#17、同業
「クロード、ギル。これはどういう状況だ?」
「いやオレ等に訊かれてもな」
爽やかな朝、自室のベッドに胡座をかいたフィールは隣の二人に疑問をぶつけた。
彼、彼女等の目の前には床に膝をつけ、四つん這い、いや土下座したジークムントとその仲間達が無言で深く頭を下げている。
とても部屋が狭い。
「先日は本当に申し訳なかった。謝って許される問題ではないが、聖騎士の誓いリーダーとして今日は正式に謝罪をしにきたんだ」
「?」
「フィー。クインズハーピーのクエストの時だよ」
「ああ!」
「いや、『ああ!』じゃねえよ。忘れてたのかよ」
「すっかり」
フィールの返答に、ギルバートががっくりと肩を落とす。
「お前なぁ、命狙われてそれはヤバイと思うぞ」
「命を狙われた?」
「フィー、もしかして寝惚けてる?」
何を言ってるんだというフィールに、その場にいた全員が大丈夫かコイツとフィールに視線を注ぐ。
これにはフィールと彼等の価値観の違いにあった。クロード達にとっては死に近い攻撃であってもフィールにとってはそこそこ火力のある阻害攻撃でしかなかったのだ。
「? ちゃんと起きているが」
「あーごほん。話を戻すぞ。取り敢えず謝罪に来たんだったな」
仕切り直しとギルバートが一つ咳払いをし、真剣な目に戻る。
「悪いがそれ受け取る気はねえわ」
「そう、か」
リーダーであるギルバートの答えに聖騎士の誓いの面々が悲しげに目を伏せる。
許されないだろう事は分かっていたが、改めて言葉にされるのはやはり堪えたのだろう。室内に重苦しい空気が流れた。
「けどな、それはあくまでオレ個人の気持ちだ。クロードと当人のフィールまでは知らねえ」
聖騎士の誓いが二人を見る。四人は審判を待つ罪人のように脅えと恐怖、あとは少しの期待に瞳を揺らす。
「俺は……答えを委ねるみたいで悪いけどフィーが許すなら許そうと思う」
「クロード! 忘れたのか。ソイツが今まで」
「いいんだギル。いまの俺にはその権利はない」
「つ。ギルバート、クロード。突飛ですまないが、ディアの件もついても謝罪させてくれ。今まで本当にすまなかった」
ギルバートとクロードが同時にジークムントを二度見する。続いて自分達が聞いたのは幻聴ではないかと互いに顔を見合わせる。
「ディア?」
「え、あ、何でもないんだ。ジーク、その話は後にしよう。本題は」
「フィールさん!」
ごめんなさいしか口にしていなかったモニカが意を決し、一歩前に出る。
「あの時は本当に申し訳ありませんでした。もちろん謝って許される事ではないのは私もよく理解しています。もし気が済まないのであれば殴るなり蹴るなり私を好きにしてくださって構いません」
モニカがジークムントの横で土下座する。
数日前の高飛車は何処へやら。いまの彼女は小刻みに全身を震わせ、ひたすらに頭を垂れる。
「違う。モニカだけが悪いんじゃない。私達、全員が悪いの。だからどうか叩くのなら私も一緒に」
「セダ……」
「オレも宜しく頼む」
「私にもお願いする」
ベッドの前に、覚悟を決めた聖騎士の誓いの横並び土下座が形成される。
なんだこのサンドバッグ志願者は。
珍しくフィールは引いた。奇怪なものを直視しながら、少しだけ彼等と距離を取る。
「(街の人間は諍いを起こすと、問題を起こした側が袋叩きを願い出る風習なのか?)」
そして思考も明後日の方向に飛んでいた。
別段フィール自身はそこまで腹を立ててはいないのだが、ここは郷に入っては郷に従えか、うーんとうなり声をあげる。
だがしかし、フィールの態度にしばきだけでは不服と受け取った聖騎士の誓いはやはり金かと懐に手を伸ばす。
「もちろんお金の方も用意している」
「(サンドバッグのお代つき……)」
どちらも噛み合っていなかった。
「どうする、フィー」
何故こうも当たり前のように振る舞えるのか。初めて知る人里の文化にフィールはショックを隠せないようだ。
「……殴らない。金もいい」
「え、でも」
「怒ってない」
「しかしそれでは私達の気が」
フィールは心底嫌そうに眉間に皺を作る。
関わりたくない。全身でそう語っていた。
「! そうか。怒る気力すら湧かないほど嫌われてしまったのだな」
「どうしてそうなる」
「え?」
「お前達の事は元々好きでも嫌いでもない。ただ謝罪は不要だと言っている」
フィールは基本怒りを引き摺らない。
山奥狩猟生活において強い激情に身を任せ続ける行為は命の危険が伴うと実地教育されているからだ。
聖騎士の誓いを立たせ、『用は住んだな。じゃあ帰れ』と言い放つ。
「ちょっ。それじゃあアタシの気が収まらないわ。ちゃんとケジメつけさせて!」
「ケジメ? なんだそれは」
「えっとねフィー。彼女は責任を取らせてほしいって言ってるんだ」
「……」
「何よその『うわぁ面倒くせぇ』って言いたげな顔は!」
「よく分かったな」
「誰でも分かるわよ。ったく。ほらっ、受け取りなさいよ」
そこそこ重さのある布袋が押し付けられる。じゃらっと金属と金属の擦れる音から金だろう。
「アタシの全財産よ」
「余計要らん」
「はぁ!? だったらアンタは何なら受け取ってくれるのよ」
「何も受け取る気はない」
「受け取りなさいって言ってんのよ!」
「断ると言っている」
フィールとモニカの押し問答に、他のメンバーが困惑と呆れで見守る。もちろん困惑は聖騎士の誓いで、呆れは黄金の剣だ。
譲らない二人に、ギルバートが手を鳴らす。
「フィー、そこまでにしとけ。見ての通りだ、聖騎士の誓いさんよ。ウチのフィーは何も要らねえとさ」
「しかし」
「ジーク。責任を取るってのは相手の意向を無視して金品を押し付けることか?」
「っ、」
「っーわけで貸し一にすりゃ問題ねえだろ」
「貸し1?」
「おう。相手にフィーが困った時、一回だけ問答無用で手伝わせる権利みてぇなもんだな」
そんな日は多分来ない。フィールは首を傾けるも、次にギルバートから「このままだとコイツ等は引き下がらない」と聞き、最終的に頷いた。
「ハハッ。そっちも中々頑固な奴たがいてんな」
「まあな。っと、んじゃ聖騎士の誓いの皆さんはとっととお帰りになるこった。こっちにも予定があるんでな」
「……ああ。邪魔をした」
ドアへと踵を返したジークムントをクロードが呼び止める。
「今度ゆっくり話をしないか」
「!……そうだな。いつか必ず」
◆ ◆ ◆ ◆
場面は変わり、ギルド内。
幾分か冒険者の捌けたギルドホールにて、ガイウスはきょろきょろと辺りに視線をやる。
「どうしたんですか。ガイウスさん」
「エヴァか。黄金の剣、いやフィールはまだ来ていないか」
「フィールさんですか。今日はまだ見てませんけど」
受付嬢のエヴァが、何かしたんですかと頭を横に動かして問いかける。
「いやそうじゃねえ。……ウチのアレがフィールの名前を訊いた途端、脅えちまってな」
「脅える? 珍しいですね。過去に何かあったんですか」
「いやそれが幾ら問い詰めてもだんまりでな。仕方がないからフィールの方に訊こうと思っていたところだ」
「でしたら宿まで使いを出しましょうか」
「いやそれほど急ぎの案件ではないからしなくていい。見かけたらガイウスが探していたとだけ伝えてくれ」
「わかりました」
それだけ言うとガイウスは来た道を戻っていく。
(はて、あの錬金馬鹿。昔フィールさんに喧嘩でも売ったのかしら)
「エヴァさん、この依頼受けたいんだけど」
「はっ、はい。ただいま」
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