アイドルバスターズ!

おしく

第一話「名前は土産に持っていけ」

 地球で核戦争が起き、人類がほとんど死滅してからもう百年が経った。


 最早文明は完全に崩壊し、国も町もない、荒れ地だけが広がる死の世界で、人類は自らをレッドデータブックに載せてしまえる程に衰退していった。


 しかしダーウィンの悪戯か、はたまた人類最後の抵抗か。


 次の命を育む母胎、女性は種を存続させんとして急激な進化を遂げる。


 終末を打開せんとする最後の希望に、拠り所をなくした人は縋る。




 彼らは彼女達新人類を、前時代の偶像になぞらえ――――アイドルと呼んだ。














 元始、女性は太陽であり、それは今も変わらない。そして今、男性は――――月である。そんな言葉を誰かが言っていたような気がするけど、誰の言葉だったのかイマイチ思い出せない。事実、今の女性は本当に世界における太陽のような役割だけれど、今の私は全然太陽じゃない気がする。


 少なくとも今は、病人のような青い顔の月じゃないかなぁ。




「あ、あのぉ……そろそろ解放していただけませんかね……」


 私の周囲を取り囲むのは、屈強な四人の男達である。四人共大体四十代前半くらいだろうか。柄が悪いということはなく、一般家庭の普通のお父さん、という感じの人達で、どちらかというと気の優しそうな感じの人達にも見える。


 しかし私はそんな優しそうなおじさん達に取り囲まれており、その上かれこれ五分くらいは経過している。このままでは危ない、むしろおじさん達の方が。


「我々は、君のような女性にも反アイドル運動を行って欲しいと、そう頼んでいるだけなのだ」


 さっきからずっとこの調子で詰め寄ってくるんだけど、残念ながら私はそういう活動に参加するような余裕が一切ない。容赦なく突っぱねられれば良かったんだけど、私の性格の問題でそういう態度には出られなかった。


「頼む。男性だけでは説得力に欠けるのだ。今の世の中、おかしいとは思わんかね?」


 おじさんの言うことは間違っていない。確かに今の世の中はおかしいし、反アイドル運動なんてのが行われるのも当然である。だけど、だからと言って私がそれに参加するかどうかは別の話だ。気持ちはわかるし応援はしてあげたいとは思うんだけど。


 というか本当にこのままだと、警備隊の人達に取り押さえられるのはこの人達だし、そうなると私にとってもあまり良い状況にはならない。


 このアラグの街道は田舎町とは言え普通に人通りもある。警備隊が呼ばれるのは時間の問題だろう。


「お願いだ! アイドル達は間違っている! シンデレラで我々の恐怖を煽り、力をちらつかせる独裁国家に未来があると思うのか!」


「そ、それは確かに……良くないなーとは……思いますけど……」


 大抵の女性は、私のようにこんな弱腰じゃなくてきつく突っぱねるだろうし、すぐに警備隊を呼んで逮捕させてしまう。なので、珍しく力押しで説得できそうな私を逃したくないのかも知れない。


 そうして私が困り果てていると、そこを一人の男が通り過ぎる。細身で背の高い、黒ずくめの男だ。顎には硬そうな髭が短く並んでおり、手入れしていないのか頭はボサボサだった。


「あ、あの! お兄さん! ちょっと助けてもらえません!?」


 ダメ元で声をかけると、男は立ち止まってチラリと私の方へ目を向ける。しばらくジッと眺めた後、男は不愉快そうに地面へ唾を吐き捨てた。


「知らん。俺は女を好かない男、ダン・ハードゲイだ」


 え、待ってなにそれ。


「あーちょっとちょっと立ち去らないでください! ほら、困っている女性を助けるとアイドルから恩赦が……」


「やかましい! 俺は同じことは二度言わない男、ダン・イッカイダケだ!」


「ダン・イッカイダケ!? もっと何か思いつかなかったの!?」


 あ、話しかけちゃいけないタイプの人だ。


 もう諦めて反アイドル運動に参加して適当にやり過ごそうかな、と私が思い始めた瞬間、不意に気の抜けた音が鳴り響く。


 この場にいた全員の視線が、ダンとかいう変な人の方へ集中する。ダンは視線に気づいてもあまり気にしていない様子で、自身の細いお腹を右手で押さえた。


「……もしかしてお腹空いてます……?」


 恐る恐る問うた私に、ダンは答えない。答えはしなかったけれど、こちらを見ながら図星、と言った感じで顔をしかめている。


「……奢りましょうか?」


「……乗った」


 次の瞬間、目にも留まらぬスピードで、ダンの右足が私を何とか説得しようとしていたおじさんの顔面に叩き込まれる。


 そのあまりのスピードについていけるわけもなく、私は目を丸くしてダンを見つめていた。


「バドンさん!」


 バドンさん、と呼ばれたおじさんはそのまま仰向けに倒れてしまい、残りの三人がざわついた。


「なんてことするんだ! 我々は話し合いをしているだけで……」


「うるせえ! 俺は腹が減ったら見境がなくなる男、ダン・ハングリーだ!」


 危険人物じゃん。


「ってちょっと、確かに助けは求めましたけど何も蹴ること……」


「俺はダン・イッカイダケだ! 二回目は言わん!」


「それが二回目なんだけど!?」


 私の言葉も無視したまま、ダン・イッカイダケは凄まじい速度でおじさん達を叩きのめしていく。最初は抵抗しなかったおじさん達も、三人がかりでダンに襲いかかったが、結局三人ともその場でノックアウトされてしまった。




 腹が減ったら見境がなくなる男ダン・ハングリー。私はこの時まだ、とんでもない人物に出会ってしまったことに気づいていなかった。




















 それはもう品も糞もあったようなものじゃない食べ方で、目の前の男――――ダンはガツガツと食べ物を口に運んでいく。通り掛かる人達や店員もムッとした表情でダンをチラ見していたけど、ダンは全く気づかないので代わりに私が何度も頭を下げていた。


「あの……助けてもらったお礼とは言え……食べ過ぎじゃないです?」


「ん、ああ? まだ二皿目だろ」


 五皿目である。


 食べるのに夢中で数を数えていないのか、そもそも食べ過ぎという概念が通用しないのか。ダンは話しかけると一度手を止めたものの、しばらく待って私が言葉を発さないとすぐにまた食べ始めた。






 それから待つこと数分、実に八皿目をたいらげた所で、ダンはやっと満腹そうに椅子にもたれかかった。


「ふぅ……俺は満たされた男ダン・マンゾク」


「食べ方がダン・バンゾクでしたけどね」


 私の嫌味を気にもとめず、ダンはそれこそ満足そうに一息吐いて見せる。


「で、マルデ・キンピラだっけか? お前何でこんな町に用事があったんだ?」


「カナデ・クリハラです!」


 誰がきんぴらか。


「ああ悪い、それでハナテ・セクハラはアラグに何の用だったんだ」


「……もういいです。別に特に用事ってわけじゃないんですけど。ちょっと訳ありで」


 私とダンが今いるこの町、アラグはそれ程大きな町ではない。特別何か用があるとすれば、里帰りだったり、或いはアラグの知り合いに会いに行く、だったり。つまりアラグは田舎なのだ。


「ダンさんこそ、何か用事が?」


「さんはいい、敬語も。女に敬われるとムカつく」


「……なにそれ。まあ私もこの方が喋りやすいんだけど。それで、ダンは何か用事が?」


「俺は秘密を語らない男、ダン・シークレット」


「言いたくないってわけね」


 はいはい、と適当に流して私は席を立つ。あまり感じの良い人でもないし、これ以上関わりたいとも思わなかった。


「それじゃ、私はこれで。会計はすませておくから。助けてくれてありがとね」


「おう、じゃあなハナゲ・バラバラ」


 さっきから名前の母音だけ合わせて来るのムカつくなぁ。










 会計をすませた後、思いの外お金のなくなった財布を見て私は溜息を吐く。ダンに会わなければあのバドンさん達に捕まったままだったけど、助けてもらったとは言えまさかここまで食べられるとは思っていなかった。それなりに余裕を持たせてお金を用意したつもりだったけど、その余分に用意した分のほとんどがダンの食事で消し飛んでいる。


「……ハァ」


 上を向いて溜息を吐いても、結局下へ落ちていく。ダンには適当に誤魔化したけど、私はこの町に用事なんてなかった。


「町を、世界を、変えたいと思いませんか! 男女は平等であるべきです! アイドル社会を一緒に変えませんか!」


 広場を歩いていると、プラスチックのメガホンで中年男性がそんな声かけを行っている。周りには何人も仲間と思しき男性達がいて、その中には顔に痣を作ったバドンさん達もいた。


「アイドルが生まれて一世紀、男性は常に不利な立場に立たされ続けた! こんな不平等な世の中で良いのか! かつての文明社会は、このように間違っていただろうか!」


 私はバドンさん達に見つからないよう、そっとその場を立ち去って行く。アイドルとか、反アイドルだとか、今はなるべく関わりたくないというのが私の本音だ。


 というか私は、家から逃げてきているので見つかるわけにはいかない。変に目立てばクリハラ家はすぐに私を見つけ出すだろう。それだけは何とか避けたかった。


 そんなことを考えながら歩いていると、私の前に一人の女が立ちはだかる。細身で、黒いスーツのその女は、私の顔を見るやいなやペコリと頭を下げた。


「カナデ・クリハラ様、でございますね」


 早い、見つかるのめっちゃ早い。


















 アラグは小さな田舎町だったが、それでもアイドル城はそれなりに大きな物が建っている。この辺りの領主を務めるアイドル、ヤナナ・ヤーヤヤは派手好きなことで有名で、町民から搾り取る税金を引き上げてまでアイドル城を増築したのである。とは言っても、大きな町のアイドル城や首都圏のアイドル城に比べればちっぽけなものではあったが。


 アイドル城は領土を治めるアイドルの権威の象徴でもある。こんな田舎の領主であることに不満を持つヤナナは、せめて城だけでも派手にしようと考えたのだ。


 しかしこのアラグはヤナナのアイドル城以外は目立つ建物がない。普遍的な民家ばかりが並ぶアラグの町並みの中、このアイドル城は一際浮いてしまっている。そのため、ヤナナが領民から必要以上に税金を絞っていることは誰の目から見ても明らかだった。


 そんなアイドル城の午後、わざわざ職人に作らせた玉座に腰掛け、ヤナナは年代物のワインを口にする。かつての核戦争で年代物のワインはほとんど消し飛んでおり、現存している古いワインは極僅かだ。そのため、このワインの値段は一般的な成人女性の年収と大差がない。


 しかしそんなワインを口にしても、ヤナナの表情は緩まない。退屈そうに一口、二口とワインを口にした後、ヤナナは隣にかしずいている侍女にワイングラスを差し出す。


「アルール、このワインは飽きた」


「……は、すぐにお下げいたします」


「良い、お前が飲め」


「……! しかし、こんな高価なものをいただくわけには……!」


 困惑する侍女、アルール・ララルールへ強引にワインを押し付け、ヤナナは溜息を吐く。世界が、アイドルと呼ばれる超人類による時代を迎えてもう一世紀。まだアイドル同士で争っていた二十年前を思うと、随分と退屈な世の中になったものだとヤナナは思う。


 かのアイドル女王、リリン・クリハラがアイドル大戦を終結させてからもう十年。大きな戦争は一度も起きていない。小国同士の小競り合いこそあるものの、世界は一時的に平和な時代を迎えていた。


 ヤナナにとってはそれがつまらなくてかなわない。極上の贅沢も、派手な城も彼女の退屈を凌ぐには至らない。愛機「レッドライン・ベル・ドゥー=キー」を駆り、何十体ものシンデレラを破壊していたアイドル大戦時代の方が余程楽しかったと思える。そう考えると、こんな田舎の領主よりも警備隊にでも入っていた方がまだマシに思えてしまう。


「つまらないな、アルール」


「……仰る通りで」


 それ程同意した様子もなく、アルールはただ首肯する。それが余計つまらなかったのか、ヤナナはまた溜息を吐いた。


 そうしていると、不意に部屋のドアがノックされる。


「入れ」


「失礼致します。ヤナナ様、またしても町内でデモ運動が行われているようでございます」


 部屋に入って一礼し、そう告げた侍女を見て、ヤナナはしばらく考え込む。それから数秒後、何かを思いついたかのようにヤナナはニヤリと笑みを浮かべた。


「ドゥー=キーを出せるか」


「は……シンデレラを?」


「メンテナンスは常にさせているハズだが」


「はい。ですが、たかがデモ運動にシンデレラ……それもヤナナ様自ら出撃など」


「それが良いのだ。私が直接出る、そのことに意味があるのだからな」


 ヤナナ自らシンデレラで恐怖を植え付けることで、デモ運動を制圧しようと言うのがヤナナの考えだ。しかしそれは大義名分でしかなく、ヤナナは何かしら理由をつけてドゥー=キーを動かしたいだけである。これは今に始まったことではなく、過去にも数度ドゥー=キーが大した意味もなく出撃したことがある。中でも侍女達にとって印象的なのが「ドライブ事件」であり、ヤナナはドライブと称してアラグの上空を夜間にシンデレラで飛び回っていたことがあるのだ。


 しかしそんなヤナナも、デモ運動……生身の人間を相手にシンデレラで出撃すると言い出したのは今回が初めてだ。今までヤナナ自身が直接出ることはあっても、流石にシンデレラまで持ち出すことはなかった。余程退屈しているのか、それともどれだけ押さえつけても収まらないデモ運動に対して苛立ったのか。どちらにせよ、シンデレラの出撃はただごとではない。


「どれだけ鎮圧してもわからないのなら、力でねじ伏せてやろう。ドゥー=キーを準備しろ!」


 ヤナナに指示を出された侍女は、はい、と答えるとすぐに部屋を後にする。その様子を眺めながら、ヤナナはほくそ笑んだ。


















 少しずつにじり寄る女から、私は後退る。もう既に家から追手は来ているだろうと思っていたが、こんなに早く見つかるとは思っていなかった。逃げ切れる自信はなかったけど、とにかく今は逃げるしかない。


「逃げ切れるとお思いでしたか」


「……絶対、帰らない……」


「そう仰られても困ります。あまりお母様を困らせてはいけませんよ」


「そんなの知らない……! 私は帰らないって言ってるの!」


 キッと睨みつけてそうは言ったものの、果たしてこの女から逃げ切れるかどうか怪しい。私が家を出てからまだあまり日は経っていない。恐らく近隣の町を捜させて、たまたまその内の一人がアラグで私を見つけた……そんな所だろう。他にも仲間がいるかも知れないけど、とにかく今ここにいるのはこの女だけだ。


「カナデ様、父親のことは確かに残念だったとは思います。しかし、その程度のことであなたのアイドルとしての未来を閉ざすなど……」


 お母さんはお母様で、お父さんは”父親”……。その言葉の差が、まるで当たり前であるかのように女は語る。おまけにその程度だなんて言われて、私はカッと頭に血が上るのを感じた。


「アンタ達のそういうところが嫌だって言ってるの! お母さんみたいなアイドルになるくらいなら、私死んでやるから!」


「なんてことを……!」


 そのまましばらく女と睨み合った後、私は一気に駆け出す。後ろから女の走る音が聞こえたが、もう振り返らなかった。


「待ちなさい!」


 女の止める声も聞かずにそのまま逃げて、バドンさん達がデモ運動をしている広場まで辿り着く。それなりに人が集まっているので、ここなら何とか人混みに紛れられるかも知れない。すぐに人混みの中に飛び込もうとしたけど、何やら様子がおかしいことに気がつく。よくよく見ると、バドンさん達も町の人達も上を見上げて唖然としていた。


「え……何……?」


 耳をすませば、ジェット音に似た轟音が聞こえてくる。あの音は聞き間違えようがない……アイドルエンジンの駆動音である。


『愚かな男達よ、今すぐそのデモ運動をやめるがいい!』


 上空からスピーカーで女性の声が鳴り響き、一体の巨人が広場の噴水を破壊しながら降り立つ。


「し、シンデレラ……! 何で……!?」


 そこに立つ巨人は、赤く細い、女性的なフォルムをした巨人だった。正確には、全身を走る赤いラインが派手なだけでボディそのものは黒い。破壊された噴水から透き通った水が巨体を装飾するかのように噴き出している。


 アイドル専用人型機動兵器……シンデレラ。アイドル大戦時代の兵器であり、アイドル達の力の象徴がそこにはいた。


『このドゥー=キーのクリムゾンサーベルの餌食になりたくなければ、大人しくデモをやめることだな』


 ドゥー=キーと呼ばれたシンデレラは、腰のホルダーから筒状の機器を取り出してスイッチを入れる。すると、伸びるようにしてアイドルエネルギーで形成されたサーベルが伸び、近くの建物を突き刺して破壊する。


「わあああッ!」


 崩れた建物の瓦礫が、上から人々を襲う。瓦礫から逃げ惑う人達が、蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていく。私もすぐに逃げようとしたけど、必死で逃げ出す他の人達に突き飛ばされてその場に倒れ込んでしまった。


「……つっ……!」


 起き上がりつつ、私はドゥー=キーを見上げる。ドゥー=キーの胸部……コクピットにあたる部分はハッチが開かれており、中から一人の女性がこちらを見下ろしていた。


 派手な赤色をした長い巻き髪に、少し濃いめの化粧。彼女は確か、この町の領主のヤナナ・ヤーヤヤだ。確か一度、うちで開かれているアイドル達のパーティーに出席していたことがある。


 領主自ら現れたことにも驚いたけど、何より彼女が平気で建物を破壊したことに私は驚いていた。まるで町や民のことなんてどうでも良いみたいに。


 思わず、私は拳を握りしめた。だからと言って、私には何も出来はしないのだけど。


「わ、我々はシンデレラには屈しない! 屈しないぞ!」


 いつの間にかメガホンを持っていたバドンさんが叫ぶが、その声は震えている。既に町民達は逃げ去っており、私を追っていた女も姿を消している。一応撒けたみたいだけど、このままここにいれば私も危ない。


『そうか、ならばこのクリムゾンサーベルで焼き尽くしてくれる!』


 まだ刺す気はないのか、脅すようにヤナナはクリムゾンサーベルをバドンさん達へ向ける。サーベルから放出される熱を感じて、流石にバドンさん達が悲鳴を上げ、私も逃げようと思った――その時だった。


「……偉ェ騒ぎだなぁおい」


 気の抜けた声と共に、ボサボサ頭をひっかきながら現れる男がいた。


「……って、ダン!」


「……セナゲ・ノビハラ」


 アンタほんとは覚えてるでしょ。


『何だ、そこの男も反逆者か?』


 ドゥー=キーのコクピットから、ギロリとヤナナがダンを睨みつけたが、ダンはだるそうにあくびをするだけで怯える様子はない。


「ああそうそう、俺は反逆の男、ダン・リベリオン」


『ならば貴様も消し炭だ』


「そうかい、そいつは良かった」


 これまでとぼけていたダンが、不意に不敵な笑みを見せる。


「食後の運動にゃ……丁度良さそうだ」


 そう呟くと同時に、ダンはパチンと指を鳴らす。すると、凄まじい轟音と共に透き通った球体が飛来する。それを見た途端、ヤナナは慌ててコクピットに戻ってハッチを閉めた。


『何ィ!?』


 球体はそのままドゥー=キーへ激突すると、ドゥー=キーはその勢いでよろけて尻餅をつく。その拍子に建物が破壊され、コンクリート片が辺りに飛び散った。


 って今の轟音って……アイドルエンジン!?


「来たな……!」


 ダンが呟くと同時に、球体から梯子が降りる。ダンがそれに捕まったのを見て、私も思わずそれに飛び乗った。このまま下にいると潰れそうだけど、だからと言ってこの状況を何も見ないままスルー出来る程、私の好奇心は死んでいない。


 急速に梯子が球体へと戻って行き、私とダンは球体の中へと入っていく。球体の中は私の予想通り、シンデレラのコクピットだった。


「これってシンデレラの……何で男のアンタが!?」


「あ、おい勝手に入ってくんな! 女にひっつかれてるとイラつくんだよ!」


「何よそれ! 良いから説明しなさいよ!」


「それどころじゃねえだろうが! ああもう、このまま行くぞ――――!」


 そこで突如、機体はコクピットの中にも聞こえる程の音量で、アイドルエンジンの駆動音を鳴り響かせる。コクピットからだとどうなったのかはわからないけど、音から察するにあの球体は変形を始めている。


 鈍重な音を立てて、二本の何かが地面についた所で、メインカメラが高速で再起動してフロントの画面に外の映像が映し出される。そこに映し出されていたのは、既に立ち上がったドゥー=キーの姿だ。ドゥー=キーと全く同じ目線でドゥー=キーを見ていることから察するに、あの球体は……人型に変形したのだ。






 倒れたドゥー=キーを起き上がらせたヤナナは、メインカメラに映る光景に愕然としていた。


 飛来した正体不明の球体に押し倒され、困惑したまま起き上がれば、目の前の球体は急速に変形を始めて人型のマシン……シンデレラへと変形していたのだ。否、アレをシンデレラと呼べるのだろうか。


 超人類、アイドルに覚醒出来るのは生まれながらにアイドル細胞を持つ女性のみだ。アイドルが身体からエネルギー波として放出する、アイドルエネルギーによって動くシンデレラは、女性しか動かすことが出来ない。故に、あの”男”がパイロットである事自体おかしいのだ。


 その上、シンデレラはアイドルの、女性の権威と力の象徴でもある。そのシンデレラが、あのような男性的なフォルムをしているハズがない。


 球体から飛び出した両手両足はしなやかながらも力強く、透き通ったガラスのような美しい装甲を持っているがアレは女性的なものというよりは、さながら美少年のような美しさだ。このようなシンデレラが……男性型のシンデレラが、この世に存在するハズはない。


「何だそれは……何だその機体はァッ!」


 コクピットのレバーを握りしめ、スピーカーを通して叫ぶヤナナに、男は、ダンは静かにシンデレラのスピーカーからこう答える。


『――――グラスボーイ!』






 驚き、愕然としたままのドゥー=キーにもお構いなく、ダンはグラスボーイでドゥー=キーに殴り掛かる。完全に不意をつかれたドゥー=キーは、サーベルで反撃するどころか、防御することもかなわずグラスボーイの鉄拳を頭部に浴びせられる。


『貴様ァァッ!』


 のけぞりながら激昂し、数歩引いた後ドゥー=キーはグラスボーイへサーベルを突き出して来る。あまりの恐怖に私は目を閉じてしまったけれど、どうやらグラスボーイは無事回避したようで、コクピット内に衝撃は起きなかった。


『それで避けきったつもりかッ!』


 ヤナナの声が響いた瞬間、メインカメラが塞がれる。サブカメラの映像から察するに、グラスボーイは今、頭部を左手で掴まれている。


「チッ……!」


『元始、女性は太陽であった……それは今も変わらない。では、貴様ら男は何だッ!?』


 ドゥー=キーから必死に逃れようともがくグラスボーイだったが、ドゥー=キーの腕力から逃れることは構わない。ドゥー=キーの左腕を破壊しようとグラスボーイは両手でガンガン叩き続けたが、装甲が硬いのか中々壊れる気配はない。


『貴様らは地を這い、太陽の光を乞う哀れな虫ケラだッ! その虫ケラ如きが、シンデレラを駆り、太陽に近づこうなどとはおこがましい! その驕りと蝋で出来た羽根、私が焼き尽くしてくれるッ!』


 ドゥー=キーがサーベルを振り上げる。このままコクピットを貫くつもりだ。


「だ、ダン!」


 しかし、焦っているのは私だけだった。当のダン本人は、めんどくさそうに舌打ちこそしたものの、特に焦っているような様子はない。


「――――魔法が解ける時間だぜ……タイムオーバーだ!」


 不意に、グラスボーイが両腕を広げる。すると、グラスボーイの身体から青色のオーラが発されているのがサブカメラからでもわかった。


 これってアイドルエネルギー……? でもダンは男だし、そもそもこれって……攻撃なの……!?


『何をしても無駄よッ! 死ねィッ虫ケラァッ!』


 もうグラスボーイが何をしようとも関係ない、とでも言わんばかりに突き出されるクリムゾンサーベル。しかしその刀身は、いつの間にやら消え去っていた。


「言ったろ、”魔法が解ける時間”だ」


『馬鹿な……出力が……!?』


 緩んだ左腕から逃れ、グラスボーイはその右肘と膝で挟むようにして伸ばされたままのドゥー=キーの左腕を破壊する。


『くぅッ! 何故まともに動かんッ! ドゥー=キーッ!』


 よろけたドゥー=キーへ、追い打ちをかけるようにしてグラスボーイの蹴りが炸裂する。そのままドゥー=キーは仰向けに倒れ、背後の建物を派手に破壊した。


「ちょっと! 町まで壊さないでよ!」


「無茶言うな! それより大人しくしてろ、頭打つぞ!」


 いや実はもう三回くらい打っててかなり痛い。


『……ッ! そうかアンチシンデレラユニット……例の計画の生き残りか!』


「ご名答。テメエらに移植されたクソッタレの”アイドル細胞”……ありがたく使わせてもらってるぜェッ!」


 アイドル細胞を……移植? まるで聞いたことのない話だったけど、もしそれが本当なら、ダンがシンデレラを動かしていることにも説明がつかなくもない。だけど、どっちにしても突飛な話だった。


『逃げたモルモットが化けたか! 楽しかったぞダン・リベリオン!』


「ごちゃごちゃうるせえ! 俺は太陽をぶち壊す男、ダン・ブレイカー! 名前は土産に持っていけェッ!」


 倒れたドゥー=キーを踏みつけ、グラスボーイは右拳を振り上げる。それと同時に、右腕部の装甲が高速で折り畳まれるかのように変形していく。まるで骨組みだけになったみたいな細い右腕とは裏腹に、収束した装甲によって形成される巨大な右拳。正に――――太陽をぶち抜く隕石だった。


「サンブレイクフィストォォォッ!」


 直訳の直球の技名だったが、その威力は名前に恥じない。炸裂したガラスの隕石は、ドゥー=キーの胴体をぶち抜くだけに飽き足らず、上半身を丸々粉砕してしまったのだ。


「ハァッ……ハァ……!」


 シンデレラはパイロットのアイドルエネルギーで動く。シンデレラで戦うことは、自分の身体で戦う以上に消耗が激しい。知識としては知っていたけど、隣で汗だくになるダンを見て、私は改めて理解した。


「よし、降りろ」


「え、このタイミングで!?」


 下にはもうこの町の警備隊が集まって来ており、破壊されたドゥー=キーと立ち尽くすグラスボーイを見て驚愕している。このタイミングでグラスボーイから降りたりすれば、必ず私は捕まるだろう。


「いいから降りろ! いつまでもくっついてんじゃねえ! 女臭ェんだよ!」


「アンタねぇ! ゲイだかなんだか知らないけど、さっきから失礼過ぎるんじゃない!?」


「知るか馬鹿野郎! 俺は女は好かねえっつってんだろうが!」


 うわしかも唾散らしてくる。出来れば私だって降りたかったが、とにかく今はダンとグラスボーイから離れるわけにはいかない。


「ああもうクソ!」


 悪態を吐きながらダンが操作すると、グラスボーイは先程変形した時と同じような音を鳴らし始めた。どうやら手足と頭部がしまわれて元の球体に戻ったのか、足元に若干の浮遊感がある。


「とりあえずとんずらさせてもらうか。お前をどうするかは後で考える」


 ひとまず難は逃れたかな、と安堵しつつ、私はサブカメラに映った下の景色を見る。そこには、嬉しそうにこちらへ手を振るバドンさん達の姿があった。数秒としない内に警備隊に捕まっちゃったけど。










 グラスボーイで移動している内に、外の景色はすっかり赤くなってしまっていた。隣で見ているとダンがかなり疲労していることがわかる。動力源がアイドルエネルギーということは、つまりパイロットの体力ということでもある。グラスボーイで移動出来るのにダンが徒歩でこの町に来ていたのは、消耗が激しいからだったのかも知れない。


「……ねえ、ダンは一体何者なの……?」


 出会った時から抱いていた疑問を、ふとダンへぶつける。秘密を語らない男、ダン・シークレットが語ってくれるとはあまり思わなかったけど。


「彼氏を捜しながらアイドルを潰して回っている。俺はアイドルバスターだ」


「あ、アイドルバスターって……!」


 実家にいた時、一度だけ聞いたことがある。反アイドル派の人達が集まって、アイドル社会を変えるために暗躍している、アイドルバスターと名乗る組織があると。人数も少ないし、取るに足らない、みたいに言われた気がする。まさかシンデレラを操縦する反アイドル派……それも男の人がいたなんて夢にも思わなかった。


 それに、アイドルと戦うなんて無茶苦茶だ。アイドルを敵に回すということは、世界中を敵に回すことに他ならない。バドンさん達のようなデモ運動どころじゃない、これは立派な”反逆”だった。それはあまりにも無謀な話で、ダンがしれっと彼氏を捜しているなんて言ったことについてはあまり気にならなかった。


 でも、この人とグラスボーイなら、ひとまず大抵のアイドルは退けられるだろう。潰して回っているということは旅をしているみたいだし、この人についていけば家から逃げられるかも知れない。


 それに……これは私の勝手な気持ちでしかないけど、グラスボーイは私が振り上げられなかった拳を代わりに振り上げてくれたように思う。ヤナナの暴挙を見て、握りしめることしか出来なかった私の拳を、グラスボーイが代わりに。


 勿論、ダンにはそんなつもり毛ほどもなかったのだろうけど。


「……私も、連れてってくれない?」


「え、嫌だ」


 言うと思った。


「即答しないでよ! お願い、事情は後で話すから!」


「うるせえな、うんこしてえしそろそろ降りるぞ」


「真面目に聞いてよ! ていうか鼻掘らないで!」


 まるで取り合う気がなさそうだししかも汚い。私だって出来ればこんな奴にはついていきたくなかった。


「お前を連れていくメリットなんかねえだろうが。女が近くにいるってだけでもストレスなんだよ、ほら見ろ円形ハゲだ」


「はぁ!? 今の間だけで出来るわけないでしょ! 前からあったやつじゃないのそれ!」


「いーーや違うね! さっき出来た! お前がコクピットに乗ってからハゲた! 俺がツルツルになる前に失せろ!」


「こ、この……!」


 こんなメチャクチャで失礼な奴、本当はこっちから願い下げだった。もうマジで降り次第一人で行動した方が良いんじゃないかと私自身思う。だけど、私は二度もこの男に助けられている。この男がいなければ、とっくの昔に本家へ強制送還されていたことだろう。つまり元々、私一人で逃げおおせることが出来る程世の中もクリハラ家も甘くはなかったということである。


「おーりーろ! おーりーろ!」


 片手でバンバン壁を叩きつつ、ダンは片手で操作してハッチを開けて足元から梯子を降ろす。不意に足場が抜けて落ちそうになりながらも、私は何とかコクピットの座席に捕まって持ちこたえる。この高度から降りたら死ぬっつーの。


「お、おち、おちっ……死ぬわよ落ちたら!」


「おうおう勝手に死ね。お前も未来のアイドルだろ、先に種は潰しとく」


「わ、私は……私はアイドルなんかにはならない!」


 私のその言葉に、ダンはピクリと反応を示す。


「確かに私にはアイドル細胞があるわよ! 家もアイドルの家系! だけど、私はそれが嫌で飛び出して来たんだから!」


 今まで私の話を全部適当に聞いていたダンが、珍しく真面目に話を聞いている。とにかく落とされるわけにはいかないので、何とか足場を戻すように……ハッチを閉じるように説得する必要がある。


「お願い、しばらくで良いから私を連れてって! なるべく邪魔はしないし、手伝いもする! 女が嫌なら髪も切るしスカートも履かない! 喋り方だって変えるわ……変えるぞ!」


 小さい時から伸ばし続けたブロンドのロングヘアを切ってしまうのは勿体ないけど、命と天秤にかけるならあまりにも軽い。仮に助かったとしても、家に戻されたのでは死んだのと同じだった。


 ダンはしばらく真面目に私の話を聞き、少し考え込むような顔を見せる。しばらくコクピット内に沈黙が降りたが、すぐにダンのお腹の音で緊張感はかき消えた。


「……ご飯なら、奢るわ」


「…………チッ、乗った」


 舌打ちしながらそう答え、ダンは足場を元に戻す。やっと安定した足場に安堵して、私はダンをジト目で見つめる。まさかご飯が決め手になるとは……。あ、ていうか早くも喋り方変えてなかった。


「……ご飯なら、奢る、ぜ……?」


「言い直さんで良い。髪も服もそのまんまで構わん。ただし飯だけは奢れ。俺は金がない」


 今までどうやって旅してたんだこの人……。


「で、名前は」


 結局覚えてないのか、と言いたかったのをグッと飲み込んで、私はもう一度だけ名前を告げる。


「カナデ、カナデ・クリハラ」


「カナデ・クリハラね。俺は一回で物を覚える男、ダン・イッカイダケ」


 結局名字はわからずじまいだけど、とりあえずダンで良いか。ていうか一回で覚えてないし。




 こうして私は、このわけのわからない男、ダンと共に、アイドルを潰して回る旅に出ることになった。




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