世間知らずな脳筋錬金術士は、最高の錬金刀を作りたい。 ~常識?そんなもんは知らん!~
べっこうの簪
#1、突然のボッシュート
雑草一つない山の中腹にて、外套を纏った少女が一人、顔を上に向けて溜め息をついた。
視線の先は空ではなく、掲げた己の右手。刀身の折れた大きな武器に向けられている。
「はぁ……」
少女が二度息をつく。
通常武器を失った人間は大なり小なり衝撃を見せるものなのだが、少女の反応はごくあっさりとしたものだった。
「通算三百六十本達成ー」
手にした武器の名は、大太刀。
遥か昔、東に存在した倭の国に伝わる『刀』という武器の一つだ。特徴として鋭い切れ味は勿論、長大な長さと重さを有している。
最もいま少女が手にしているそれは、倭の国の刀ではなく、少女……フィールがそれを真似て作った錬金刀と呼ばれる物だ。
一頻り観察し、フィールは目線と手を下へ移動する。
そこには凄惨な光景が広がっていた。
剥き出しの大地を侵食する青黴色の液体、出所を辿ればフィールの真正面やや下。全長10mはあろう漆黒の竜が死んでいた。
首元に折れた金属のような物が深々と突き刺さっており、今だそこからは出血が続いている。
立ち籠める血臭の中、フィールは顔色一つ変えず死骸を、特に首を中心に眺める。
刀の耐久値が足りなかったのか、特別硬い個体だったか。切断面と右手のそれを見比べ、正解を探っていく。
その時だった。
一陣の肌寒い風が吹き抜け、フィールの髪をばさばさと揺らす。
(灰色雲……一雨来そうだな)
山の天気は変わりやすい。それを理解しているフィールはすぐに分析を中断した。
ローブの下、右に巻いたウエストポーチに刀を持った右手を翳し、大太刀を中へ仕舞う。すると大太刀は音もなく消失し、ポーチはまるで先の行動を予測するかのように装飾のないナイフへと入れ替える。
刃渡り十cm、それは素材の解体時、フィールが好んで使う道具だった。
頭の中で必要部位の解体手順をシミュレートし、フィールは解体に取りかかる。
今回の必要部位は爪、牙、鱗、翼、骨、魔石、あとは肉の計七つだ。
錬金術において竜素材はかなり有用性の高いアイテム、傷をつけないよう慎重に慎重に捌いていく。
「……あれ?」
順調に尾の部分を切り裂いた最中、こつりと硬い物がナイフの刃に触れる。
丁寧に取り出してみれば、フィールの拳大ほどの禍々しい紫黒の石。見た目から何らかの呪いでも付与されていそうなアイテムだ。
(今のところ、危険な魔力は感じない)
だが安全とも言い切れない。
三拍ほど悩み、フィールは何かに使えるかもしれないと、呪いの石(仮)をポーチに納めた。
それから暫くして作業が終わる。
全てを片付け終えたフィールはぐっと腕を伸ばし、上を見上げる。
幸いな事に空は相変わらず曇っているが、雨はまだ降ってはいなかった。
これならずぶ濡れ帰宅は免れそうだ。
フィールはくるりと向きを変え、背にしていた山肌へ歩を進める。
地面同様、緑のみの字もない赤茶の壁が天高く聳え立ち、頂上までの道は何処にもなく、えげつない傾斜がフィールを見下ろしていた。
余程の熟練者か命知らず、或いは翼有る者でなければまず登ろうとは思わないだろう。
「んじゃま、帰るとするか」
そしてフィールは完全熟練者枠だった。
力強く大地を蹴り、傾斜に潜む僅かな凹凸に足をかけて上へ上へと跳躍する。
目指す先は頂上にある自宅だ。
「よっと……到着」
「ガァアアアア!!」
「うおっ」
天辺に到達した瞬間、けたたましい獣の声が耳を劈く。
発生源は真正面。平らな大地の上に大きな二階建ての一軒家、その横にお行儀よくお座りした純白の竜だった。
全長はさっきの黒竜の一回り下、ドラゴンにしては円らな瞳をこれでもかと細め、地を這うような唸り声を出している。
「! ああ、そうか。これか」
竜の威嚇に臆せず、自身の手に視線を合わせる。軽く払ってきたのだが、黒い竜よ解体の際に付着した血液がまだうっすらと滲んでいた。
「ごめんドラ。落としが甘かった」
「グルルルル!」
「次は気を付ける。っと、今日のお土産。ブラックエンペラードラゴンの肉だよ」
「ガァ!」
目の前に巨大な赤身肉を置くと、ドラと呼ばれた飼い竜が喜び鳴いた。
直後、口から炎を吐き、じゅうじゅうと肉を焼き始める。
「おおっ。相変わらず良い火力」
巻き上がる熱風と香ばしい肉の香りにフィールの唇から感嘆の吐息が漏れる。普通の人間がいれば卒倒間違いなしな調理風景なのだが、一人と一匹にとってはごく当たり前の光景であった。
「ガゥガゥ!」
大好物なのだろう。完成したブロックステーキを美味しそうに頬張りながら、ドラが高速で尻尾を左右に振る。
因みにこの間、ドラは一歩も動いていない。当然、尾っぽは一軒家を叩きつける訳でノックいや強烈な壁打ちに、自宅が立て続けに揺れた。
だがしかしそれも直ぐに終わりを告げる。
「ドラァアアア! 家を壊す気かぁ!!」
女性の怒鳴り声と共に、玄関扉が豪快に開く。出てきたのは小柄な老婆だった。
暗色のフード付ローブを身に纏い、老婆は皺にまみれた顔を憤怒に染めていた。
「ただいま、婆ちゃん」
「ただいま婆ちゃんじゃないわ! フィー、ドラに勝手におやつを与えるなと何度も言うておるじゃろうが!!」
「気にすんな」
「気にしろ!」
「断固拒否!」
フィールの頑な姿勢に、老婆はがっくりと肩を落とし、疲れた声で今日の成果について尋ねる。
「ん。相変わらず駄目。ブラックエンペラードラゴンの頭はねようとしたら、途中で折れた」
ウエストポーチ(マジックバック)に収納していた折れた大太刀を老婆に手渡す。
「あれまぁ……綺麗な真っ二つになったもんだね」
「ああ。見た目も悪くなかったから切断面もやはり綺麗だ」
「フィー、そういう事ではなくてな……いやいい」
頭を振り、老婆は受け取った武器へと目を滑らせる。折れたとはいえ、片方子供ほどの重さを持ったそれを老婆は棒切れでも扱うかのように掌で転がし、鑑定する。
「ほう。太刀をベースにダマスカス鋼、ミスリル、黒帝竜の爪と鱗、錬金液(火)を混ぜてあるね」
たっぷり三拍後、老婆が小さな声で呟く。呆れも蔑みもなく、ひたすら淡々とした口調だ。
「それからダメージ増加に、打撃のソウル結晶と斬撃のソウル結晶か」
「当たり。で、婆ちゃん。今回は何が悪かったんだ?」
「婆ちゃんじゃなく師匠とお呼び!……はぁ、これといって悪いものはないよ。配合も大きく逸れてはおらん」
「なるほど。つまり失敗作なんだな」
きっぱりと断言したフィールに、老婆は苦虫を噛み潰したような表情で、また息を吐いた。
「のう、フィールや。お前さんは儂に似て腕も顔も良いが、どうにも頭が硬すぎる。その0か100しか認めない思考は直せといつも言うておるだろう」
「なぜ直さないといけないんだ? 改善したところで、この失敗作が成功に変わるわけでもないのに」
「言うても無駄か……。フィール、腰のポーチを貸してみぃ」
「? はい」
「うむ。じゃあ次はこれをつけな」
ポーチと引き換えに、老婆が虹水晶のペンダントを差し出す。
大きさは親指第一関節ほど、チェーンにミスリルを使った少し小洒落たデザインのアクセサリーだ。
「婆ちゃん。これは?」
「儂特製ペンダント型アイテムボックスだよ」
「それは分かる。私が訊いてるのはこれを渡す意味。絶対ただのプレゼントじゃないだろ」
受け取ったペンダントをかけて猜疑の目を向けるフィールに、老婆の口角がにやりと歪む。途端、フィールの脳裏にかつて修行と称して魔物の巣に叩き落とされた記憶が鮮明に甦る。
「婆ちゃ、」
「突然だがフィール。お前さんはこれから三年間旅に出な。そこで最高の錬金刀を作る為には何が足りないのか、探しておいで」
次いで老婆はフィールに透明な菱形結晶を突きつけ、ぱりんという破砕音とともにそれを目の前で砕く。
「まっ」
制止の声をあげるも、時既に遅し。
強烈な光がフィールの視界を奪っていった。
「へっ?……あいたぁ!」
一瞬の浮遊感を感じた直後、高所落下のような衝撃がフィールの臀部に走る。
「婆ちゃん、転移結晶使うならもうちょい場所考えてよ」
文句を言いながら、じんじんと痛む尻を押さえ、片方の手で地面に触れる。
細く柔らかな何かと湿り気のある冷たい土の感触が掌を通して伝わってくる。目潰しと涙で歪んだ視界を向ければ、ぼやけた緑と焦げ茶。恐らくは草と土だろう。
裏付けるように湿った空気と青臭い香りが鼻腔を擽った。
「林……いや森だな。太陽が見えない」
周囲は木々が鬱蒼と繁り、太陽の光を奪いあっている所為か少し薄暗い。
視界の回復を待たず、立ち上がったフィールは忙しなく首を振る。近くに魔物の気配はあるか、人は居ないか、この場所に見覚えがあるか。
思い付く全てを確認し、辺りに何もない事を理解してから肩の力を抜く。
どうやらこれといった危険はなさそうだ。同時にフィールは自分がかなり遠くの地へ転移させられたのだと悟った。
理由は自宅周辺を囲う森が高位モンスター犇めく魔境であり、こんな風に静寂を宿してはいなかったからだ。
少しして視界が完全に元に戻る。
フィールは改めて周りを一瞥し、やはり何もないのだと分かると、おもむろに首のペンダントを外す。
「(取り敢えず持ち物確認でもするか)」
アクセサリー型アイテムボックスの中身を全て地面にぶちまける。
顕になったのは金貨二枚に肌着が三枚、少量の水が入った水筒、柄に解体用と文字の刻まれたナイフが一本、あとは紫色の液体を納めた小さな壺の計五つ。
その中の一つ、小さな壺を手に取り、フィールは嫌そうに眉を寄せた。
それは以前、フィールがまだ錬金術士として未熟だった頃、自分専用の錬金釜がどうしても欲しくて作成した記念すべき失敗作第一号だった。
性能は最低。初歩の錬金液すら満足に作れないゴミだったと記憶している。
「婆ちゃん……何でこれ入れた」
とてもではないが、これから旅に出る弟子へ持たせていい装備ではない。それともこれを見て初心を思い出せいうメッセージか。だとすればとんだ嫌がらせである。
「(……いやもしかしたら、そうみせかけて実は手直し済みかも)」
フィールは地面に手を伸ばし、掬いとった土、水筒の水、草を壺の中へ投入する。
鑑定スキルがあれば一発だったろうが、保有していないフィールでは直接錬金して試すより道が無い。
釜の中。黄金色の液体が、ぼこぼこと気泡を作っては弾けて消える。
「完成……これはポーション、か」
出来上がった試験管を手に、フィールは頭にクエスチョンマークを浮かべた。
翠色の液体入りガラス瓶、その表面は酷く傷がつき、粗悪品と言っても過言でないほど見目が悪かったからだ。
念の為、中身を少し舐めてみれば、覚えのある苦味の他に、舌にぴりぴりとした痛みが走った。恐らくは麻痺つき回復薬なのだろう。
「(幾らか調整はされてるっぽいけど、元がクソだからあんま意味ないな。……にしても)」
旅一日目にして、錬金術没収は痛い。
自慢ではないが、フィールの生活の殆どは錬金術によって構成されている。
勿論それなしでも暮らせなくはないも、あって当たり前が無くなるのは地味に精神を削るのだ。
「(早い段階で人里、それも大きなのに降りた方がいいな)」
昔一度だけ師匠と共に街に降りた事がある。フィールはそこで人里には様々な物や人材、それから金が揃うというのを学んだ。
微妙な錬金釜しか無い今、新しい釜の入手は急ぎたい。
一先ず森を抜けようと全てを片付けたフィールは、手頃な樹へと歩を進めた。そうして地面を強く蹴り、枝をジャンプ台にして一番上に登り詰める。
「さて、どっちに……げっ」
真顔が一転、フィールの顔が苦々しいものへ変わった。
「竜の巣の次は樹海って、婆ちゃん」
視界の先にあったのは、広大な森だ。全体的にかなり歪な楕円の形をしており、樹海と称するに相応しい緑の群れが広がっている。そして予想はしていたが、やはり見覚えはない。
「まぁ死なないからいいけども」
軽く頭を掻き、フィールは一頻り辺りを見渡してから北へと向かって跳んだ。
別段北に何かを見つけた訳ではないが、何となくフィールの勘が其方だと告げた。枝から枝へ、まるで森の獣のように素早く移動する。
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