第18話
唖然とする私を見て二人は目を見開く。
一番先に動いたのは目を潤ませていたマリーナだった。
彼女は座っていた椅子から勢いよく立ち上がると距離を一気に詰めてぎゅっと抱きついてきた。
「あぁ、お姉様!お姉様なのですね!会いたかった!ご無事でよかったです!心配してました!まさかこんなところで会えるなんて夢みたいっ」
マリーナと会ったのも姉と呼ばれたのもたった一度だ。
その会合で私はマリーナの手をはたき落とし差別するような言葉をぶつけた。なのになぜこの子はこんなに嬉しそうに私に抱き付いてくるのだろう。
まるでずっと離ればなれだった家族であるかのように。彼女の心情が私にはまるで理解できない。
もしまた会うことがあるならあの時の事を謝れたらと思っていたけれど、マリーナの異常な行動に思わず身を引いてしまう。
どうしてたった一度会っただけの人物を、しかも自分に敵意を向けた相手にここまでの好意を示せるのか。
「マリーナお嬢様、スザンナお嬢様が困ってらっしゃいます」
私が戸惑っているとリエナがそっとマリーナを引き剥がしてくれた。
「あ……ごめんなさい、お姉様っ!私ったら……嬉しくてついっ!」
慌てて謝り目元に滲む涙を拭いながらマリーナは微笑む。
「……どうして、ここに……」
何を言っていいかわからずようやく絞り出した言葉に対しマリーナは説明を始めた。
マリーナは最近公爵令嬢としていろいろな場所に出向く事が増えたらしく、この村からそう遠くない場所にある街にも領主を勤める貴族から招待され度々訪れていた。
ある日街を訪れた際に馬車の中から私の姿を見つけたそうだ。
驚いて馬車を止め私を探すも見つからず、屋敷に帰り公爵に問い詰めてみると「お前の姉は家族になる人間に冷たく当たり醜態を晒したうえに貴族の責務を放置して逃げ出した」のだと言われた。
てっきり避けられて何年も部屋に引きこもっているのだと思っていたマリーナは公爵の言葉を聞いて驚いた。
そしてもう一度姉とやり直したいと思い何度も街に通っては私の事を探していたらしい。
今回も私を探しに街に行く途中で山賊に襲われたのだとか。
「お父様はお優しい方ですもの、素直に謝ればきっと許して下さるわ!それに私貴族同士のお付き合いもお勉強も苦手で……でもお姉様が一緒だったらきっと頑張れると思うのです!ここに来る途中で怖い人たちに襲われてしまったけれど、お父様はすぐに迎えに来てくれますわ。一緒に帰りましょうお姉様!」
嬉しくてしかたがないと言うように目を輝かせるマリーナに私は深く息を吐いた。
「悪いけど……私はもうあの屋敷に戻るつもりはないわマリーナ。いいえ、マリーナ様、私はもうあなたの姉ではありません。最初から姉ですら無かったのです」
「え……」
急に口調を変えた私にマリーナが目を見開く。
「私はただの平民。公爵様とも血の繋がりはありません。私は本当の家族とここで生涯暮らしていくつもりです、どうぞ私のことはお忘れください」
「そんな……どうして、そんなこと……お姉様、意地を張らなくてもいいんですよ?私も一緒にお父様に謝ってあげます、だから」
「申し訳ありませんが失礼します」
私はマリーナへ頭を下げると二人に背を向けお店の出口に向かう。
「……スザンナちゃん?どうかしたの?」
店を出る直前にポットやティーカップを持ったリンダさんとすれ違ったが、うまく説明する自信がなくすみませんとだけ謝って店を出た。
心の中が凄くもやもやする。
原因は間違いなくマリーナだ。
彼女は私の話を聞く気がない。
自分の希望が通って当たり前だと思っている。
何年も私が居なくなった事に気が付かなかった癖に今更『心配してました』と言われても説得力がない。
もやもやしすぎてこのままでは出会った人に八つ当たりしてしまいそうだ。
私はぎゅっと拳を握ると自分の心を落ち着かせるために湖へと足を向けた。
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