第3話

荷台に揺られ半日。

母の育った村に向かうために森の中を進んで暫くした頃、ぽつりぽつりと雨が降りだした。



「スザンナお嬢様、雨が振るとこの辺りでは獣が出ると言われています。雨が上がるまでどこかで雨宿りして行きましょう」

「えぇ、わかったわ」


ノーレの言葉に頷くと、荷台が大きな木の下に移動する。

雨は一時間程で上がった。

村に向けて再び出発しようとした時、ノーレがふと動きを止める。


「ノーレ、どうしたの?」

「お静かに」


不思議に思い声をかけると小さな声で遮られた。

何事だろう。緊迫した雰囲気が伝わってくる。

彼は前方を睨み付けて警戒しているようだ。


「お嬢様……今すぐ私から離れて森の中に身を隠して下さい。私の姿が見えなくなったら、森を抜けお一人で村まで向かってください。これが村までの地図です」


ノーレは前方から視線を外すことなく後ろにいる私に地図を差し出してくる。


「……わかったわ、ノーレ。気をつけて」


地図を受け取りなるべく静かに森の中へと身を隠す。

恐らくこの先に何かいるのだ。

ノーレはそれから私を守ってくれようとしている。不安でや恐ろしさはあるが私は戦う事など出来ない。ノーレの言うことをきくしかないのだ。

やがてノーレが歩き出しその姿が見えなくなると私は地図を見ながら歩き出した。

地図によればこの先に川があり、その下流に母の故郷である村があるはず。

歩き出して数分、ふと遠くに誰かの声が聞こえた気がした。

誰かいるのだろうかと足を止め耳を済ませる。


「――の―――を探せ!」


男の声だ。

何かを探しているらしい。

その声はだんだんこちらに近付いてくる。それにより話している内容もはっきりと聞き取れた。


「黒髪の男みたいな格好した女のガキだ!見つけたら殺せ!」

「頭領、殺す前に俺達で楽しんでもいいっすか?」

「最近金も入らねぇから娼婦も買えねぇんですよ」

「あーうるせぇ!これが終わりゃ纏まった金が入るんだから何もガキ襲わなくても女にはありつけるっての。大人しく探せこのグズ共が!」


耳が拾ったやり取りに血の気が引く。

声の主達が探してるのは恐らく私だ。見つかれば酷い目に合わされる。

ノーレは進行方向にあいつらがいることを察して私を逃がしてくれたのだろう。

息を殺し出来るだけ音を立ないように足を動かす。

けれど向こうは大人。

彼らはかざがさと草木を掻き分けてこちらに近付いてきた。


「いたぞ!黒髪のガキだ!」


不意に近くから上がった声に私は弾かれたように走り出した。

捕まってはいけない。


「待てこら!」


持っていた鞄を捕まれぐんと体が引き戻される。


(このままじゃ駄目だ!)


瞬時に鞄を捨てると再び走り出す。


「なにやってんだこの唐変木!追え!」

「けど頭領この鞄の中、結構な金が入ってますぜ?」

「バカ!あのガキを捕まえりゃもっと大金が貰えるんだよ!」


そんなやり取りが聞こえた気がするが気にしている場合ではない。

私はただひたすらに足を動かした。

なんとか逃げなければ。

前しか見ていなかった私は足元の確認を疎かにしていた。

だから地面が急に途切れていることに気がつかなかった。


「……っ」


踏み出した先に地面がないことに気が付いたのは体が落ちはじめてから。

足元は崖になっていてその下には川が流れている。

落ちた事を理解した瞬間、私の体は水面に叩き付けられていた。


「っ!……はっ、ぐ!」


空気を求め水面に顔を出そうとするが川の流れが早く水ばかり飲んでしまう。

なんとか近くを流れていた流木にしがみついたものの、川の水は冷たくて寒くて仕方ない。


(このまま……死ぬのかしら……そしたら、お母様の所に……お母様……)


薄れ行く意識の中で私は亡くなった母を呼び続けた。


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