを口にする。
ぶっちゃけ女性を諌めたことよりも、ダンみたいな暴れ馬を落ち着かせたことの方が個人的にはびっくりした。
そのままカフェコーナーで待つこと一時間強、段々客足もまばらになってきて、閉店時間が近づいて来る。ダンはほとんど何も説明してくれなかったけど、マスターは気さくな人で、私が暇そうにしていると当たり障りのない世間話を振ってくれた。そうしてマスターと少し世間話をしながら過ごす時間は随分と居心地が良くて、気がつくと私はすっかりマスターに気を許してしまっていた。
「それでダンったら、魚介類が入ってるからって缶詰ひっくり返しちゃったんですよ! きっとこの歳で食わず嫌いなんです、ダンってば」
「おやおや、それは良くないですね。好き嫌いは仕方がありませんが、何もひっくり返すことはないでしょうに。何か魚介類に嫌な思い出でも?」
「俺は恐らく魚アレルギーの男、ダン・サカナムリ」
マスターに話を振られて、ダンは三杯目のコーヒーを飲みながらぶっきらぼうにそう答える。いやあの時そもそも食べたことないって言ってた気が……。
「でしたら、次からは缶詰の購入時は中身を確認して上げてくださいね。そうすれば、彼も魚も不幸にはなりませんから」
「……アンタは相変わらず話がわかる」
珍しく笑みを浮かべるダンを見て、私も思わず笑顔になる。いつもふてぶてしく悪態を吐いたりボケっとした顔で鼻をほじっているダンが、今はコーヒーを飲みながら落ち着いた様子で話している。
男性相手だとこうなのか、それともこのマスターが特別なのか、私にはわからなかったけど、とにかくダンがこんな風にリラックスしている姿は珍しい。
「……さて」
ふとマスターはそう言って店内を見回し、私達とスタッフ以外に誰もいないことを確認すると、カウンターを出て店のシャッターを閉め始める。
「ダンさんと……差し支えなければそちらの女性のお名前を」
「カナデだ。カナデ・クリハラ。それよりヤック・アイはいるか」
戻ってきたマスターにダンがそう答えると、マスターはコクリと頷く。
「奥へどうぞ、皆あなたに会いたがっておりましたよ」
マスターのその言葉に、ダンは嬉しげに微笑む。それから数分としない内に奥からスタッフが現れて、私とダンをカフェのカウンターの奥へと通してくれた。
カウンターの奥、リノリウムの廊下を歩いて行くと最奥に重そうな鉄扉が見えてくる。
「ここって?」
「シンデレラの搬入口だ」
鉄扉を開けると、そこにはシンデレラをメンテナンスするためのドックが広がっていた。中では何体かのシンデレラが修理、メンテナンスされており、男女様々なスタッフが真剣な顔つきで作業に勤しんでいた。
「すごい……もしかしてここが、アイドルバスターの?」
「木を隠すには森ってな。メンテナンスされるシンデレラの一機や二機、ここなら増えてもバレん」
どうやらこの店、ドルォータがダンの言っていたアイドルバスターの拠点らしい。てっきり男性ばかりかと思ったけど、アイドル主義に反感を覚えているのか、女性も何人か見受けられる。私も一応その一人だし、こうして他にも実際にいるんだと思うと安心する。
「や、ダン・ペロリーナ」
そうして私達が作業風景を見ていると、背の低い作業服姿の男性がこちらへ駆け寄ってくる。
「違う、俺はキャンディーは噛み砕く男、ダン・ガリガリーナ」
「相変わらずだな、元気だったか」
「お前も相変わらず油まみれだな」
互いに笑い合うと、二人は軽く抱擁し合う。
「おや、そっちのお嬢ちゃんは?」
「カナデ・クリハラだ。アイドルになりたくない家出娘だとよ」
ダンの紹介を受けて私がペコリと頭を下げると、男性は爽やかに微笑んで見せる。
「なるほどな。事情は後で聞くよ。俺はヤック・アイ、一応ここのリーダーで、そこのダン・ガリガリーナのシンデレラ、グラスボーイのメンテ担当」
「こいつは優秀なメカニックの男、メカニック・アイだ。どんだけぶっ壊してもこいつが直してくれる」
「ヤック・アイな」
ダンの言葉に、ヤックさんは慣れた様子で笑いながら対応する。何だか所謂”ツーカーの関係”って感じで微笑ましい。
「ダンさん!」
今度は、私と同い年くらいに見える作業着姿の少年がダンの元へ駆け寄って来る。ダンは彼の姿を見ると、今まで見たこともないような笑顔で両手を広げた。
「ガーヤ!」
「お久しぶりです! ご無事で何よりです!」
ガーヤと呼ばれた少年は、すぐさまダンの胸へ飛び込んでくる。ダンはそれをしっかり受け止めて抱き寄せると、ガーヤくんの頭をなで始めた。
「お前また背ェ伸びたな? 昔は俺のへそくれえまでしかなかっただろ!」
「もう、そんなに小さくないですよ! なんたって僕は伸びしろのある男、ガーヤ・スクスクですからね!」
「ははっコイツめぇ!」
ダンをよっぽど尊敬しているのか、ダンの口癖を真似るガーヤくんを、ダンは少し照れ臭そうに小突く。
「コイツはガーヤ・ガーヤ。俺の弟分みたいなモンだ」
ポンとダンが頭を乗せると、ガーヤくんは恥ずかしそうに頬を赤らめながら私にペコリと一礼する。
「ガーヤ・ガーヤです! あなたもダンさんの舎弟ですか?」
「あ、うん、全然違います。カナデ・クリハラです」
「舎弟じゃない!? ダンさんと一緒にいて、舎弟の射程内にいながら舎弟じゃないなんておっしゃってい!?」
「え、いや、なに、なんて!?」
何今の流れるような舎弟コンボ。
しばらくそんなやり取りをした後、早速ヤックさんはグラスボーイのメンテの話を始める。アルールさんとの戦いのダメージが深いため、状態を聞いたヤックさんはそれなりに時間がかかる、と話していた。
ドックの天井は吹き抜けになっており、ダンが指を鳴らしてグラスボーイを呼ぶと球体の状態ですぐにドックまで降りてくる。
「あの、グラスボーイって普段何してるんですか?」
ダンがグラスボーイを呼び出すのを遠巻きに見ながら、隣にいるヤックさんに私が問うと、ヤックさんは快く説明を始めてくれる。
「グラスボーイは上空で待機してるよ。パイロットの発したアイドルエネルギーを溜め込むようになってるから、それである程度自律行動出来る」
「そのエネルギーって、いつ充電してるんですか?」
「ガルズィーってあるだろ? アレの電池と違って、グラスボーイはパイロットから受け取るアイドルエネルギーを貯蓄する。グラスボーイは、貯蓄分を含めると普通のシンデレラの倍近くアイドルエネルギーを要求するんだよ」
なるほど、そういうことならダンが戦闘後にかなり疲労していることにも説明がつく。ガルズィーについては、アルールさんが乗っていた、ということ以外よくわからないけど、あの激戦の後、ダンは疲労で倒れたのにも関わらずアルールさんが平然と立っていたのは、アイドルだからとかじゃなくて単純にグラスボーイの燃費の問題らしい。
「パイロットへの負荷が酷いから、アイドルエネルギーを貯蓄する技術だけが転用されたみたいだね。パイロットから直接充電するシンデレラは、多分グラスボーイ達だけだ」
「達……?」
「アンチシンデレラユニットは、何もグラスボーイだけってわけじゃない」
アイドル細胞移植計画、またの名をアンチシンデレラプロジェクト。そもそもアイドル細胞移植計画は、アンチシンデレラプロジェクトの一環として行われたものらしい。ヤックさんが言うには、アンチシンデレラユニットには他にもいくつか作られており、そのパイロットとしてアイドル細胞移植計画の被験者が選ばれている、とのことだった。
「おーいヤック! 後頼むわ!」
グラスボーイを人型に変形させてからコクピットを降り、ダンはヤックさんへと大きく手を振る。
「それじゃ、俺はこれで」
「あ、はい。ありがとうございます、色々教えてもらって」
「良いってことよ」
そう言ってダンの方へ駆けていくヤックさん。何だかダンが楽しそうにヤックさんやガーヤくんと話しているのを見ると、どこか安心したような、取り残されたような気持ちになる。
「よし、今日はここに泊まるぞ。晩飯はマスターのまかない飯だ」
いつになく高揚した様子で戻ってきたダンに、私はうん、とだけ答えた。
翌日の昼過ぎ、私とダンはグラスボーイのパーツを買いによそのシンデレラ関係の店に向かっていた。何でも、グラスボーイの破損パーツの替えを丁度切らしていたみたいで、よその店から買って来ないとすぐにはないらしいのだ。
内部の小さな部品だし、買い物ならダン一人でも……とは思ったものの、アイドル城下町でダンみたいなのが面倒を起こすとまずい、ということでお目付け役として私もついていくように頼まれた。
ダンは何だか昨日からご機嫌らしく、歩きながら鼻歌なんて歌う程で、そんな様子を見ていると、何となく溜息を吐いてしまう。
今まで私は、ダンはたった独りでアイドル達に立ち向かっているんだと思っていた。そこら中敵だらけの中、必死で気を張りながら戦って……そんな風に見えたからこそ、私はムナゲだの何だの言われてもなんだかんだでダンの傍を離れる気にはならなかった。
それは勿論、アイドルになりたくなくて、クリハラ家から逃げるためにダンと一緒にいる方が都合が良い、というのもあったけど。
でも、昨日みたいにダンにも仲間がいて、ああして楽しそうに出来るんだって思うと、別に私なんてダンと一緒にいなくたって良いんじゃないかって思えてしまう。むしろ女嫌いなダンからすれば迷惑ですらあるのかも知れない。
私はクリハラ家ではほとんど独りだった。周りがアイドルを賛美して、アイドルであることを誇って、アイドル以外はまるで人間じゃないみたいに。それを否定して、アイドルにならないって言い張る私を良く思う人なんて、クリハラ家には誰もいなかった。
そんな昔の自分とダンを、いつの間にか勝手に重ねてしまっていたのかも知れない。だからダンに仲間がいるのが、少し悔しくて、羨ましくて……寂しかった。
「……どうした」
いつもなら私のことなんてほったらかしで歩いて行くダンが、不意に足を止めた私の方へ振り向く。
「別に。早く行こ」
「おう」
適当に誤魔化す私にこれ以上詮索しようとはせず、ダンはまた歩き始める。まだ少しモヤモヤしたまま、私はその後ろ姿を追いかけて行った。
特にダンが何か揉め事を起こすこともなく、パーツは無事に購入出来た。相変わらず気分はもやっとしたままだったけど、特に解決する手段も思いつかなかった。
会話もないままダンとドルォータへ戻る道を歩いていると、町の中央に位置する広場に人集りが出来ているのが見えてくる。気になったのかダンが近づいて行ったので私もついていくと、噴水の傍に小さなステージが置かれており、その壇上で一人の少女が澄んだソプラノの歌声を響かせていた。
遠目で綺麗な子だな、と一目でわかるくらいキラキラしたその少女は、長い銀髪と白いワンピースの裾を舞わせながら抜群のプロポーションを見せつけるように舞い踊る。老若男女様々な観客は、誰もが黙ったまま少女の歌と踊りに惹きつけられていた。
多分、アイドルかな? プライドの高いアイドルは自分を見世物にするようなことはあまりしない印象だったけど、こんな風にパフォーマンスで民衆の心を掴むアイドルは少なからずいるって話を聞いたことがある。
「……あっ」
そこまで考えて、こんなキラキラした女の子のステージをダンが見ている、という事実に気がつく。ダンのことだからあからさまな悪態を吐いて周囲の反感を買いかねない。何か問題が起きる前にさっさとダンごとここを離れた方が良さそうだ。
「とりあえず戻ろうよ、ヤックさん達も待ってるし…………ダン?」
私の予想に反して、ダンは黙り込んだままステージに釘付けになっていた。
はたから見れば見惚れているようにも見えるかも知れないけど、ダンはただただその表情を驚愕の色に染め上げたまま少女を凝視している。明らかに様子がおかしい、と判断して私がもう一度声をかけるよりも、ダンが一言発する方が早かった。
「……レオナ」
「え……?」
ダンが呟くと同時に、壇上の少女がダンと視線を交える。一瞬二人の間に確かな緊張があったものの、少女は歌も踊りもピタリとやめて満開の笑顔を見せてステージから飛び降りた。
「ダン!」
少女が叫ぶと同時に、一斉にその場にいた全員の視線がダンへ向けられる。ダンの方はまるでそれに気づいてすらいないかのように見えるくらい、ただ少女を凝視していた。
「やった! ついに会いに来てくれた! 愛してる! ダン・アイシテル!」
そのままものすごいスピードで観客を押しのけると、少女は勢い良くダンへと跳びついてくる。それを視認したところでやっと我に返ったのか、ダンは素早く後退して少女を避け、そのままギロリと睨みつけた。
「ダン?」
キョトンとした表情の少女を、ダンは変わらず睨み続ける。関係性がわからない私や観客は、ただ固唾を呑んで見守ることしか出来なかった。
「どういうつもりだ」
「こういうつもり」
おどけた様子でそう返しながら、少女は再びダンに抱きつこうとするがダンは頑なにそれを拒む。
「答えろレオナ……! 何だその姿は!」
凄まじい剣幕でまくしたてるダンに、少女は……レオナは小首をかしげて見せる。
「んー? んー……あぁ!」
口元に手をあてて少し考えるような表情を見せた後、レオナはパンと胸の前で手を合わせた後、長いワンピースの裾をつまみあげながらくるりと回って見せる。
「かわいくない? ボクこういうのすき」
「そうじゃねえ……! 俺はそういうことを聞いているんじゃねえ!」
激昂したダンがレオナの胸元を掴み上げると、そこでついに観客からブーイングが上がる。
どうすれば良いのかわからなくてあたふたしてはいるけど、ダンの怒り方がいつもと全然違っていることくらいは私でもわかる。いつもなら人をおちょくったような言動で他人を自分のペースに乗せてしまうダンが、今は完全にレオナのペースに乗せられてしまっている。普段のダンが冷静かどうかは正直アレだけど、少なくとも今は決して冷静ではない。
「格好が変なのはダンの方だよ」
「俺は至って正常だ! 男の格好で何が悪い!」
「ボクまだ何にも言ってないけど」
レオナの言葉に、ダンがハッとなっている隙にレオナはダンの手から逃れていく。
「ほら見て見て! こんなに綺麗になったよ! 胸だって大きくしてもらったし、ほら髪もさらっさら!」
両手を使って髪と胸を強調して見せるレオナはかなり高揚した様子だったけど、ダンは目を剥いたまま怒りを露わにしている。最初に見た時は普通のアイドルかと思ったけど、ダンとの会話を聞く限り彼女……いや、彼は……
「冗談じゃねえ! お前はそんなんじゃなかっただろ! クソみてえな格好しやがって!」
「心配しなくたって大丈夫だよ、ボクはダンが男でも女でも愛してる。だって愛も恋も心でしょ?」
次の瞬間、弾かれるようにしてダンがレオナへ殴り掛かる。激情のままに突き出されたダンの右拳を見て観客から悲鳴が上がったけど、レオナはダンの拳を片手で受け止めて悠然と微笑んでいた。
「髭、あんまり伸びないでしょ? そのちょび髭は作るのにどのくらいかかった? 胸は苦しくない?」
「レオナァァァァァァッ!」
「アイドルになったダン、ボクは素敵だと思うな」
そのまま左拳、蹴り、とダンは暴れるようにしてレオナへ繰り出し続けたけどその全てが軽くいなされる。まるでダンが遊ばれているかのようだった。
「ボクは別にダンが今のままでも愛してる。でもダンは違うの? 今のボクは嫌い?」
「ふざけるな! レオナァァァッ!」
「辛いなぁ。ずっと待ってたのになぁ……。最近、ダンの名前を聞いたからもしかしたらもうすぐボクの所に来てくれるかもって、ずっと楽しみにしてたんだけどなぁ……。ボクはダンを愛してるから愛してもらえるように努力したし、愛されることは即ち愛することだと思うから、ボクはずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーーーーーーーーーっとダンのことばかり考えて愛して感じて包んで抱きしめてきたんだ」
「レェオナァァァァッッ!」
「ボクの愛が足りなかったのならもっと愛してあげるよ! それはきっと必ずダンに届いてそれがボクへの愛に変わるハズだから! どうすればいい? どんな風に愛してあげればダンは愛してくれる? もっともっと頑張ったらダンの子供が産めるようになるかも知れないから、そうなったら今度こそ愛してくれる?」
レオナが言い終わると同時に、ダンが地面に這いつくばった。
「――――っ!」
一瞬何が起こったのかわからなかったけど、考えなくても良いくらい単純な話だ。怒りに任せて暴れるダンを、レオナがあの細い腕で取り押さえたんだ。
私はダンと一緒に旅をするようになってから日は浅いけど、それでもダンが強いことはよく知っている。いや、実際に戦うところはほとんどグラスボーイで戦う時だけだから、知っているつもりになっているだけだったのかも知れない。だけど、ダンが自分よりも頭一つ分も小さな、少女のようなレオナを相手に這いつくばっていることに、私は驚きを隠せなかった。
「男だろうが! 俺も、お前も! 何でそうなる!? 何でそうなった!? 何でこうなった! レオナァッ!」
「違うよ。ボクもダンも、もうそうじゃない。何度も言わせないでよ、ボクはそれでも愛してる、ダンを愛してる。何にも変わらないよ」
もう、見ていられなかった。
ダンの言葉が、ただレオナに対して向けているだけの言葉だとは思えなくて。
そうして取り押さえられたままダンが暴れていると、誰かが呼んだのか警備隊の人達が駆けつけてくる。それを遠目に見た瞬間、レオナはパッとダンを放してしまうとすぐに背を向けてしまう。
「バイバイダン、またね」
あっけらかんとそう言い残し、レオナはその場を去って行く。
「……ダン!」
すぐに駆け寄ると、ダンは鬼のような形相でレオナの背中を睨み続けていた。
その後、何とか私達は警備隊から逃げ延びて、裏口からドルォータの中へ戻ることが出来た。けど、ダンはそのまま部屋にこもって出てこなくなってしまった。
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