第二話「アルールが来る」
主を失ったアラグのアイドル城、その頂上に位置する領主の部屋の玉座に、すがりついて咽び泣く女の姿があった。
その玉座に腰掛ける者はもういない。すっかり冷え切った玉座だというのに、まだ主の温もりがあるような気がして女はすがり続けた。
その女はヤナナの侍女、アルール・ララルールである。
アルールがこうしてこの部屋で泣くようになってから、もう三日経つ。三日前、デモ運動の鎮圧のためにシンデレラで出撃した主、ヤナナ・ヤーヤヤは、何者かの手によって愛機ドゥー=キーごと殺害された。現場の状態は酷いもので、ドゥー=キーの上半身は木っ端微塵に砕け散っており、ヤナナの遺体など見つかりようもない。周囲はシンデレラ同士の戦闘のせいで滅茶苦茶に破壊されており、死者こそヤナナのみだったものの負傷者は多い。
「ダン・リベリオン……!」
その場に居合わせたデモ運動家の男達は、突如現れた謎のシンデレラパイロットをそう呼んでいた。どういうわけか、アイドル細胞を持つハズのない男性がシンデレラを操縦していた、と聞いた時はそんな馬鹿なことはない、と一蹴したものの、その場をハッキリ目撃していたのは彼らだけだ。
戦闘の直後、球体に変形して何処かへと消え去った例のシンデレラ、それに乗っていたのが恐らくダン・リベリオンだったのだろう。
その場で目撃した警備隊の話を聞けば、向かっていった方角からある程度現在地を割り出せる。戦闘後のシンデレラによる長期飛行は体力的に難しいため、あまり遠くへは行っていないハズだ。
「……必ず、仇を」
アルールが立つ。その内に、激しい復讐の炎を燃え滾らせながら。
「えー、で、お名前の方は?」
「ああ、本日お泊りになる男、ダン・チェックインだ」
アラグから少し離れた場所にある町、ザリベナを訪れた私とダンは、比較的安めのホテルの空き部屋を見つけてチェックインしていた。相変わらず適当な名前を言うダンだったけど、店員は鵜呑みにしてしまって本当にダン・チェックインと呟きながら書き込んでいる。
「そちらのお嬢さんは?」
「ムナゲ・ノビハラだ」
一瞬、私も店員も硬直する。混乱したまま呆ける私より少しだけ早く我に返った店員が、やや訝しげな顔をしながらムナゲ・ノビハラと一言だけ呟いた。
「ちょっとダン!」
「ほうら大人しくしてろムナゲ、兄ちゃんまだ店員さんとお話してるからなぁ」
誰がムナゲか。
「酷い! それにしたってムナゲ・ノビハラは酷すぎるわよ馬鹿! ダン・クソバカ!」
部屋に着いてすぐ、私はダンに対して躊躇なく怒りをぶちまける。恥ずかしくて仕方がなかったし、あの店員が一生私のことをムナゲ・ノビハラだと思うのかと考えると頭が痛くなるような思いだった。
「誰がダン・クソバカだ! 枕投げんなムナゲ! この……ムナゲオラァ!」
謝るどころか逆ギレし、あまつさえ枕を投げ返してくるクソバカを睨みつけていると、クソバカことダンは小さく溜息を吐く。
「あのな、お前実家から逃げて来てんだろ」
「……そうよ」
「本名でチェックインなんかすりゃ、どっから漏れるかわからんだろ」
「あ……そっか」
口頭で名乗るだけならまだしも、あんな風に記録にカナデ・クリハラと残されていれば何らかの形でいずれ足がつく。ただでさえ、アラグでは早くも追手に見つかってしまったくらいだから、偽名を使うことくらいは当然なのかも知れない。ダンの正確な年齢はわからないけど、多分そろそろ二十代後半に見えるし、十四の私と一緒にいることを自然に見せるためには「兄ちゃん」という言葉は適切な方なのだろうか。
だったら名字もチェックインで合わせた方が良かったんじゃ……。なんか複雑な家庭環境っぽい。
「いやそれにしてもムナゲはないでしょ! 女の子にムナゲなんてあり得ない!」
「男だって嫌だろムナゲ・ノビハラ」
「だったらなおさらあり得ないでしょうが馬鹿!」
もう一度勢い良く枕を投げつけると、ダンはそれをひょいと避けてしまう。
「まあいい、とりあえず今日はもう飯食ってうんこして寝る。俺ァ疲れてンだよ」
頭をポリポリとかきながらそう言って、ダンは部屋を後にしようとして入り口のドアに手をかけたが、すぐに動きを止めてこちらを振り向く。
「……ムナゲ、飯代」
「アンタそれでもらえると思ってんの」
「カナデ、恵んでくれ……ください」
素直過ぎる。
結局私も一緒に食堂で食事を取り、再び部屋へ戻る。バスルームがあるので適当にシャワーをすませた。ダンは汗臭かったので何度もシャワーを浴びるように頼んだけど、ダンはめんどくさがってそのままベッドへ入ってしまった。
しかしまあ何が悲しくて今日会ったばかりの、言動も行動もちょっと汚いおっさんと一泊しなければならないのか。もう少しまともな人物だと良かったんだけど、まあまともな人物は普通アイドルとは戦わない。
それに、私はそこまで気にしていないけど、もし誰かが不審に思って警備隊に連絡を入れればダンは問答無用で連行されたって違和感はない。今の御時世、女性に手を出すような男はあまりいないのだけれど、一定数は勿論いるわけで。とは言え、過剰に処罰されたせいで昨今はほとんどいない。
とまあどちらにしても、ベッドの上で鼻に指を突っ込んでいるダンが私に手を出すようには見えないけどね。
「よし俺は寝る電気は切る。俺は熟睡を求める男、ダン・スリーパー」
洗面所で長い髪を三つ編みにしていると、呻くような声でベッドの方からダンがそんなことを言い始める。
「あ、ちょっと待ってもうすぐ終わるから」
「へいへい」
てっきり問答無用で電気を切られてしまうと思ったけど、そこまで冷たくはないらしい。
「おまたせ、私ももう寝ちゃうから電気も……」
言いかけて、私は既にベッドからいびきが聞こえてくるのに気がつく。見ればダンは既にぐっすりと眠っており、だらしない表情でもうよだれまで垂らしていた。
シンデレラの操縦はかなり疲弊するとは聞いていたけど、流石にここまでとは思わなかった。毛布もロクにかけないまま眠るダンに、そっと毛布をかけてから私もベッドへ入る。
寝る前に少しこれからどうするかとか、聞いておきたかったんだけどまあいいか。
私が朝目を覚ますと、既にダンはどこかへ出かけてしまっていた。一瞬置いて行かれたのかとも思ったけど、荷物が置きっぱなしだったからその内帰って来るだろう。
せめて書き置きくらい残して置いてくれれば良いのに、とは思うけどまああのダンがそんな気の利いたことをするとも思えない。
「……でも、出歩いて大丈夫かな……」
アラグからは少し離れたものの、ザリベナはまだヤナナの領土だ。グラスボーイにダンが乗り込んだところを目撃した人は少ないけど、ヤナナがシンデレラごとやられている以上、警備隊が動かないハズがない。ダンは別に目立たないわけじゃないし、目立たないように行動するとも思えなかった。
とりあえず身支度をして、ダンを捜しに行くことにした。
ザリベナの町はアラグ以上に田舎で、特に観光スポット的な場所はない。アイドル城も立っていないので目立つ建物がなく、ダンがどこをうろついているのか皆目検討がつかない。
町並みはすごく平凡だったけど、全体的に妙な緊張感があるように思う。多分それは、領主のヤナナが亡くなっているせいだろう。ヤナナは存在感のある領主だったし、反アイドル運動があったと言ってもそんなのはどこの町でもあることだ。男性達はともかく、少なくとも女性からの信頼は厚い、という印象が私の中にはあった。
それ以前に、今の時代でアイドルが死ぬこと自体珍しい。男性や非アイドル女性の平均寿命の十倍近く生きることの出来るアイドル(これは推定に過ぎず、寿命で死んだアイドルは今のところいない)は、病死や戦死でない限りはほとんど死なない。大戦前から生きていたアイドルも、かなりの数がまだ生きてどこかの領主を務めたり、警備隊の重要なポストにいるくらいだ。
そんなことを考えながら歩いていると、思いがけずカジノの前を通ってしまう。ダンはギャンブルをしても違和感はないけど、ダンのあの身なりじゃカジノには入れなさそうだし、何より男がカジノなんて余程の金持ちか女性の付き添いでないと入れてもらえない。
カジノはそのままスルーして通ろうかと思ったが、カジノから出てきた女性達が不意にこちらへ近寄って来る。
目があった瞬間あ、やばいなと気付いたけどもう遅い。負けたのか機嫌の悪そうな三人の女性はすぐに私を取り囲んでしまう。
「ねえお嬢ちゃん、少しお金貸してくれないかな?」
「え、あ、いや……持って、ないです……」
「おぉいおいおい! 藪蛇のアン・キーモさんの頼みが聞けねえか!? アンさんの目を誤魔化せると思ったら大間違いだよ嬢ちゃん!」
つついてないんだけどなぁ、藪。
「こぉんな綺麗なおべべとブロンドしといて無一文ってこたぁないだろ? 大丈夫さ、一時間もしない内に倍にして返してあげるよぉ」
藪蛇のアン・キーモ、と呼ばれたリーダー格の女は、あくまで優しげな口調でそう言うが、残りの二人はずっと私を睨んでいる。
「いやだからほんとに……」
「ほら跳んでみな! そこでジャンプすんだよジャンプ!」
跳んで小銭の音しかしないのは逆にお金持ってないんじゃ……。
言われた通りに跳びはねて見ると、アンはジッと私を見つめてくる。勿論小銭なんかポケットには入れてないから、音なんてしていない。
「……もう一回、跳んでみな……今度は激しく……」
なんかうっとりした表情で言われた。
「アンさん!?」
「いいから跳びな!」
アンに言われた通り、今度は派手に跳びはねて見せる。長いブロンドとスカートの揺れる感触がくすぐったい。それをジッと見つめた後、アンはポンと私の肩に手を置いた。
「……かわいいじゃないか」
藪蛇だぁ。
「金はいいから、今夜あたしの部屋に来ないかい? むしろチップをあげるよ」
「え、あ、いや、えぇ……?」
全く予想だにしなかった斜め上からのお誘いが私を襲う。そういう趣味を否定する気はないけど私は別にそういう趣味ではない。早々に立ち去りたかったけど、金目当てで絡んできた時の方がまだマシだったくらいにはアンの視線は熱い。
何で私変なのにばっかり絡まれてるんだろ……。
「マジッスかアンさん! ウチらのことはもう良いってんですか!」
「そうッス! ウチらアンさんのおにゃんことしてずっとにゃんにゃんしてきたじゃないッスか! 今更普通の女の子に戻れってんですか!」
「そうじゃない! あたしだって新しい恋がしたいのさ……」
もう何の話なんだかって感じだし、勝手に内輪もめし始めてるから今の内に逃げてしまいたい。そっとアン達の目を盗んで逃げようとしたけど、その腕はアンによってがっしりと掴まれた。
「逃げないでおくれよかわいい子猫ちゃん。あたしは何も酷いことしようってつもりじゃないのさ」
「いやあもうお金ならあげるんで放してもらえませんかね……」
もしかして私の財布の紐、緩過ぎ!?
しかしもうアンの目的はお金なんかじゃない。私の腕を掴んだまま放そうとしないし、このままだとほんとに色んな意味で食べられてしまう。
道行く人は見てみぬふり。通り掛かる男性は少し怯えた様子で逃げていくし、女性は関わるまいと目をそらす。もしかしなくても、藪蛇のアンはこの町では有名なのかも知れない。
どうしたものかと私が途方に暮れていると、一人の女性が私達の前で立ち止まる。凛とした顔立ちで、おかっぱ頭のその女性はキッとアンを睨みつけながら私達の前で仁王立ちしていた。
「なんだい、アンタ……」
言いかけて、アンはハッと息を呑む。その女性が服につけているバッジが、一体どういう意味を持つのか理解したからだ。
「聞かなければわかりませんか。“藪蛇のアン・キーモ”……あなたの話はこの町に来てからすぐに聞きましたよ」
「げ、ネコの連中だ! ずらかるぞ!」
叫ぶやいなや、アンは取り巻き二人を連れてどこかへと逃げ去って行く。女性は彼女たちを追おうともせず、ほっと胸をなでおろす私に微笑みかけた。
「大丈夫ですか? 何やら絡まれていたようでしたが」
「いえ、その……お構いなく……」
彼女が服につけている、猫の姿をかたどった金色のバッジ。それは警備隊――――オーキャッツの隊員である証だった。
彼女は、アルール・ララルールと名乗った。バッジが示す通り、彼女はオーキャッツの隊員であり、金のバッジはかなり階級が上だったハズ。
制服を着ていなかったことについて問うと、どうやら今日はオフのようでバッジを着けているのはアンのような連中に対しての牽制になるからだそうだ。かなり真面目な人のようで、オフの時であっても犯罪の抑止力となれるよう心がけているらしい。
出来れば警備隊の人には世話になりたくなかったけど、一応危ない所だったし、とりあえずお礼だけでも、ということで私はアルールさんと一緒に近くの喫茶店に来ていた。
「すみません、本来こういうお礼は受け取るべきではないのですが」
「もう、オフなんだから良いじゃないですか。仕事でもないのに助けていただいて、お礼をしないなんてのはちょっと……」
まあ料理を八皿たいらげられてもほんと困るんだけど。
アルールさんは上品にコーヒーを口にしながら、もう一度お礼の言葉を告げる。ダンとは何もかも真逆の存在、と言った感じで所作一つ一つに癒やされる。
あのガサツで粗暴で乱暴で汚いダン・ゲヒンマンとは大違いである。
「……何か?」
私がジッとアルールさんを見つめていると、それに気付いてアルールさんは小首をかしげる。
「あ、いえ……。私、兄と旅してるんですけど、兄はとっても下品で……。それに比べてアルールさんは上品だなって思って、つい……」
「そうですか、ありがとうございます。ですが、だからと言って兄上殿を邪険にしてはいけませんよ。どのような人物かは存じませんが……」
てっきり、やはり男性はダメだとか言い出すものだと思っていたけど、アルールさんは少しもそんな態度は見せない。オーキャッツの人達が取り締まる犯罪者は大抵が男性だし、てっきり男性のことは蛆虫かなにかみたいに思っているのかと思ったけど。
何だかそういう平等な態度も含めて、アルールさんのことが好ましく思えてくる。とはいえ、あまり近づくと身元がバレて実家に強制送還される原因になりかねないから適当なところで別れてダンを捜しに行かないと……。
「そういえば、名前を聞いていませんでしたね。差し支えなければ教えていただけませんか?」
「あ、はい。カナ……」
言いかけて口ごもる。ここでクリハラの名前を出してしまえば高速で身元がバレる。何か適当な名前を言いたかったが、すぐに思いつくほど機転はきかなかった。
「…………む、ムナゲ・ノビハラ……」
自分で言ってしまった。
「…………ムナゲさん、ですね。ともあれ、おいしいコーヒーをありがとうございました」
アルールさんはムナゲ・ノビハラと聞いて一瞬目を丸くしたものの、すぐに落ち着いた様子でそう答える。この人ほんと良い人だな……。
「すみませんがムナゲさん」
この人にそう呼ばれるときついな。
「細身でボサボサ頭、黒尽くめの男性を知りませんか」
アルールさんがそう言った瞬間、私はピタリと動きを止める。細身でボサボサ、黒尽くめの男と言えば私が知っているのはダンだけだ。
「これはオーキャッツとしての捜査ではありません。オーキャッツもその男を捜索していますが、今私は個人で動いています。ですから、この質問はオーキャッツのアルール・ララルールとしてではなく、アルール・ララルール個人としての質問です」
今まで穏やかだったアルールさんの雰囲気が、一気に威圧感のあるものへと変化する。私を責め立てようとか、尋問しようとかそういう意味ではないのはわかるけど、必死に平静を装いながらも鬼気迫る思いが隠し切れていない。
「……その男性って、一体……?」
「私の主を殺した男です」
主を、殺した。
私と出会う前のダンが何をしていたのかはわからないけど、思い当たる節はある。というか現場にいたし私はあろうことかそのコクピットで頭を三回もぶつけていた。
もしかしたらこの人、ヤナナ・ヤーヤヤの部下なのかも知れない。ダンがオーキャッツに追われているであろうことは昨日のことがなくても容易に想像出来るけど、個人レベルでダンが恨まれているなんてことは想像も……想像、も……いや、恨み買いそうだなあの男なら……。
「何か知っていますか? 少し動揺していらっしゃるようですが」
「あ、いえ、すいません! 主とか、殺したとか、ちょっとびっくりしただけです! 全然、心当たりはない……です」
「……そうですか。不躾な質問をしてしまい、申し訳ありません」
アルールさんはそう言って引き下がりはしたけど、その瞳から疑惑の色は消えない。私の嘘が下手過ぎるのか、それともアルールさんが鋭過ぎるのかはわからないけど。
先程まで穏やかだった空気が、一気にギスギスしたものになる。アルールさんは相変わらず私を疑っているようだったし、私も多分ポーカーフェイスなんて出来てない。
「そ、それじゃあ私は、この辺で……」
財布からコーヒー代を出して席を立とうとしたけど、その手をアルールさんにがっしりと掴まれる。
「知っていますねムナゲ・ノビハラ。ダン・リベリオンのことを」
名乗ったの私だけど真顔でムナゲはやめて欲しい。
ダン・リベリオンはダンがあの時、ヤナナと戦う前に名乗った名前だ。これでハッキリした、アルールさんはヤナナの部下で、ダンへ復讐するために捜している。
このまま振り切って逃げようかとも思ったけど、アルールさんの腕力を振り払えそうにない。成人したアイドル(だと思う)の腕力に、子供の私がかなうわけがない。
何とか逃げ出せないものかと思索していると、アルールさんの腰のホルダーに収められたトランシーバー型の端末がノイズを発し始める。アルールさんは片手で私の腕を掴んだまま、もう片方の手で端末を手に取って耳に当てた。
『アルール様、例の男を発見しました』
「本当ですか!?」
端末からそう聞こえた途端、アルールさんは飛びつくようにして端末を手に取る。この隙を突いて逃げようかとも思ったけど、ダンが見つかったと聞けば放っておく気にはなれなかったし、何よりアルールさんの手はまだ私の腕を掴んでいる。
「場所はどこですか!?」
『場所は二番通りの……“ゴーゴー・ホットマン”前……です』
「……何ですかそれは」
『ゲイバーです』
ゲイバーかぁ。
アルールさんに連れられるまま、私は二番通りへと向かう。大抵の町には、男性ばかりが集まる区域があって、ザリベナではこの二番通りがそうらしい。
圧倒的に女性が優位なこの時代、男性は肩身が狭い。そんな彼らが寄り添うようにして集まる区域、それが”ホットスポット”である。
ザリベナの二番通り、ホットスポットをしばらく歩いていると、ボサボサ頭で黒尽くめの男が一件のバーの前で唸りながらグルグルと同じ場所を歩き回っている。見るからにダンだったし、彼を見つけた途端アルールさんは目の色を変えていたけど、私は正直見てみぬふりをしたかった。
「俺は新しい出会いを求めるべきなのか……それともいつ出会えるともわからないアイツを待ち続けるべきなのか……」
「ダン・リベリオンですね」
周囲の男性から奇異の目線を向けられつつも、部下と合流したアルールさんはすぐにダンへ向かって歩み寄って行く。ダンはアルールさんを見た途端、吐きそうな顔で嫌悪感を示していたが、すぐに後ろの私に気づいて怪訝そうに眉をひそめる。
「違う。俺は愛に飢えた男、ダン・ロンリートゥナイ」
「何でも構いません。あなたは、ヤナナ・ヤーヤヤという人物を覚えていますか」
アルールさんの言葉に、ダンはしばらく考え込むような表情を見せたものの、やがて小さく溜息を吐いた。
「いや知らん。それは男の名か」
「ヤナナ様はれっきとした女性、それも偉大なるアイドルです」
「ああそうかい。じゃあ覚えてねえな。昨日ほじくった耳糞のサイズより興味がない」
きったねえなこいつは。
「あなたという男は……!」
私の目の前で、アルールさんの肩がわなわなと震え出す。今にも飛びかからんばかりの勢いだったが、アルールさんは右手の手袋を外すと、勢い良くダンの足元へ投げつける。
「プレゼントってぇのはもっと丁寧に渡すモンだぜ」
「決闘です! 今ここで、私はあなたに決闘を申し込みます! 拾いなさい、ダン・リベリオン!」
声高にアルールさんが宣言すると、今まで見ないふりをしていた周囲の男性達が一斉に私達の方へ視線を向ける。無理もない、女性の側から男性に対して対等な立場で決闘を申し込むなど前代未聞だ。
……って決闘!?
「俺は拾えと言われると断りたくなる男、ダン・アマノジャク。というか、俺はアンタと決闘する理由なんかないんだがな。誰かと間違えてねえか?」
「あなたのような男に、ヤナナ様が負けるなどあり得ない。あなたがどんな卑怯な手を使ってヤナナ様を倒したのか知りませんが、仇をうたせていただきます!」
「ということは何だ? お前はその”バナナ様”より強い俺を倒そうってのか。それはつまりお前、自分が”バナナ様”より強いって言ってるようなモンだ、”バナナ様”のこと馬鹿にしてンのか」
少なくとも一番馬鹿にしてるのはダンだった。
「どこまで侮辱すれば気が済むのですか! いいから拾いなさい! 挑戦を受けなさいダン・リベリオン!」
「ピーチクパーチクうるせえ女だな。喚かなくても……」
言いつつ、ダンは腰をかがめるとやや乱暴に足元の手袋を拾い上げる。
「拾ってやるよ」
悠々と、まるでアルールさんの放つ威圧感を物ともしない様子でダンは手袋を拾い上げる。その瞬間、固唾を呑んで見守っていた周囲の男性達がざわつき始めた。
「ああお前もしかしてアレか、先週俺が金借りたまま返してないジェーン・パラヤラの知り合いか」
「ヤナナ様だと何度言えばわかるのですかあなたは」
「バナナの一本や二本でカリカリしなさんな。で、決闘とやらはいつやるんだ」
完全に人を舐めきっているようにも見えるが、ダンは特別挑発しているようには見えない。多分ダン自身は普通に会話しているつもりなのかも知れない……と思うとダンの性格やら何やらには根本的な問題があるように思う。
私も初対面でハナゲ・バラバラとか言われたし多分ああいう奴なんだろう。
「……決闘は明日の正午、シンデレラを用いて行います。場所については当日迎えを寄越します」
「おいおいそりゃねえぜ。トラップでドカンなんて腹積もりじゃねえだろうな」
「このオーキャッツのバッジと今は亡きヤナナ様に誓ってそれはありません」
胸元につけたバッジを指差しながら、真剣な眼差しで言うアルールさんだったが、ダンの方は相変わらずと言った感じで、眠そうにあくびまでする始末だ。
一応立場的にはダン側のハズなんだけど正直この現場を見るとアルールさんを応援したくなってしまう。
「よし、じゃあそのおケツのバッジとバナナに誓って罠ドンはなしな」
「どうやらご両親から礼節を学ばなかったようですね」
少し皮肉めいたアルールさんのその言葉に、ダンはぼけっとしていた表情を不意に鋭くさせる。
「テメエらに巻き込まれて死んだ親に、一体何を習えってンだ」
ダンのその言葉で、一気に空気が重くなる。先程までダンを睨んでいたアルールさんも、どこかバツの悪い表情で口ごもってしまっていた。
そういえば私は、ダンの生い立ちを知らない。今の口ぶりから考えると、きっとダンの両親は……
「……もし、先のアイドル大戦のことを指しているのであれば……それは我々アイドルの責任です。この場を借りて詫びさせていただきます」
かなり口惜しそうではあったけど、アルールさんは深々とダンへ頭を下げた。ダンの両親が亡くなったのは、アルールさん個人のせいなんかじゃない。そんなことくらい、ダンも周囲の人達もわかっているハズなのに、アルールさんは律儀に謝って見せる。
この人は、アイドルである以前にびっくりする程誠実な人なんだと思う。物腰や話し方もそうだし、ヤナナに対する忠誠心にしてもそうだ。
アルールさんのこの対応にはダンも驚いたらしく、しばらくアルールさんを見つめた後居心地悪そうに顔を背けた。
「それで、母さんが帰ってくるわけじゃねえ」
小さく悪態を吐いてはいたけど、ダンはそれ以上アルールさんに何か言おうとはしなかった。
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