#9、大型クエスト②
「ああ、久しぶり」
対するクロードは穏やかに、けれど苦手な相手なのか困ったように苦笑いを返す。
そこへクロードを庇ったのか、ギルバートが不機嫌率七割突破の声音で口を挟む。
「オレ等になんか用か。“聖騎士の誓い”さんよぉ」
「怖いな。久々に知り合いを見つけたから声をかけただけなのに」
「そりゃどーも。じゃあ用事はすんだろ」
しっしっと手を払うギルバートに男は気分を害した様子はなく、代わりにギルバートとクロードに挟まれ、真ん中へ座るフィールを直視する。
その無遠慮な視線に、フィールは訝しげに眉を寄せた。
「なんだ」
「失礼。君があまりにも美しい女性だったから、つい見惚れてしまった」
先程とは打って変わり、気障ったらしい笑みで男がウインクする。
一般の女性であれば誰もが胸を高鳴らせ、頬を紅潮させた事だろう。だがしかし長年の山育ち、おしゃれも色恋も明後日の方向に投げてきたフィールには全くといっていいほど響かなかった。
(なぜ片目を瞑る? 目に塵が入ったのか)
そんな的外れな内容を思案されているとは露知らず、男はフィールの右手を取り、その手の甲に軽く口づける。
「私はジークムント。以後お見知りおきを。美しいレディー」
「ジーク!」
瞬間、クロードがジークと呼んだ気障男に掴みかかった。けれどその手はあと少しのところで空を切る。ついでにフィールの右手も解放された。
「おっと、危ない危ない」
「何をしているの」
男と一緒に入室したセクシーな方の女が割って入る。鈴を転がしたような声だが、表情は侮蔑を孕んだものだ。もちろんそれはジークには向いておらず、クロードいやフィール一人に注がれている。
突然ガンを飛ばされたフィールは不愉快だと言わんばかりに睨み返す。
「っ! 生意気」
「あー、ストップストップ」
あわや一触即発の事態に陥るかと思いきや、女とフィール達の間に鞘に入った状態の剣が差し入れられる。
持ち主はあの赤髪の女性だ。
「ルイズ!」
「ジークもモニカも会議前に揉め事は起こすなっての」
ルイズと呼ばれた女剣士がそのまま鞘で軽くローブ女の頭を小突くと、フィール達に向き直る。
「オレんとこのもんが悪ぃな」
女性らしくない男っぽい口調で詫びるルイズにガン飛ばしした張本人が抗議するが、ルイズはハイハイと受け流し、元の腰に得物を差し直す。その後ろには小柄な神官少女が隠れている。
恐らくこの少女とルイズも聖騎士の誓いメンバーなのだろう。
「ハァ。そう思うんなら今後は首輪でも繋いで管理してくれや」
「ハッハッ。それが出来たら苦労しねーわ」
ギルバートの指摘にルイズは無理だと大きな声で笑い飛ばす。もしかしたらこういったトラブルが日常茶飯事なのかもしれない。
彼女は一頻り笑った後、フィールへと視点を写す。
「つかお嬢ちゃん、見かけない顔だな? ギル達と一緒に座ってっからパーティー組んでんのは分かるけども」
「ああ、最近冒険者になった」
「へぇ。あ、フィールちゃんって言うんだ。可愛い名前だね」
「っ、」
ジークムントがフィールの名を褒めた直後、ローブ女の顔が般若に変わる。先程の忠告は生かされなかったらしい。もっとも今度は先に気付いたルイズがデコピンで制して騒動には至らなかったが。
「ジョブはストライカーにアルケミストなんだ。凄いね」
一方、騒動の元であるジークムントは何処吹く風でフィールのギルドカードを覗きこんでいる。彼は自分を睨みつけるクロードすら気にも留めていない。
「それはどうも」
「私は聖騎士をやっているんだ。同じ前衛職業同士仲良くしてくれると嬉しいよ」
「ジーク。いい加減に」
「なんだいクロード。彼女は君の物じゃないだろう。それに冒険者が他の冒険者と自己紹介するのに問題でもあるのかい?」
クロードが、ぐっと押し黙る。
ジークムントの言った事は何ら間違っていないと理解しているからだ。
勝ち誇った目のままに、ジークムントが笑う。ただそれは何処か蔑むような色も孕んでいて、見ていてあまり気分のいいものではなかった。
だからだろうか。
フィールが珍しく口を出した。
「自己紹介は終わった。もう用はないだろう。さっさと席についたらどうだ?」
「アンタ、ジークに向かって「ぶっは! ジーク、おめぇ振られてやんの」
ぽかんとするジークムント、怒りに燃えるモニカ、爆笑するルイズ、それをオロオロと見守る神官少女。
そして周りは成り行きを凝視する冒険者。
軽くカオスである。
「なんだ、騒がしいぞ」
喧騒の中に良く通る、聞き覚えのある声が耳に届く。辿ると聖騎士の誓いが入ってきた扉に、正午に受付嬢と言葉を交わしていた中年男性が佇んでいた。
彼の登場に、多くの冒険者は口を閉じ、ルイズ達一行も近くの開いていた椅子へ腰かける。
「よし。ではこれからクインズハーピー討伐の会議を始めるぞ」
全員が席についたのを確認し、男が教壇へ立つ。
「この依頼を仕切らせてもらうことになった元冒険者のガイウスだ。今回の依頼について説明させてもらう。先程も言ったがクエスト名はクインズハーピーの討伐。報酬は前払いで一人金貨五枚、達成で大金貨二枚だ。それから活躍したものは別途ボーナスが支払われる。加えて討伐証明部位である翼は今回に限り一割増しで買い取りになると決まった」
ガイウスが一旦言葉を切り、冒険者を見渡す。
「異論も辞退もないな。では話を進める。クインズハーピーの群れが現れたのはアルデヴィア山脈、ここから五日程距離のある場所だ。斥候の調査により具体的な数は不明だが、かなりの数がいると報告を受けている。各自前金を受け取って十分に装備を整えてくれ。出発は明日の朝、夜明けとともに。場所はトルノア街道側の北門だ」
ここまでで質問はというガイウスに、一人の冒険者が手を上げる。
「道中のスケジュールは」
「道中で一泊、街道沿いの集落付近で一泊を繰り返して四日目の昼には麓に到着する予定だ。それから体を休めて五日目の深夜に仕掛ける」
「馬車はギルドが用意するのか」
「ああ。基本的には全てそれらは用意する。但し食料やテント、寝袋は各自で用意するように」
「現場の指揮系統はガイウスさんがするのか」
「そのつもりだ。もちろん混戦になった場合は各自のリーダーがメンバーに指示を出すように。他に質問は……ないようだな」
幾つかの質問を終えて、では最後にと告げたガイウスの目が鋭くなる。
「理解していると思うが依頼の最中に戦線を故意に乱す、意図的に不和を招くような行為はペナルティ、最悪ランクダウンだ。それから作戦指揮のため、参加者は俺に自分のスキルや所持魔法を教えてくれ」
ここで何人かの冒険者が渋い表情をつくった。当たり前といえば当たり前だろう。
指揮のためとはいえ、苦労して得た自分の得意技、必殺技を見返り無しで相手に教えたいと思う冒険者はなかなか居ない。
そんな冒険者に向けてか、ガイウスはどうしても教えたくないもの、隠していたいものに関しては無理に言わなくてもいいと告げる。
大した寛容っぷりだ。
それに納得したのか、一組のグループがガイウスへと近寄った。あとはそれに続く。
フィールは特に隠すようなスキルも魔法もないのでクロードやギルバートが動くまでひたすら待つ。
「じゃあオレ等も行くか」
室内の半数が姿を消した頃、ようやくギルバートが重い腰をあげてガイウスの元へいく。
「ランクDパーティー、黄金の剣だ」
「それぞれの名前とランクは」
「オレはギルバート。ランクD。魔法剣士で主に土魔法を行使する」
「クロード。ランクは同じくD。ジョブは侍。スキルは剣撃系と身体強化」
「名はフィール。ランクはE。ジョブはストライカーとアルケミスト。スキル、魔法はなく攻撃手段は拳と蹴りのみ。錬金術士に関しては今はちゃんとした錬金釜を持っていないので、デメリット付きの物しか作れない」
「!?……ああ、そうか。お前さんか」
名乗った瞬間、耳を傾けながら紙に纏めていたガイウスが勢いよく顔を上にやる。
どうやらフィールの噂を知っているようで、苦く笑みを浮かべる。
「早いな、もうEランクになったのか」
「ああ、会議を行う前に急いでランクを上げてきた」
「……は?」
スロウトカゲの尾を乱獲して一気にランクアップしたと聞き、ガイウスの持っていたペンが床に落ちる。
「す、すまん。もう一回いってくれ」
(スロウトカゲの乱獲? ベテランでも二十匹いくか、いかないかだぞ)
「? 今日の正午にスロウトカゲを百匹狩って、ランクアップした」
「……は?」
ガイウスの時が止まった。
ついでに偶然耳にした冒険者の時も止まった。唯一、事前に知っていたギルバートとクロードが、「まあ最初はそういう反応になるよな」と彼等に生暖かい視線を送る。
「もういいか?」
「あ、ああ。充分だ。行っていい」
「分かった」
フィールは頷いて、クロード達とともに前金をもらいに会議室を出た。
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