第9話

次の日、私はリンダさんのお店に一人で出向いた。今日からここで働かせてもらうことになっている。


「こんにちは、リンダさん。今日からよろしくお願いします」


挨拶するとリンダさんから薄紅色のエプロンを手渡された。


「こちらこそよろしく頼むわね。はいこれ、仕事の時に着るエプロン。汚れたり破けたりしたら予備をあげるからいってね」


受け取って着てみると私の体にぴったりだ。エプロンを身に付けた事で気合いが入る。

初仕事だ、リンダさんの役に立てるように頑張らねば。


「お、やっぱり女の子は華やかでいいねぇ。特にスザンナちゃんみたいな子は何着せても似合うわ」

「ありがとうございます」


エプロンひとつ着けただけで褒めて貰えたことに少し照れ臭くなる。


「じゃあまずはお店の案内と商品説明、それから必要な道具がどこにあるか教えるからなるべく覚えてね。分からないところがあったら聞いて。お客さんが来たときの挨拶も教えるから。それと掃除の仕方とお金の扱い方も教えるからね、やる事はたくさんあるから頑張って」

「は、はいっ」


私の想像以上に覚えることや教わることは多いようだ。

幼い頃、母や物の価値は多少教わっていたがまた一から覚え直さなければいけない。


「あんまり気負わなくていいよ?分からないところがあれば覚えるまで何度でも聞いてくれてもいいし、挨拶さえしっかり出来ればお客さんも怒ったりすることは滅多にないから」

「は、はい!頑張ります!」


私の緊張を感じ取ったのかリンダさんはくすくすと笑う。

とりあえず挨拶第一と言われお客さんが来るまで私はリンダさんの指導の下、挨拶とお客さんを出迎える笑顔の練習をした。

その後リンダさんのフォローもあり、午前中は何とか乗りきることが出来た私はお店の外に休憩中の看板を置いてリンダさんと昼食を取ることにした。

メニューはお肉と野菜のサンドイッチ。

今朝ソニアさんが作ってくれてお弁当に持たせてくれたのだ。


「スザンナちゃんのサンドイッチ美味しそう!」


机の一角でサンドイッチの包みを広げると隣り合う形で座っていたリンダさんが目を輝かせた。


「ソニアさんがお弁当にって作ってくれたんです。良ければおひとついかがですか?」

「いいの?それなら遠慮なく。代わりにこれ食べて、ソニアさんのご飯に比べたら負けるけど」


サンドイッチの代わりにリンダさんが出してくれたのはお皿に乗った棒状の焼き菓子の様なものだ。


「これ、クッキーですか?」

「そ。少し固めに焼いてあって腹持ちがいいんだよ。ジャムを乗せてもいいし、生地の甘さは控えてあるからチーズにも合うよ」


リンダさんが自作したというチーズソースを少しつけて口に運ぶと、口のなかでふわりとチーズが溶けてとても美味しい。


「凄い……!すごく美味しいです!リンダさんて料理上手なんですね」

「煽ててもなにもでないよ。それにソニアさんに比べたら私なんてまだまだだもの」


はじめての味に尊敬の眼差しを向けるとリンダさんは照れたように笑う。

その時、急にお店に続くドアが開いて一人の少年が入ってきた。


「母さん昼飯………え、何、客?」


つんつんとした髪型にリンダさんによく似た赤毛の少年は私の姿を見ると目を瞬かせる。


「こらアルト、初対面の人には挨拶しなさいっていっつも言ってるでしょ」


リンダさんが眉を寄せて少年を注意する。


「ごめんね、スザンナちゃん。この子は息子のアルトよ。アルト、この子はスザンナちゃん。昨日話したでしょ、今日から店で働くって。お隣のウォルトの娘さんよ」


少年はリンダさんの息子さんらしい。親子だけあってよく似ている。

見たところ同い年みたいだし、同年代の友人は居たことがない。仲良くしてもらえたら嬉しいと私は椅子から立ち上がってお辞儀する。


「はじめまして、スザンナです。よろしくね、アルトくん」


なるべく友好的に微笑みながら握手を求め手を伸ばす。

するとその手は握り返されることなくぱしんとはたかれた。


「仲良くするつもりなんかねぇ、あんた貴族の捨て子なんだろ。贅沢ばっかしてたやつがこんな田舎で生活できんのかよ」

「アルト!なんて事言うの!!」


アルトくんが言い放った言葉にリンダさんが眉をつり上げるのを見て、私は公爵家でも出来事を思い出した。

彼はマリーナに引き合わされた時の私みたいだ。

相手の生い立ちを自分の中で悪いように捉えて決め付け突き放し傷付けた。

アルトくんの行動にじわりと胸が痛んだ。

マリーナもこんな気持ちだったのだろうか。


あの時、私は自分の前世の知識を思い出した事によって公爵の実子ではないことを知り心が不安定だった。だからマリーナに八つ当たりした。

優しさと同じで人に辛く当たるとそれも自分に返ってくるのだ。そんな当たり前のことも今まで私は知らなかった。

何をされたら人の心がどう感じるのか、私はこれから知らなければいけないと感じた。


「……確かに私は今まで貴族として育ってきて、贅沢をしていたと思う。だけどこれからはこの村で生きていきたいから知らない事もたくさん勉強しようと思うの。迷惑をかけたり嫌な思いをさせてしまうこともあるかもしれないけど、頑張って直していくからこの村で暮らす先輩としていろいろ教えて欲しいの」


私なりに自分の気持ちを精一杯言葉にして伝えようとしてみたがアルトくんは顔をしかめて、出ていってしまった。


「あー……ごめんね、スザンナちゃん。悪い子じゃないんだけど……アルトはあんまり貴族が好きじゃなくて……」


申し訳なさそうに謝るリンダさんに「気にしてませんから」と微笑んで見せる。


「貴族にはいろんな人がいますが、人に嫌われても仕方がない事をする人達がいるのも事実です。私の母を拐った公爵みたいに……だからアルトくんが元貴族の私に対してああいう気持ちも、少し分かるんです」


公爵家にいた時に他の貴族達と交流することも何度かあった。

身分が高い分責任が強い貴族も爵位を大事にしながらも分け隔てなく人々に優しい貴族もたくさんいるが、一部身分を笠に来て好き放題している貴族が目立ってしまっている。

自分には関係ない、と知らないふりをするのではなく受け止めて向き合って分かり合えるように努力したい。

私がそう伝えるとリンダさんさんは戸惑ったようにこう言った。


「スザンナちゃん、あなた本当に十二歳?随分悟った大人みたいなことを言うのね」


どうやら私は子供らしからぬことを口にしてしまったらしい。

言葉の選び方は意外と難しいのだと実感した。

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