第2話
私が思い出した乙女ゲームではマリーナが皆に愛されるヒロインだ。
反対に私は唯一の身内である父に愛されず、父の愛情だけでなく様々な男性からの愛情を一身に受けるマリーナを妬み殺害を企てるという悪役。
五歳の時に母を無くし父に愛されたくて七年間必死で努力してきた。
少しでも父に認めて貰いたかったから。
けれど父は一切私個人に興味を示さなかった。勉強でいくら出来が良くでも立ち振る舞いが完璧でも。
きっと私がまだまだ未熟だからだ、立派な淑女になれば父だって愛してくれるはずだとついさっきまで思っていた。
けれど思い出した記憶では悪役令嬢スザンナはずっと父親に愛されない。
なぜなら私は父の本当の娘ではないから。
私の母はもともと田舎の村娘だった。
そこに父が訪れ村の中でも美しかった母に目をつけた。母に恋人がいたにも関わらず連れ去ったのだ。
その時、母は既に私を身ごもっていた。
私が産まれた時、父は私を母から引き離そうとしたが母がそれを拒み父から暴力を受けるようになった。
五年間暴力に耐え続け、母は私を遺して逝ってしまった。
母が亡くなっても私がこの屋敷を追い出されなかったのは私が母に似ていたからだろう。
乙女ゲームの記憶を思い出した時に両親の事も知識として思い出した。
それで父に抗った結果、父は私に暴力を振るった。
もはや父と呼ぶのも嫌気がさす。
仮に私が自分で家を出ていったところであの男は探したりしないだろう。
前世の記憶のお陰でその事がよく分かった。
私も母の居ないこの屋敷に留まる理由などもうない。
ベッドから起き上がろうとするとリエナに止められる。
「まだ起き上がってはいけません、お嬢様!」
「リエナ、私は本当のお嬢様ではないの。あなたが私の心配をする必要はないのよ」
「……どういうことですか?」
不思議そうに目を瞬かせるリエナに父が母にしたことや私が父の娘でない事を簡単に説明した。
「お嬢様はどうして、そんな事を知っているんですか?」
驚きを隠せないリエナについ苦笑浮かべる。
誰だって十二歳の小娘が自分が産まれる前の事にやたら詳しければ驚くだろう。
前世の記憶です、なんて言っても信じてもらえない。それらしい理由で誤魔化す事にした。
「……この前、偶然お母様の日記を見つけてしまったの、そこに全部書いてあったわ。お父様……いいえ、公爵様に見つかると良くないと思って隠したから見せられないけど」
「そんな……旦那様がそんな事をしていたなんて……」
実際は母の日記など存在しないが隠したことにしてしまえば探しようもないだろう。
「リエナ、私はこの屋敷を出てお母様の故郷に行こうと思うの。もしかしたらそこで本当のお父様に会えるかもしれないし、ここはもう……私の居場所ではないもの」
ゲームではマリーナが来た直後に彼女の母があの男の後妻としてやって来る。
相手は城下町で出会った踊り子の女性。
ゲームの知識だけで会ったことが無いからどんな人間かは知らないけれど娘のマリーナを見る限り美しい人なのだろう。
後妻が来れば私だけでなくお母様の事もあの男にはどうでもよくなるのだろう。
そんな男に今後も養われるのなんてごめんだ。
「お嬢様……私もお供させてください」
悲しげなリエナの手を優しく握る。
どんな時も私の味方をしてくれたリエナ。
彼女の雇い主は公爵だ。
簡単に私についてくることは出来ない。
それでもついてくると言ってくれた事が嬉しい。
「あなたはここに残って」
「しかし!」
「あなたが居なくなれば大変な思いをするのはご家族よ?」
「……っ」
リエナは男爵家の長女で、実家はあまり裕福ではないと聞いたことがある。
少しでも家族に楽をさせたくて公爵家に侍女として就職を決めたと言っていたリエナ。
彼女が居なくなれば大変な思いをするのは間違いなくリエナの家族だ。
それを彼女も分かっている。
分かった上で私についてくると言ってくれた。
「ありがとうリエナ。私、あなたの事大好きよ」
そう言って微笑むとリエナは私をぎゅっと抱きしめてポロポロと涙を流した。
◇◇◇
公爵家を出ていく事を決めた三日後の早朝。
私は長かった黒髪をバッサリ切り落とし、平民の男の子が着るような服を身に纏って屋敷の裏手でリエナをはじめとした数人の使用人と向き合っていた。
皆私に良くしてくれた使用人で、私がここから公爵家を出ていく準備を手伝ってくれた人達だ。
「スザンナお嬢様、私は長くお屋敷を離れることができません……なので奥様のご実家がある村まではノーレがお連れします」
ノーレと言うのは中年の男性庭師で私に植物の知識を教えてくれた先生でもある。
彼が私を荷台に乗せて母の実家へ連れていってくれるらしい。
「ノーレ、よろしくね」
私が乗る荷台を引くロバの手綱を引いたノーレに頭を下げるとシワの増えた手で優しく頭を撫でてくれた。
「お嬢様の為だ、これくらい何てことないさ」
そう言ってくれる声は少し寂しそうだ。
「お嬢様、こちらを」
リエナが肩に掛けられる大きさの布鞄を差し出す。
「こちらには暫く暮らしていけるだけのお金や着替えなど生活に必要なものが入っています、なくさないでくださいね。それからこれを」
鞄と同じ様に首にかけられたのは小さなロケットペンダントだった。
「これは奥様のお部屋から見つかったものです。お嬢様の手にあるべきものだと思います」
何気なくトップの部分を開くと母と今よりずっと幼い私が描かれている小さな肖像画が入っていた。
私を抱いた母は幸せそうに笑っている。
「ありがとうリエナ大切にするわ」
私はロケットペンダントを服の中にしまうと使用人達を見渡して頭を下げた。
「皆今までありがとう、どうか元気で」
こうして私は公爵家を出た。
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