#5、冒険者デビュー?
トルノアの街に着いたのは二日後。
石造りの大きな門の前に兵士が二人、待ち構えていた。
「おっす、オッサン」
「誰がオッサンだ。ヨーゼフさんと呼べと何時も言ってんだろクソガキ」
「やなこった」
「ヨーゼフさん。はい、ギルドカード」
「ああ、そうだったな。っとそっちのべっぴんなお嬢ちゃんも冒険者かい?」
「いや、これから登録しようと思っている者だ。旅人をやっていてな、身分証は無い。通行税は銀貨二枚だったな。細かい手持ちが無くてな、金貨一枚から引いてもらえるか」
「ああ構わないぞ」
道中、クロードとギルバートから身分証が無い者が街に入るには通行税として銀貨二枚を払わなくてはならないと教えられた。
フィールは金貨を一枚差し出し、差額分の銀貨十枚を貰う。どうやら一金貨で銀貨十二枚のようだ。
「通っていいぞ」
「!?」
「フィール、どうした?」
「……いや何でもない」
門を抜けてすぐ。
街の中はカンタートの比ではないほどに人が多かった。正面左右、何処を見ても人人人。市民だろう軽装の男女に子供、クロードやギルバートのような冒険者か武装した集団が道を行き交う。
喧騒はあるが、治安は悪くなさそうだ。
クロード達に先導されるまま目線をさりげなく周囲に流すと、殆どが活気のある表情や声を発している。
「着いたぞ」
「此処がギルド」
案内された場所は横と縦に長い建物。
内部は外観に違わずそれなりに広く、まだ正午を過ぎた頃だが冒険者だろう人間がまばらにいる。彼等は皆フィール達を一瞥し、そして何事もなかったように目線を戻す。
三人で受付に近付くと、防御力はなさそうだが人目を引くデザインの服を着た女性が微笑を浮かべる。
「こんにちは。クロードさん、ギルバートさん。今日はどうされたんですか? それにその方は」
「おう。新しく冒険者登録に新人連れてきたんだわ。推薦はオレとクロードな」
「かしこまりました。でしたら此方の紙にお二方のサインを頂けますか」
そう言って女性がカウンターの下から茶色い紙を取り出して、机に出す。先にギルバートが書類に目を通し、問題がないことを確認してから二人の名前が記載される。
「はい、確かに」
「ああ、それとネーチャン。うちのクロードがカンタートの村でワイバーンと一戦交えたんだわ」
「わっワイバーンですか!?」
「一応致命傷は当てたんで大丈夫だと思うんだけど、ギルドの方で調査頼めるだろうか?」
「勿論です。でしたらお手数ですがクロードさんは当時の状況をお聞かせいただけますでしょうか。その方の登録は……ちょっと!」
女性が書類の整理をしていた男性へと声をかけ、引き継ぎを済ませるとクロードを連れて建物の奥へと消えていく。
「ギルバートは着いて行かないでいいのか?」
「オレは直接戦ったわけじゃねえからな。クロードも子供じゃねえし、報告くらい一人でできんだろ」
「そうか」
「あの宜しいですか。登録者の方は、この紙の上にあります名前と生年月日に出身地、職業欄にお書きいただけますか」
「出身地は知らない。あとこの職業というのは?」
不思議がったフィールに、ギルバートが戦闘スタイル。フィールは闘い方から拳闘士だろうなと助言をくれる。
「職業欄には一つだけしか書けないのか?」
「いえ、そんなことはありません。二つでも三つでもどうぞ」
ならばと、拳闘士の横に錬金術士と追加しておく。全てを書き終え、書類を持った男性が少々お待ち下さいと席を立った。
奥の部屋でチェックをするのだそうだ。
「これで終わりなのか?」
「いんやまだ。ありゃ単にギルドのデータベースに登録へ行っただけだぜ」
「?」
「あー……つまりな、街の住民票のギルドバージョンみてえなもんだ。カードの発効は試験を受けてそれに受かってからだぜ」
なるほどと頷くと、様子を見ていた他の冒険者が野次を飛ばしながら歩み寄ってくる。
「なんだぁ。そんな事も知らずに登録に来たのかぁ? 世も末だなぁオイ」
「誰だコイツ」
「ただの阿呆だ。気にすんな」
「阿呆とは失礼だなギルバートさんよぉ」
筋肉質な男は、ところでと切り出し、値踏みするような嫌らしい目つきをフィールへと注ぐ。
「お前さん、クロードとギルバートの推薦なんだってな。幾ら渡したんだ? それとも体で払ったりしたか?」
男が下卑た笑い声をあげる。
必然的に周囲の目がフィール達へ集まり、三割がまたかよといった辟易、二割が無関心、残りが同類のそれを浮かべていた。
「……貴様」
「なんだぁ、本当の事突かれて怒ったのかギルバートさんよぉ。なぁお嬢ちゃん、ギルバートのイチモツはどうだった? 小さかったろ」
ぎゃはははと品性の欠片もない笑い声が室内に響いた。ギルバートは額に青筋を立て、今にも爆発しそうな勢いで男を睨みつける。肝心のフィールは……。
「ギルバート」
「あ"」
「試験とやらは何をするんだ」
まさかのガン無視だった。
男の存在など最初から無かったかのように、いつもと同じトーンでギルバートへ質問する。
「あのな、フィール」
「ギルバート。言葉の伝わらない勘違い羽虫を相手にするほど私達は暇ではない」
方々からぷっと吹き出す音と、何人かが小刻みに震えながら笑いを噛み殺す。
フィールの言葉が通じたのか、それとも周りの、男を嘲笑う音に溜飲を下げたのかギルバートはそれもそうだなと納得してフィールに向き直る。
「ギルドの奥に修練場っていう場所があってな。そこにある案山子に力を見せるのが試験なんだわ」
「たったそれだけなのか」
「ああ。それで出た値によって試験合否が決まるぜ。ま、フィールなら余裕で合格だろうがな」
「テメェ等、俺様を無視してんじゃねえ!」
アウトオブ眼中にされた男が殴りかかろうとしたその時。
「ちょっとそこで何をしているんですか!?」
退席していた受付が叫ぶ。
彼はフィール達と男を見比べ、瞬時にどちらが悪いか判断したのだろう。拳を振り上げたまま止まった男に視線を固定する。
そのまま毅然とした態度で口を開く。
「また貴方ですかグスタフさん。前にも揉め事を起こすならペナルティを課すとお伝えした筈ですよね」
「い、いや俺はこの嬢ちゃんが色目使って楽しようとしてっから先輩として注意をだな」
「……お二人とも」
「事実無根」「だな」
「そのようですね。ではグスタフさん、彼等に謝罪するかギルドカードを提出するか選んで下さい」
「なっ、コイツ等の言う事を信じるってのかよ!!」
「はい」
迷いなく言い切った受付にフィールは、はてと首を傾げ、そして気付いた。
受付の手首。透明な石をつけたブレスレットが、男が虚偽の発言をする度に赤く明滅していた。恐らく嘘発見器かそれに準ずる物だろう。その証拠にフィール達が証言した際、石は赤ではなく青く光っていた。
完全に旗色が悪いと理解したらしい男は、振り上げた拳を降ろし、代わりにきつく握りしめる。
「わる……かった」
言葉とは裏腹にこれっぽっちも悪いとは思ってないぶすくれた謝罪。
だがフィール達にとってはもうどうでも良かった。そんなことより試験は何時だと受付に迫り、グスタフを視界にさえ入れない。
背中から射殺さんばかりに睨み付ける視線を物ともせず、受付と言葉を交わす。
「クソがっ!」
八つ当たりのようにドスドスと足音を荒げてグスタフがギルドを去る。
「はぁ……グスタフさんが申し訳ありません。あの人、腕は悪くないんですがどうにも思い込みの激しい方で」
「気にしていない。それよりそのブレスレット、マジックアイテムだな」
「え」
「違うのか?」
「いえ、その通りです」
初見で見抜いたのは貴女が初めてですと受付は苦笑し、こちらへどうぞとフィールを修練場へ連れていった。その後ろをギルバート、他に興味を持ったらしい冒険者がぞろぞろと続く。
「では試験の内容をご説明致します。彼方に案山子がございますよね。あれにフィールさんの全力を叩きこんでください」
「全力?」
「はい。此処には結界が張ってありますので周囲に害が向く事はありません。ですので打ち込むのは魔法でも物理攻撃でも構いません。それから武器の貸し出しも行っておりますので其方を使用して試験を受けるのも問題ないです」
受付男の示した先には、籠に入った様々な武器。フィールは一通り手にとって確かめ、残念そうに息を吐き、案山子の前に移動した。
「何も使わないのですか?」
「ああ。どれも私が振るうと壊れるものばかりだったからな」
「? そうですか」
「じゃあやるぞ」
一声かけ、腰を低くしたフィールは固く拳を握り、言われた通り全力で案山子に右ストレートを浴びせた。
瞬間、爆音と共に建物全体が揺れる。
「おっ、これは破壊不可のついたマジックアイテムだったのか」
その場にいた全員が振動に腰を抜かす中、フィールの楽しそうな声だけが異様に響く。
「ん。99999って何だ。受付のひとー」
「はっ、はひぃ」
「数字が出たんだが、これは合格か不合格どっちだ?」
「ごごご、合格ですぅ!!」
修練場から受付に戻ると、賑やかだったそこは別の意味で賑やかになっていた。
「あっ。ギル、フィール!」
報告を終えたのだろうクロードが私達を見つけ、駆け寄る。
「さっき地震があったけど、二人とも大丈夫だった?」
「あー……クロード」
「何?」
「さっきのは地震じゃねえ。パンチの衝撃だ
」
「…………は?」
何を馬鹿なことを、と持ち直したクロードへフィールは静かにトドメを刺す。
「本当だ。私が試験の案山子を全力で殴った結果、建物が揺れた」
宣言した途端、水を打ったかのように喧騒が止み、視線の矢がフィールに集中する。
幾人かが「あの女が」「嘘だろ」「いや本当だ」とヒソヒソ声を漏らす。
「ふぃ、フィールさん。此方へ」
「行ってくる」
先程の受付男がフィールを呼ぶ。
話を聞くとあのパンチの影響でカード作成機に異常が生じたらしく、発効は二日ほど待ってほしいとのことだった。
「よ、宜しいでしょうか?」
「私が原因の異常だからな。仕方ない。二日後にまた出直すさ」
「あっありがとうございます! でしたら此方を見ていただけますか」
取り出したのは、一枚の表。
1000~2999
【武】ブロンズシリーズ各種
【防】ブロンズシリーズ各種
3000~4999
【武器】アイアンシリーズ各種
【防具】アイアンシリーズ各種
5000~6999
【武器】シルバーシリーズ各種
【防具】シルバーシリーズ各種
7000~8999
【武器】ゴールドシリーズ各種
【防具】ゴールドシリーズ各種
9000~9999
【武器】ミスリルシリーズ各種
【防具】ミスリルシリーズ各種
「これは?」
「試験の際、あの案山子から数字が出ましたよね。その数字に当て嵌まる欄を見て頂いてシリーズから一つだけお選び頂けるギルドの新人冒険者応援システムです」
「私の数値は無いが」
「え、ええ。私もあのような数値は初めてでして。何分前例がないものですから、申し訳ありませんが従来通りこのミスリルシリーズから一つだけお選び頂くとしか」
ミスリルという単語にギルド内がざわつく。フィールは知らないが通常、ギルド受験者が叩き出す数値は低くて100、高くて3000弱だ。
「どれも要らないんだが。他に無いか」
また人々がざわついた。
「え?」
「聞こえなかったか。他に選択肢はないのか」
「そ、そうは仰いましても。これ以外は」
男性は困ったように頬を掻く。だがフィールも悩んでいた。ミスリル鉱石ならまだしも壊れる武器に弱い防具はフィールには無用の長物なのだ。それというのも……
【体装備】黒帝竜のローブ:ランクSS
【体装備2】極上レメリア綿のシャツ:S
【体装備3】極上レメリア綿のズボン:S
【足装備】アダマンタイトブーツ:SS
【装飾品】ペンダント型アイテムボックス:SSS
防御力はもう充分なほどかたまっている。
今更Aが来ても箪笥の肥やしならぬボックスの肥やしにしかならない。しかもこの装備品、転売防止なのか持ち主専用とする術が掛けられているらしく、売っても装備価値がないのだとか。
ますます要らない。
「物は相談だが、これ等を溶かして別の物にする使い方は出来たりするか?」
「あっはい。冒険者様方の中にはこれらを記念品として残す為にそういった事をなさる方々も少なからずいらっしゃいますので大丈夫です」
「分かった。ならミスリルシリーズの中で一番含有量の高い物をくれ。あと仕留めた魔物を買い取って欲しいのだが」
「はっはい! ではそちらも合わせて行いますので、お手数ですがまた着いてきて貰えますでしょうか」
「了解した」
結局この日は記念品(ミスリルハンマー)と魔物の買い取りだけで、一日が終了した。
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