#8、大型クエスト
よく晴れた昼下がり、フィールはクロードとギルドにいた。傍らにギルバートの姿はなく、二人は並び立ち、掲示板に目を通す。
初依頼から五日。新錬金釜の完成を待ちながら、フィールはまだ黄金の剣の一員として冒険者を続けていた。
「やっぱり少ないな」
「昼過ぎだからね。仕方ないよ」
そうだなと同意して、フィールは年代物のボートを見つめる作業に戻る。残っているのは報酬の少ない討伐か採取のみ。今日は黄金剣オフ、ソロでいく予定なので出来るだけ面白い或いは時間を潰せるものを選びたい。
「フィーは何か希望とかある」
「面白いか暇潰し」
「うーん。その条件に当てはまるのは、コレかな」
クロードの手がボートの右下、ピンで止めた数枚綴りの依頼紙を一枚取る。
「薬の材料か」
「ああ。報酬は安いけど時間かかる奴だから暇潰しにはちょうどいいと思う」
【スロウキュアの材料が欲しい】
種別:Ⅱ
難易度:G 依頼人:薬屋店主
トルノア街道に潜むスロウトカゲの尾がほしい
必要数:5~10
基本報酬:銅貨五枚
期限:一日
因みにスロウキュアとは、行動遅延の異常だけを解くキュアポーションの下位みたいなものである。他にもポイズン、チャーム、パラライズといった専用解除薬がある。
「なるほど。時間がかかるという事はこのスロウトカゲとやらは強くはないがすばしっこいのか」
「それもあるけど、コイツ等は捕まえた相手にスロウ、行動遅延をかけてくるんだ」
「避ければいいじゃないか」
「それがね。コイツ等、掴んだ瞬間に外皮に魔法付与するから避けようがないんだよね」
一般の冒険者でも十匹捕獲はなかなか難しいとのこと。
暇潰しにはぴったりだとクロードから依頼紙を受け取り、カウンターに移動する。正午を過ぎた事もありギルド内に冒険者は少なく、朝のような窓口行列はない。
唯一空いていた受付嬢の元に並び、掴んでいた依頼紙と自分のギルドカードを差し出す。
「これを受けたい」
「かしこまりました。常置依頼を一つですね」
「常置依頼?」
「あれ。カード登録の際、説明されませんでした」
はて?とフィールは記憶の箪笥を漁る。ほどなく、じの棚から常に貼り出されている依頼だという回答が引き出された。
「ああ、説明してもらっていたな。確かに絶対に無くならない依頼で、受けて規定条件を越えたクリアをすると、買い取りではなく、それによって達成回数が加算される依頼……だったか」
「その通りです。はい、クエストの受注記録終わりました」
あっという間に手続きを終えたカードを受け取り、何かを思い出したかのようにフィールが口を開く。
「質問いいか」
「はい。なんですか」
「このクエスト、最高数はどれくらいだ」
「……はい?」
どうせやるなら目標があった方がいい。だらだらやってもつまらない。
「そう、ですね。……一番多く納品されたのは確か七つだったと思います」
「七つか、ありがとう」
ならば目標数は倍の十四個だ。
心に決めたフィールが、くるりと踵を返すと不意にまだ掲示板の前で難しい顔のクロードが視界に映る。
見ればクロードの手には二枚の紙が握られており、左右に忙しなく目を動かしている。
おそらく決めかねているのだろう。とはいえ今日は別に一緒に仕事をするわけではないので、フィールが助言をする必要はない。
一言告げて外に出ようと彼に近づこうと足を踏み出したその時、バンという大きな音が鼓膜を劈く。
当然、建物内にいた全ての人間が其方へ顔を向ける。音の発生源はギルド奥、スタッフオンリーと立て札のついた扉だ。
「エヴァはいるか!」
飛び出してきたのは眼光鋭い中年、一見、現役冒険者と見紛うほどに胸筋隆々の男だった。彼はフィール達を一瞥し、エヴァだろう受付嬢に視点を合わせる。
「緊急依頼だ。アルデヴィア山脈で商人がクインズハーピーに襲われた。連絡のつく腕利き冒険者どもを至急呼び戻せ」
「はっはい!」
「なっ、クインズハーピーだと」
「おいおい、マジかよ」
ギルド内に残っていた冒険者が一斉に騒ぎ出し、ある者は顔を強張らせ、ある者は驚愕に目を見開く。
それもその筈。
彼等のいうクインズハーピーというのは、討伐ランクCに値する魔物だからだ。
見た目は顔から胸までは人間の高齢女性を模しており、鳥の翼と下半身。特徴は大変食欲が旺盛、特に人間の太った男性が好物で浚ったあと甲斐甲斐しく世話をしつつも肥え太らせた最後は、食べるとされている。
戦闘スタイルは空中戦と魔法攻撃。
力もそこそこ強く、下半身の爪は人間の成人男性を軽々と持ち上げる事が出来る。
そして彼、いや彼女らはそれなりの知能を有しており、数十匹の群れで行動する。群れのリーダーは取り分け頭が良く、他と毛色が違うとのこと。
その事を知らないフィールは、何事かとクロードを仰ぐ。だがしかし、クロードも他の冒険者同様驚愕に襲われており、とても話が聞けるような雰囲気ではない。
「クロードさん!」
慌ただしくしていた受付嬢がクロードの名を呼ぶ。
腕利きの収集だろう、フィールの加入により黄金の剣のパーティーランクは一段落ちたが、クロード自身はDランク冒険者だ。
「クロードさん。ギルバートさんは、いま街にいますか」
「え、ああ。確かまだ宿にいる筈だ」
「分かりました。此方から使いを出しますのでクロードさんは申し訳ありませんが此処で待機していてください。冒険者の方が集まり次第、会議を行いますので」
自分に声がかからなかった所を考えるに、討伐ランクはDかその上なのだろう。
錬金釜の中身に高ランクの魔石は欲しいが資格がないのであれば仕方ない。更に受託なしで該当の魔物を倒せばペナルティー。最悪冒険者登録を取り消される恐れがある。
諦めるしかない。
フィールは、自分の依頼をこなすべく向きを変え、入り口へと歩を進める。
「了解。……フィー!」
「ん?」
「ごめん。そういうことだから」
「分かってる。戻るまで」
「いやそうじゃなくて。さっき受注したクエストの期日、いつまで」
「今日一日だが」
「一日……それなら無理か」
「無理とは」
「いやフィールも一緒に会議に出て欲しいなって思って」
「? 多分駄目じゃないのか。私は声をかけられていないところを見るに討伐ランクはDから上だ」
クロードもそれが分かっているのだろう、フィールの指摘にうっ、と息を詰まらせ、目線を床に落とす。そして直ぐに天啓が舞い降りたかのように、勢いよく顔をあげた。
「フィー。常置依頼どれくらいこなす予定」
「どれくらい。目標は14個だが……ああ、そうか」
フィールはクロードの意図を理解する。
クエストをこなしまくって今日一日でEランクまで上げて、と彼は言いたいのだ。
面白い。フィールの顔がにやりと歪む。
ただ十四匹狩るよりもずっとずっとやり甲斐がある。
「直ぐに終わらせてくる」
バヒュン。
因みにこのあと、張り切りすぎたフィールは誰にも破られることのない洗礼クエスト最速最多成功記録を樹立することになる。
「スロウトカゲ乱獲で二ランクアップってお前……いくらなんでも規格外過ぎんだろ」
「失礼だな。だがそのお陰で私も此処にいられるんだぞ」
「はいはい。つうかクロード、お前大分フィールに毒され始めてんぞ」
「そうかな。俺はフィールなら出来ると思って提案しただけなんだけど」
椅子に座ったフィールとギルバートをクロードの三人は和やかに会話している。
現在地はギルド二階、会議室。窓からさす茜色に染まった室内に沢山の冒険者が集まっていた。半数がギルド職員に声を掛けられた腕利きで、残りがフィールのようなEランクであった。パッと見、男女比は7:3といったところだろう。
「はぁ。何とかは人を盲目にさせるってか」
頬杖をつきながら脱力するギルバートに、フィールは首を傾げ、次いで机に置いた自分のギルドカードに目を落とす。
【表】
Name:Feel Age:17
Job:Striker,Alchemist
Rank:E
Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅴ
朝にはGだったランクが、見事洗礼クエストを連続クリアしてEに書き換わっていた。
「何か言ったかな、ギル」
「いんや。なーんにも」
「ん?」
がやがやと賑わう会議室の中で、フィールは何者かの気配を感じ、ドアを見る。
するとかちゃりと扉が開き、数人の冒険者が入ってくる。そして次の瞬間、モンスターや世間話、他愛のない会話を楽しんでいた冒険者が一斉にざわめいた。
有名人なのかと思いながら、フィールは新たな冒険者を観察する。
始めに入室してきたのは、武装した男だ。歳の頃はフィール達より少し上。手入れの行き届いた金髪を後ろに流し、その顔には何処か困ったような、それでいて女心を擽るフェロモンが発せられている。まるでお忍びの貴族が遊びにきたような錯覚を感じてしまう。
だが顔から下を見れば重厚な鎧を身に纏っており、背中に大きなロングソードを背負っていることから間違いなく冒険者であると理解できた。
二人目は二十代ほどの女冒険者だ。軽鎧と左右の腰にそれぞれ剣をさしているので剣士なのだろうと窺える。真っ赤な髪を後ろの高い位置で結い上げ、切れ長の目が印象的な美女だ。
三人目はこれまたセクシーな女性だった。肩口のあいたローブに手には杖を携帯している事から彼女は間違いなく魔法使いだろう。男よりややくすんだ金髪が緩やかなカーブを描きながら腰まで伸びている。ただ彼女だけは室内にいる冒険者を睨み、いや正確には他の女性冒険者を睨み付けていた。
四人目は十代の小柄な女性。神官を連想するような真っ白いローブを身に纏い、身の丈より大きな木の杖をぬいぐるみのように大事そうに抱いている。
全員一緒に入ってきた事から同じパーティーなのだろう。
周りの声に耳をそばだてながら観察を続けていると、不意に貴族冒険者がフィール達の方へ目線をやる。
すると男は笑みを深め、ゆったりとした歩きで近寄り、クロードの前で足を止めた。
「やぁ、クロード。久しぶりだね」
友好的な表情とは裏腹に、放たれたその言葉は何処か棘を孕んでいた。
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